【宿屋:玄関】
「、いらっしゃい」
玄関の受け付けには誰もいなかったが、出迎えの声は階段の上から聞こえて来た
「一部屋借りたいのですが」
「お邪魔しま~す…」
ギシ… ギシ…
「二人かい」
螺旋状の階段から木の軋む足跡が降りて来る
「はい」
(うおっ)
降りて来た女将は銀髪の初老
黒い着物を着て、落ち着いた佇まいだった
背中の穴から延びた二対の脚は身長の倍はあった
アシナガグモの女将はその脚で玄関まで壁伝いに降りた
「…あんた人間だねぇ?」
番台に着くと、帳簿に何やら書き込んだ
「良く言われました」
「それで生きてここまで来れるんだから大したもんだねぇ? それともお友達に守ってもらったのかい?」
私の方に一度目を向けるが、やはり深入りはしなかった
「助け舟を出して貰いまして」
咲夜さんが用紙を出すと女将さんは顔を動かさず長い脚で紙を引っ掛けて顔の前まで運んだ
「……」
眉一つ動かさない
「釣瓶に入った緑の髪の…」
「あぁ、分かったよ」
…紙を丸めて口に放り込み、モゴモゴと租借した
「風呂は一階で飯は出ない…」
別の脚が壁から簡素な鍵を引っ提げ、咲夜さんに渡した
鍵の札に部屋番号がついている
「部屋に虫は涌かないつもりよ」
笑う所だろうか
「あとは防犯だけど…ここは旧都だしねぇ」
「ありがとうございます、お気遣い無く」
咲夜さんが笑顔でお辞儀をし、階段を上がって行った
私もそれに続く
「あぁ赤毛のお嬢ちゃん」
「?はい?」
「床が抜けたら嫌だから荷物は分けな」
「あ、はい」
両手の荷物を降ろすと確かに怪しい軋み方をした