そうしてしばらくした後、花火は止んだ
お祭り騒ぎはまだ遠くから聞こえるが、通りから外れたこの宿周辺は静かなものだ
「…咲夜さん」
「……」
咲夜さんは、花火を探していた
上げた手を持ち上げ続け畳に落ちまいと探し続けている
花火を見つけても、掴める事はないのに
「咲夜さん」
腕が疲れるだろう、と手を取り肩も支えて仰向けにした
「……」
何も見てない、もしかしたら眠っているかも知れない瞳が素直に天井に向いた
「……」
いや
ゆっくりと、私に向いた
(ッ……)
…怖じけづいた
泥酔した筈の瞳はとても睡魔に煽られてる様に見えなかった
見つめている様にも、睨んでいる様にも見えた
渾身の思いを込めてる様にも、脱力してる様にも見えた
「……」
握った彼女の手を自分の頬にもって行き触れさせる
細くて温かい、なのに陶器の様な白さと固さを一瞬感じたが、当然ながら人間の肉だった
湯に火照り、酒に酔い、浴衣を着崩し、髪を解いた咲夜さんが、どこかを見ている
頬に触れた手はそのまま私の顎、首、胸と引っ掛かりながら何の意思も無く自由落下し、咲夜さんの胸にポトッと落ちた
「……」
「……」
少しの間を置いて、彼女は体を横向きにしてまた窓の方に体を向けた
枕になる腕を延ばし、しな垂れ掛かる様に
窓の向こうでは家々の温かそうな明かりと宴会の楽しそうな笑い声が自由に揺れていた
「 」
「え?」
「……」
「……」
何か言われた気がしたが、背中を向ける咲夜さんに確認出来る筈も無く
「……」
私も夜の旧都を眺めた
咲夜さんがこの旧都に何を見たのかは知りようもなく、探るつもりも無い
それでも自分の中で反駁してしまうのは見逃して欲しい
旧都に懐かしさを感じたのか、何か嫌な事を思い出したのか
喧嘩をふっかけあう荒くれ者達やぶっきらぼうな女将さんに何を思ったのか
荒っぽい輩や古びた宿屋、畳の部屋や熱い温泉や強い酒、掴める筈も無い打ち上げ花火に何を感じたのか
花火を掴めたら、それをどうしたかったのか
何をしたかったのか
何が欲しかったのか
咲夜さんの頭を撫でる
髪はおおむね乾き、サラサラとそよ風の様に指の間を抜ける
背中を向けた咲夜さんはもう寝てしまったのか
又はまだ目を開けているのか
それすらも分からない
自分の膝の上の事すら分からないと言うのに、人の心の奥の事が分かる筈も
ない
ただ
「明日は、地霊殿に行くんですよね」
もう寝付いたであろう友人に話し掛ける
朝起きたら、今日の酒が残ってるだろうからまた温泉に入ろう
その時に今夜の話をしてもきっと覚えていない気がする
そして、多分これで咲夜さんもまたいつも通りになる気がする
そうして地霊殿に行こう
そこには読心術?を使う主や熔鉱炉を管理する八咫烏、死体を運ぶ猫又がいてまた一悶着ありそうだけど、まぁ大丈夫だろう
その後は、もし時間があれば、また旧都の屋台を巡ろう
多分咲夜さんは反対するだろうけど、押しまくればきっと折れてくれる
そうして美味しいものや面白そうなものを買っていこう
紅魔館に帰ったら帰りが遅かったのを咎められてお説教やらお仕置きやらを沢山受けるだろうけど、それはさて置きお土産や土産話(咲夜さんは報告か)であのお嬢様も少しは機嫌を良くするだろう
そうしてまた私は門番に、
咲夜さんはメイド長に戻る
いつもの世界に、
いつもの暮らしに
ふわっ、と、窓から風が入り込む
咲夜さんが寝返りを打ってから十分と経っていないだろう
熱気と喧騒と、僅かな火薬の燃えカスの匂いが髪を揺らし浴衣の繊維越しに体を撫でる
(…このまま、寝ちゃいますかね…)
一舐めしただけの鬼の酒は体と瞼を重くしていた
流石に脚は痺れるだろうがどうせすぐ鎮められる
彼女を膝枕出来る機会はそうそう無い
最後にもう一度髪と頬を撫でて紅美鈴は目を閉じた
窓際の風鈴が、鳴る
すばらしい表現力だ
アドバイスも活かしてくれているようでなによりです
では改めて続きに期待させて頂きますね。
お、きたきた。
酔ってる咲夜さんはいいね、無防備いいね
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