最後の拠点は、魔法の森だ。鬱蒼とした森の中に足を踏み入れる。しばらく進んでいくと、獣の唸り声が聞こえた。ぴたりと足を止める藍さんと私。木々の隙間から、目を光らせるオオカミ霊とコヨーテ霊。いつ彼らが飛び出してきてもいいように刀を構えて警戒する。すると、動物霊ではない、一人の少女がすっと奥から姿を現した。
「とうとうここに来たのね」
彼女の頭の上からは獣の耳が生えており、後ろからは三本の尾がのぞいている。その両手には赤いトラバサミがはめ込まれている。
「本来のものと合わせて三つの口。まるでケルベロスね」
「早鬼様と同じことを言うのね。でも私には三頭慧ノ子という立派な名前があるわ」
そうして慧ノ子はがちがちと手にはめているトラバサミを鳴らし始めた。
「さあ、あのお方からの命を果たすときよ。行け、動物霊たち!」
慧ノ子の合図と共にオオカミ霊、コヨーテ霊が一斉に飛び出していく。
「式神『前鬼後鬼の守護』!」
藍さんが即座にスペルカードで対応する。式神が、自動で動物霊に対して弾幕を撃ちこんでいく。
「ふん、もう動物霊どもを私自身が相手にするつもりはないわ。さあ、とっとと片付けるわよ、かさね!」
よし、これで二対一だ。これなら慧ノ子に負ける事はない。
「く、三頭『ケルベロスファイア』!」
放たれる炎の弾幕。
「水剣『ポロロッカスウィング』!」
激流を思わせる弾幕がそれをかき消す。
「式輝『狐狸妖怪レーザー』!」
無防備になった慧ノ子に、藍さんのレーザーが直撃する。
「ぐっ…!」
態勢を立て直そうとする慧ノ子の胸元に、一瞬で距離を詰める。
「『半跏趺斬』ッ!」
そして、思い切り弾幕を纏わせた刀を振り下ろした。
「きゃああ!」
吹っ飛ばされる慧ノ子。
「式神『仙狐思念』…これで終わりね」
慧ノ子の元に大量の弾幕が降り注ぐ。一方的な蹂躙だった。
「さて、前鬼後鬼もうまくやってくれたみたいね」
気が付くと、獣の唸り声も、木々の隙間から覗く鋭い目も無くなっていた。飛び掛かって来たオオカミ霊とコヨーテ霊はもれなく全員地面に倒れ伏している。
「うう…」
地面に倒れてた慧ノ子がゆっくりと体を起こす。逃げ道を塞ぐように、私と藍さんが目の前に立った。
「さて、聞かせてもらいましょうか。あなた達の目的を。どうせ美天・ちやりとも裏で繋がっているのでしょう?テン霊・トビ霊・コヨーテ霊が現れた目的は?何故あなた達はそいつらを率いていた?そもそも、あなた達に命令していたのは早鬼・饕餮・八千慧じゃないでしょ?一体誰なの?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す藍さん。慧ノ子はうつむいてそれを聞いている。しばしの沈黙。そして、慧ノ子はゆっくりと口を開いた。
「あのお方…日白残無様からの命令は…」
「残無だって!?」
藍さんが驚きの声を上げる。慧ノ子は構わず、ゆっくりと顔を上げながら話を続ける。
「――八雲藍!お前の抹殺命令だ!」
そうして慧ノ子は懐から光輝く宝玉を取り出し、私たちの眼前に突き付けた。…宝玉から目が離せない。輝きに吸い込まれそう。あれ、なんだかあたまが、ぼーっとして。
「ぐっ…何よこの宝玉は…こんなもので九尾の狐たる私を出し抜けると思って…!」
藍さんが頭を押さえながら弾幕を放ち、宝玉を破壊する。しかし、頭のもやは晴れない。藍さんも一層苦しみだした。
「無駄よ…残無さまが新たに用意した特製の三重の移送の罠。既にその楔はそこの刀を持った人間に打ち込まれている。今更一つ壊した所で、もうあなたを巻き込む移送は止まらない!」
ああ、美天の棍に、ちやりの注射器。あの時感じた違和感の正体は、この罠だったのか――!
視界がぼやける。そして強烈な眠気。目を開けていられない。ドンと衝撃が走る。立っていられず、地面に倒れこんだのだ。そのまま私の意識は闇の中へと落ちていった。