「ええええええええええええ!」
霊夢さんと魔理沙さんに連れられて、私は「冥界」に来ていた。
周りを見渡すと、いかにも「幽霊です」というような人魂だったり三角巾を付けた人間がうろうろしている。
「ど、どういうことですか!?私たち、死んじゃったんですか!?」
「いやいや、死んでない死んでない。幻想郷はこういう世界なんだ。その気になれば地獄にも行けちまう。あんまり驚いてると、ホントに死んじゃうぜ?」
魔理沙さんがいたずらっぽく笑う。何というか、幻想郷はすごいところだ。絶対的な生と死の境界が、もはやないようなものではないか。
「さあ、白玉楼までもう少しよ」
「ハクギョクロー?」
「白いに玉に桜。そこに住んでる奴が、刀使いなの」
霊夢さんと魔理沙さんについていくと、長い長い階段が見えた。一体何段あるのだろうか。数えるのもおっくうになるほどの長さだが、空を飛べる私たちにはさほど問題ではなかった。階段を昇り切ると、大きな和風の建物が見えた。どうやらここが白玉楼らしい。すると、正面の門から、人影が二つ出てきた。
「あらあらあら。霊夢に魔理沙、それに新しい顔。一体なんの用かしら」
「幽々子様、対応なら私がいたしますので」
幽々子様と呼ばれた方の女性は、おっとりとした色白の顔つきで、桜色の髪が静かに揺れている。フリルがついているアレンジされた水色の着物は、着付けがよく、気品を漂わせている。何というか、和のお嬢様というような佇まいだ。一方、幽々子様と呼んだ方の少女は、腰に二本の刀を差している。どうやらこの少女が、弾幕ごっこをたしなむ刀使いのようだ。大きな瞳に、白い肌。銀の髪はボブで短く切りそろえられており、頭にはカチューシャ付きの黒いリボンをつけている。魔理沙さんと同じくらいの身長で、隙の無い立ち姿だ。私の方をじっと見つめている。どうやら警戒されているようだ。
「いや、あんたに用はないわ。用があるのは妖夢の方」
「私に…?」
妖夢と呼ばれた少女は警戒を少し解き、キョトンとした顔になる。
「ええ。ここにいるかさねに剣と弾幕の稽古をつけて欲しいの。…かさね、こっちが西行寺幽々子でこっちが魂魄妖夢。まあ覚えるのは下の名前だけでいいわよ」
「一体何者なんですか、彼女は」
妖夢さんがじろっとこちらを見る。
「わ、私、かさねって言います。実は最近この幻想郷に来て、それで…」
「外来人…だと思うわ。記憶喪失だから何とも言えないけど。でも弾幕が撃てて、空も飛べる。ついでに刀も持っていたわ」
「なんだか怪しいですね…妖怪かなんかかじゃないですか?」
どうやら疑いを持たれているようだ。それはそうだ。私も私が普通の人間かどうか、ちょっと自信がない。
「まぁまぁ、いいじゃない。せっかく貴女の剣の腕を見込んでくれたんだし。私も、その子には興味があるわ」
幽々子さんが微笑を浮かべながら、妖夢さんをなだめる。
「はぁ。幽々子様がそうおっしゃるなら」
「助かるわ。それじゃ、とっととやりましょ」
そうして私たちは白玉楼の中に入り、大きな和風庭園に出た。
「立派な庭ですけど、ここで戦っていいんですか…?」
「ええ、構わないわよ。どうせ妖夢が後から直すから。実は庭師なのよ、妖夢は」
「幽々子様…私だって大変なんですよ」
そんなことを言いながら、私と妖夢さんは相対する形になった。幽々子さん、霊夢さん、魔理沙さんは縁側に座って見物の構えだ。
「はぁ~、落ち着くぜ」
魔理沙さんなんかはずずずとお茶をすすっており、すっかりくつろぎモードである。
「準備はよいですか、えーと…」
「かさねです。よろしくお願いします。」
「それじゃあ、どこからでもいいですよ。さあ、来なさい!」
妖夢さんは二刀の内、長い方の刀をすっと抜いて、正面に構える。
「よく扱えるよな、あんな長い剣。楼観剣だっけ」
私もあわてて、刀を鞘から抜き、正面に構える。
「うっ…」
気圧される。ただ刀を構えているだけなのに、妖夢さんにはまるで隙がなく、打ち込むべき場所が見当たらない。私は無意識の内にジリジリと後退していく。
「どうしました?そちらから来ないのなら、私から行きますよ」
そう妖夢さんが言ったと思った次の瞬間、目の前に刀を振り上げた妖夢さんの姿があった。
「は、速いッ!」
まるで目で追えなかった。慌てて妖夢さんの長刀にこちらの刀を合わせに行く。しかし。
「ふっ!」
がきんと鋭い音が響いたかと思うと、私の剣は後ろに弾き飛ばされて、そのまま後ろの地面に突き刺さった。
「あなた、本当にこの剣の持ち主なんですか。素人同然じゃないですか。剣術知ってます?」
妖夢さんが疑問の面持ちで、こちらを見つめる。
「も、もう一度お願いします!」
「いいですけど。何度やっても変わりませんよ」
剣を地面から引き抜き、もう一度構える。今の一幕で、彼我の実力差ははっきりした。しかし、私としても何かをつかまないと、霊夢さんと魔理沙さんに申し訳が立たない。
「やぁああああ!」
再びお互い向き直った瞬間、私は妖夢さんに飛び掛かった。こうなったら先手必勝だ。相手に準備させる間を与えず、攻撃を。しかし。
「はあっ!」
私の渾身の一撃は、いとも簡単に受け止められた。そしてそのままぶうんと大きく切り払われ、私は後方に吹っ飛ばされた。まずい。このままでは先ほどのように一瞬で間合いを詰められて、斬られる!だが。態勢を立て直した私の前に映ったのは、先ほどの位置で二刀を構える妖夢さんだった。とりあえず命拾いした。よし次は――
「結跏趺斬!」
突如、私の目の前に緑色の閃光が現れる。視界の端には、刀を振り下ろし終わった妖夢さん。まさか、飛ばしたのか、斬撃を――
「うわああああっ!」
夢中で緑の閃光に対して剣を振り下ろす。緑の閃光は爆発し、先ほどと同じように、私の剣は吹っ飛ばされて地面に突き刺さった。
「今のが…剣の弾幕…?」
「ええ。こんなこともできますよ。――間合いが遠いからと安心しましたね?」
「うう…」
強い。手も足も出ない。でも…
「もう一度、お願いします!」
楽しい。今ので剣の弾幕が如何なるものか何となく分かった。次こそは、一矢報いてみせる――!
それから。
「やあっ!」
さっきの飛ぶ斬撃の真似。これなら…
「人智剣『天女返し』!」
「うわあっ!」
「はぁっ!」
今度は素早く突く動作で――
「断命剣『冥想斬』!」
「きゃあ!」
「ちぇりゃああああ!」
刀身に弾幕を纏わせて、振り下ろしと共に拡散。さっき思いついた奥の手だ――
「人鬼『未来永劫斬』!」
「ぎゃあああ!」
――ひと通り思いついたことを試し、ひと通りのスペルカードを体験して、負けに負けた。
「ふふーん。また私の勝ち。ただ、筋はいいですね。始めの打ち合いよりは成長してますよ」
妖夢さんもどことなく上機嫌だ。
「おい幽々子、妖夢のやつ明らかに調子に乗り始めたぞ」
「こういうところなのよねぇ」
「うーん、さすがに妖夢相手に一本とるのは無謀だったか…」
観客席の方でも何やら盛り上がっている。
「さて、次で最後にしましょう」
「はい!」
「ただ、なんとなくですが。あなたはまだ本気ではないように見えます」
「え…?そんな、私は本気で…」
妖夢さんが続ける。
「どこか遠慮しているというか、なんというか。心持ちの問題だと思います。最後は、本気で私を傷つけるつもりでかかってきなさい」
「な、なるほど…?」
要は真剣さが足りないということか。確かに、文字通り真剣勝負だというのに、少し気楽にやりすぎたかもしれない。ここはお言葉に甘えて、思い切りやろう。それこそ、本気で――
お互い正面に向き直る。
どくん。
どくん。
どくん。
どくん。
心臓の音。先ほどとは違う真剣勝負――即ち、命のやり取り。体が作り変わっていくのが分かる。やるか、やられるか。そう思え。そういう場に、私はいるのだ――
妖夢さんは構えを崩さない。先手はこちらからということか。いいだろう。思い切り、喰らわせてやる。
「うおぉああああああ!」
妖夢さんの元に飛び込むと渾身の力で剣を振り下ろす。
「甘いッ!」
ガキンと鋭い音。剣は私の手を離れ、今日何度目かの宙への浮き上がりを見せていた。しかし、今回の私はこれで終わりではない!
「やっ!」
「な、何!?」
間髪入れずに弾幕を地面にたたきつける。立ち上る土煙。妖夢さんが一瞬私を見失う。その隙をついて、私は妖夢さんの胸元に飛び込んだ。そして、妖夢さんの手首をがしとつかむと、そのまま捻じりあげる。
「あぐっ…何て膂力…!ああ…!」
妖夢さんがたまらず刀を取り落とす。それを確認すると、ぱっと手首から手を離す。一瞬、妖夢さんが反射的に手を抑えようとして前傾姿勢になる。そこを思い切り蹴り飛ばした。
「あうっ…!」
妖夢さんが後方に吹っ飛ばされる。拳をぐっと握って、宙を走るように飛び、一瞬で間合いを詰める。そうして、見開かれた妖夢さんの顔面に、思い切り振り上げた拳を…!
「はい、そこまで」
叩きつける寸前。美しい蝶が、私と妖夢さんの間に数匹、割って入った。あわてて拳をピタリと止める。や、やり過ぎた…!顔面を思い切り殴りつけようとするなんて、私、どうかしていた。
「駄目じゃない。勝負はあくまで美しく、華やかに。殺し合いじゃないんだから」
幽々子さんがパチリと閉じた扇をこちらに向けている。どうやら先ほどのは幽々子さんが放った蝶型の弾幕だったらしい。
「そもそも妖夢のアドバイスがよくないわ。自分が勝ちすぎて調子に乗ったわね」
「うう。申し訳ありません。幽々子様」
妖夢さんがしゅんとした様子で答える。
「ご、ごめんなさい妖夢さん。私…」
「あ、いえ。お気になさらず。私もちょっと油断しすぎました。まさか、あなたの本気がこれほど手ごわいとは」
「あ、あはは…」
うう、妖夢さんのフォローが痛い。我を忘れた戦いなんて、弾幕ごっこにそぐわない。
「どうだ、かさね。何かつかめたか?」
魔理沙さんが笑いながら私に話しかける。
「はい!とりあえず、これからは刀を使って弾幕ごっこをしてみます」
「なるほどなぁ。それで、スペルカードは…?」
「スペルカードなんですけど、とりあえず、皆さんの真似から始めていこうかと」
「真似?」
「ほら、私って結構真似がうまいと思うんです。霊夢さんのアドバイスで空が飛べるようになったりとか、妖夢さんの飛ぶ斬撃を真似したりとか」
「なるほどね。まあ、最初の内はそんなもんでいいんじゃないか。ちなみに、私の真似だったら、どうするつもりなんだ?」
「やってみます?ただの思いつきですが…」
そういうと私はスペルカードを取り出し、魔理沙さんの前に構えた。
「星剣『ホライズンスウィング』!」
そう、高らかに宣言して、剣を大きく振りぬいた。すると、振りぬいた剣の軌跡から、次々と星型の弾幕が飛び出した。
「なるほど。イベントホライズンのパクリか。私は嫌いじゃないぜ、そういうの」
「あんたも結構盗んでるもんね」
「うるさいぜ」
とりあえず、記憶がはっきりしないうちはこんな感じの真似っこ弾幕でいこう。
「それじゃ、帰りましょ。いい学びがあったようで何よりだわ」
「はい!お世話になりました、妖夢さん!幽々子さん!」
「ええ、私もいいものを見せてもらったわ、かさねちゃん」
「機会があれば、また手合わせしましょう」
「んじゃ、行くか、かさね」
魔理沙さんが箒に飛び乗った。私も力を抜いてふわりと宙に浮きあがる。冥界の風も今は心地よい。私の新たな生活が、弾幕の輝きによって彩られていく予感を抱きながら、私たちは冥界を後にした。