「――すごい賑わいですね」
博麗神社を出て、参道を下り、三十分は歩いただろうか。霊夢さんと私は人間の里にたどり着いた。門を抜け、大路に入ると、食事処、八百屋、雑貨屋など様々な店が立ち並び、多くの人々が往来している。
「里の大路だからね。もうちょっとはずれに行けばそれはそれはさみしいものよ。」
人間にとって、妖怪が実在する世界での唯一の安全圏ともなるともう少しピリピリしているものかと思ったが、幻想郷の人間たちはたくましく生きているようだ。それを見て少しほっとした思いがする。
「それじゃ、庄屋に挨拶に行きましょうか。大丈夫よ、こういうことは何度かあって、向こうもなれたものだから。住む所も手配してくれるわ。といっても、今日すぐにというわけにはいかないだろうから、今晩は神社に泊めてあげるわ。」
それから私たちは、温和そうな老人の庄屋に挨拶をすませた。霊夢さんの話によると、やはり住居の用意は明日以降になるという。庄屋の家を出たところで、霊夢さんが口を開いた。
「それじゃあ、私は今日の夕食の食材を買って来るから。入って来た門のところで待ち合わせしましょう。買い物が終わるまでは、あなたも里の中を自由に見て回ってもいいわ。勝手に里の外に出ないようにね」
そして私は霊夢さんと別れ、里をぶらぶらと歩き始めた。とはいっても、無一文の身では店に入ることもできない。やっぱり霊夢さんについていけばよかったかもしれない。しばらく里をまわって、ある程度の地理を把握した。そろそろ霊夢さんの買い物も終わったころだろうか。そんな時だった。私の横を男が全速力で走っていった。男の腕が私の体にぶつかる。
「きゃっ!」
思わず声をあげる。男はそんな私に構うことなく、走っていく。すると、私の後ろの方から「そいつを捕まえてくれ!泥棒なんだ!」という声が聞こえてきた。どうやら先ほどの男は泥棒だったようだ。
「ま、待てっ!」
思わず手を伸ばす。その時だった。私の身に奇跡が起きたのは。伸ばした手の先に、青白い光が集まる。
「――え?」
そしてその光は球体を取り、前方に向かって打ち出される。
「…っぎゃあ!」
青白い光は私の前方を走っていた泥棒の男に着弾し、男は悲鳴をあげて倒れこんでしまった。
「い、今のは――?」
ざわざわという声。あわてて辺りを見回す。
「弾幕…?」
「あの男の子、もしかして妖怪…?」
「しかし、泥棒を倒してくれたみたいだし…」
周囲の人々たちが、不審と困惑の目で私を見つめる。騒ぎはだんだん大きくなり、どんどん人が集まってくる。
「あ、あの…私…えっと…」
弁解しようとするが、言葉がうまく出てこない。私自身、何が起こったか把握していないのだ。あんな光の弾を撃つことが出来るなんて、考えてもみなかった。
「――おいおい、人間の里で使うなって言っただろ?」
幸か不幸か、そんなパニック状態の私に面と向かって声をかけてきた人がいる。
その人は白地の服に黒色のベスト、黒のスカートの上に白いエプロンを身に着けており、頭にはつばの大きい、黒い三角帽を被っている。手には箒がにぎられており、服装全体を合わせると魔女を思わせる格好をしている。濃い黄金色の髪で、くりくりとした大きな目と薄い眉の可愛らしい顔の少女である。
少女は私にゆっくりと近づくと私の手を握った。
「そいつは田んぼを荒らすカラスやらに使えっていったじゃないか」
私が慌てて手を引くと、人差し指に指輪がはめられていた。
「その指輪は回収だな。私が売ったマジックアイテムだが、使い方を守れないんじゃ返してもらうしかないぜ」
そして少女はわざとらしく、野次馬たちにアピールするように私から指輪を取り返した。
「なんだ、霧雨の嬢ちゃんの仕業だったのか」
「心配して損したわー」
野次馬たちは興味を失ったようで、次々と私に背を向けてどこかに行ってしまった。なんだかよく分からないが、この少女のおかげで助かったらしい。
「あ、ありがとうございます。」
「――ちょっとこっち来い」
私の感謝の言葉を無視して、少女は私の腕をむんずとつかみ、そのまま路地裏までひっぱっていってしまった。
「馬鹿野郎!どこの妖怪だか知らねーが、人里で弾幕を撃つ奴があるか!」
少女はすごい剣幕で私を怒鳴りつける。
「里に入ることまでに目くじらを立てるつもりはないが、せめて正体がばれない努力をしろ。いたずらに里の人間をおどかすな」
「い、いやその。こんなことになるとは思わなくて。というか私があんなことできるなんて知らなかったんです。」
「おいおい…、生まれたての妖怪か?どうしたもんかね」
どうやら目の前の少女は私を妖怪だと思い込んでいるらしい。もっとも、記憶喪失の私にはそれを否定できるだけの材料もないのだが。
その時だった。
「こっちで妖怪が出たって言うから来てみたけど。かさねに魔理沙、そんなところで何してるのよ」
「霊夢さん!」
「霊夢」
霊夢さんが路地裏に入って来た。
「霊夢お前、この妖怪の知り合いか?」
「妖怪?何言ってるの?かさねは今日私が見つけた外来人よ」
「んなわけあるか。さっき弾幕を撃ったんだぜ。」
「…なんだって!」
霊夢さんが、私をジロリとにらむ。
「かさね、今の話は本当?」
「は、はい。泥棒を捕まえようとしたら、手のひらから光の弾が突然…」
「…なるほどね」
霊夢さんはうーんという顔をした後、再び口を開いた。
「相変わらず妖力は感じないし、なにより私の直感がかさねを人間だと言っているけど。弾幕を撃てる以上、里に住まわせるわけにもいかないわね。仕方ないわ。あなたはこれから、博麗神社に住みなさい」
「おいおい、大丈夫かよ。推定妖怪を神社に住まわせるなんて。寝込みを襲われたらどうする」
「その時はその時よ。私が死んでもあんたや早苗、紫あたりが何とかしれくれるでしょ。」
「縁起の悪いことを言わないでほしいぜ」
「…ということは、もう一回庄屋のとこにいかなきゃいけないわね。魔理沙、かさねを見張っていなさい」
霊夢さんはそう言い残すと、私たちに背を向けてすたすたと去って行ってしまった。
ぽつねんと佇む私たち。
「…お前、何があったんだ?霊夢は外来人って言ってたが」
私は少女に記憶喪失であることと博麗神社で倒れていたところを霊夢に助けられたことを説明した。
「なるほどなぁ。それなら確かに外来人っていうのもあながち嘘じゃないのかもな」
少女はうんうんと得心したような顔を見せる。
「それじゃあ、私のことも説明しておかないとな。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ。博麗神社に住むなら、お前とも長い付き合いになりそうだ。」
「…よろしくお願いします、魔理沙さん。改めて言わせてください、先ほどはありがとうございました」
「ま、いーってことよ。」
にししと魔理沙さんは笑う。その笑顔を見ていると、こちらの心が自然と温まってくる。最初に怒鳴りつけられたときは恐ろしく見えたが、悪い人間ではないと分かり安心した。