Coolier - 新生・東方創想話

7日と1日目の蝉

2022/04/24 23:17:13
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6日目。
私の部屋に阿求が乗り込んできた。
すごい顔をしていた。
そんな顔は、阿求が質の悪い風邪を引いたときに、こっそり裏口から忍び込んで会いに行ったとき以来だった。

「小鈴なのよね? ひどいわよ、いくらなんでもひどすぎるわよ……!」

涙と唾液と鼻水が一緒になってこちらに飛んでくるような剣幕だった。

「ほんとふざけないでよ、なんであんたはそうなっちゃうのよ……別に蝉になろうが蝿になろうがあんたはあんたよ……でも、私と違って、死んでしまったらそのときはもうあんたはあんたでなくなるのよ……?」


本当は阿求にはもっと早くに会いたかった。
だけど、昨日はあんなことを言っておきながら私には最後の踏ん切りがつかなかったのだ。
阿求がどんな反応を示すかは正直予想がついていたから。
そして阿求をどれだけ苦しめるかということも。
阿求との離別は向こうからゆっくりと近づいてくるものだと思っていた。
私と違って、という言葉がずしりと私にのしかかる。
ああ、私ってあんたのこと何もわかってなかったな。
体に走る苦痛、死への恐怖、運命に対する諦観。
そして何よりも自らが抱く強固な使命感。
私はようやく、阿求がただ一人で抱いていた諦め、希望、決意、その他諸々、その一端にわずかながら触れられたのかもしれない。

私は、さんざん泣きわめいてようやく少し落ち着いた阿求に尋ねた。

阿求さ、死ぬときってどんな感じ?

「死ぬときはいつも穏やか……ゆっくりと……眠りに落ちるときとほとんど変わらない。ただ、意識を手放すとき、あっ、私は死ぬんだな、ってどうしようもない気づきだけは必ず存在した。矛盾するけどね……その瞬間はどこまでも心地よく、限りなく恐ろしい。自分はいつかまた目覚めるのだ、とは分かっていても、いつだってあの瞬間にはこの世界で私はただ一人だった。きっと死ぬのが怖いんじゃない……あんたはまた……私を一人にするわけなの? そんなの絶対に許せない。理不尽すぎるわよ、こんなこと。あっていいはずないじゃない。私、閻魔様に土下座してくる。あんたが私なんかより先に死ぬことを私は決して許さない。死んでもいいのは私だけなんだから……! 誰も私より先に死ぬことはない、誰もが私よりも後に死んでいく、私はいつだって生存者、誰も見送ることができなかった。……初めて見送るのがなんでよりによってあんたなの?」

いくつ絶望を数えてきたのだろうか、いくつ諦めを飲んできたのだろうか。
それでもただひたすらに幻想郷を支え続けた。
私にはとても思いは及ばない。
ただ一ついえるのは、あんたのおかげで多くの人が、この地に安住する多くの人が、救われてきたということ。

「確かに……私が転生を繰り返すからこそ、幻想郷は思いを連綿と伝え続ける。でも……死とその後に待ち受けている全くの未知が救いなのだとしたら、転生を続ける私には何一つ救いなどないのではないかしら?」

思うんだけど、幻想郷に生きて幻想郷で生を終えるのなら、きっとその後は幻想郷に還るんじゃないかしら。
あんたは数少ない例外にしても、同じように幻想郷で再び生を受ける。
そう思えば良いんじゃない?
阿求さ、また生まれるときってどんな感じなの?


「いつも最初には光があった。どこか懐かしく、どこか心地よく……そんな感じよ」


阿求、今度も、その次も、そのまた次も、ずっと一緒にいてあげる。
怖がるときだって隣りにいて一緒に悲鳴を上げてあげるから。

阿求は涙を拭いながら頷いた。
阿求が納得したのかどうかなんて私にはわからない。
だって私などよりも遥かに長い年月を生きているのだ。
だけれども私は阿求が主役を張る劇のメインキャストぐらいにはなれる気がした。
それだけは確実であるように思われた。
その舞台はこの幻想郷に他ならないのだから。

全ての生き物が見る夢は根底で繋がっているという。
私はこの現実も似たようなものだと思う。
人も妖怪も神様も妖精も亡霊も、幻想郷ではなにもかもがいろいろな立場で繋がり、そしてその「命」は分配されるのだろう。
この幻想郷に生きる私の死と生は1人称と3人称のものではなく、きっと1人称と2人称、あるいは2.5人称のものなのだから。
覚悟しておきなさい、あんたが阿拾になろうとも、その顔をおばあちゃんになってでも見てやるから。
……阿求、今度あんたが今まで紡いできた『幻想郷縁起』読ませてくれない?
正直今までは製本ばかりで中身にものすごい興味があるわけでもなかったんだけどさ。
今はとても、とても興味があるの。

阿求は私の手をとる。

「そうね。あんたのためにも意地でも完成させてやるからそっちこそ覚悟しておきなさい。そうだ。私も男に転生したことがあるから、今度おしっこをひっかける方法教えてあげる」

ジャージャーと抗議する私を見て阿求は大笑いする。
そして私も一緒になって大きな声で笑うのだった。

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