Coolier - 新生・東方創想話

7日と1日目の蝉

2022/04/24 23:17:13
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4日目の朝。体に走る激痛で目が覚める。息が苦しい。足が思うように動かない。一夜で私は一体どれほど年をとったのだろうか。数えることもしたくない。
羽をバタバタとはためかせると少しだけ楽になる。良かった、まだ生きられるようだ。だけれども痛みは収まることはない。
昨日ぬえさんがかけてくれた言葉を思い出す、そして本当はこんなことを考えてはいけないのは頭では理解する。だけど全身に走り続ける鋭い痛みには勝てなかった。

ごめんなさい、お父さん、お母さん。私をどうかあそこに連れて行ってほしい。

ここに来るのは初めてだった。他の木々に混じって、大きな桜の木が鎮座している。なぜだかわからないけど、花もつけていないのに引き寄せられるような美しさを感じた。
そもそもこの場所にいること自体がむしろ今の私にはふさわしいことのように思われた。
刀を脇に差した女の子が、お待ちしておりました、と出迎えてくださった。いつだったか、みんなで怪談話のために集まったときに顔を合わせたはず。
そんなに前のことではなかったはずなのに随分と遠い昔のように感じてしまう。

「幽々子様は向こうにおられます、こちらにどうぞ」

長い廊下からは枯山水の庭が見える。そんなものは人里ではお金持ちの家に行ったときぐらいにしか見たことがなかったが、それよりはずっと本格的なものだ。
見ていられるものならずっと見ていたいな。

幽々子さんは朗らかな顔をされていた。お父様はいかがなさいますか、と幽々子さんが尋ねると、別の部屋に居させていただいてもよろしいですか、と答える。
妖夢さんに連れられてお父さんは部屋を出ていった。後には幽々子さんと私だけが残される。

「こんにちは、会うのは二度目かしら、本居小鈴さん。一度目は確か妖夢と一緒に怪談話を聞きに行ったときよね。あのときの妖夢の怖がり様、今でもよく覚えてるわ。一応砂糖水を用意したけど大丈夫? そんなに固くならずにね。どこぞの与太話が書かれた本では無駄に危険人物にされていたみたいだけど、あんまり怖がられるとこっちも困っちゃう。まあ、亡霊なんだから怖がられても仕方ないんだけれども」

しばらく幽々子さんは他愛もない話を続けてくださった。湯呑の砂糖水もそれなりに減った頃、幽々子さんの表情が少しだけ変わったのを私は見た。

「……それで、小鈴さんがここに来られたのは私とお喋りをしたいから、ではないのでしょう?」

幽々子さんは湯呑のお茶を一口すすり、置いた。

「ゆっくりでいいから、あなたの思いの丈を私にぶつけてみなさいな」

私は自分の思いを時間をかけて伝えていく。幽々子さんは真剣な顔で聞いてくださる。

長い、長い、話が終わった。

「分かったわ。自ら命を絶つ、そのためにここに来た。……確かにね、私は死を操ることができる。その気になれば、簡単にあなたの命を奪うことはできる。もしかしたらあなたは死んだことにすら気づかないかもしれない、そんな至極心地の良い死を遂げることは一応可能よ。もっとも死んだ後は魂は私の管理下に置かれることになり、成仏することはできない。まあ、死と生なんて薄い壁一つ隔てているようなものだから、あまり関係ないかもしれないけどね。本来は人をあんまり軽々しく死なせたくもないの。ただ、あなたは今その身に耐え難い苦痛を感じている。だから、本当にあなたが望むのなら私はあなたを殺してもいい、そう思っている」

『殺してもいい』私はその言葉を頭の中で反芻する。

「でもね……本当にあなたは、今すぐに死にたいのかしら?」

その言葉にすぐに答えることができない。生から死への移行が次の瞬間に訪れると考えると、私はどうしても一歩を踏み出すことができない。

「……即答できないのでは私も首を縦に振ることはできないわ」

幽々子さんは私にそうはっきりと告げる。
私のこの躊躇は正しかったのだろうか? 一つの選択肢を私はもしかしたら自分の勇気のなさで潰してしまったのではないか、そんな思いが過ぎった。

「一つ、提案がある。あなたの寿命が尽きるであろう3日後。ちょうどそのときにあなたが心地よく逝けるようにする、というのはいかがかしら? どこまでも穏やかで緩やかな死、というわけね」

魅惑的、といっても良い提案だった。一見運命に無駄に抗わなくとも済むように思えた。3日後に確実な死が出迎えてくれる。数十秒前にはあれだけ恐れた死というものに私は今ひどく心惹かれている。

「どうするの? 別に今すぐに答えなくても大丈夫よ。あなたにあまり時間は残されていないでしょうけど、ゆっくり考えてもらえれば」

それで本当に私は満足なのだろうか? まだやり残したことがあるのではないだろうか? そうだ、一つ、どうしてもやりたいことがあった。

でも――

生きていることに疲れたんです。父と母の隠しきれない疲れを見るのはとても苦しい。
そしてなにより、こんな姿になってしまった私なんかを人目に晒すことで父と母に苦労をかけるのは避けたいんです。

「そうね。でも……あなたはもう少し自分勝手に生きてもいいんじゃない?」

だったら自分勝手ですけど殺してほしいんです。

「そう……ところでね、私、食べることが趣味なの」

急に何を言い出されるのだろうか。

「妖夢からはいつも食べ過ぎですよってうるさく言われるんだけど、食べているときには私は死んでいるのに生きているような気持ちになるの。生きているうちに食べれたらどんな気分になったんだろう、とは時折考えることはある。別に生き返りたいとかそういうのではなく、ただ私は純粋に興味があるだけ。残念ながらそれを知ることはもうできないけど、私はもうひとつ興味があってね、妖夢があの堅物なまま大きくなったらどうなるか、それをちょっと知りたいの。あ、妖夢には内緒にしといてね。たまに思うのよ。私は亡霊だけど妖夢は半霊なんだって。いつかそういう日が来ることは覚悟の上。だから私はあの妖夢の小言も、はいはいって聞かざるを得ないの。……死ぬことによってのみ誰かを生かすことができるという思いが揺るぎのないものだったら、私はもう何も言わないわ。ただ一つだけ何か述べるとしたら、一度でいいから自分の人生を振り返り、そして再び上を見てほしい。私から言えることはただそれだけ」


私は再び上を向くことなどできるのだろうか?
いろいろな方の顔が思い浮かぶ。
近しい方もいれば嫌いな奴もいる。
色々な方と付き合うことで、楽しいこともそれなりにあれば、嫌なことも同じぐらいにあった。
そんなことが次々と思い出される。
そうやってどれほどの時間が過ぎたのだろうか。

「……決まった?」

決めた。
たとえ道筋がおおよそ決まってしまっているものなのだとしても、私は運命の迷宮路に屈したくなかった。
たとえ糸玉の端がどれだけか細かろうとも。
未だ袋小路には突き当たっていないのだから。
そうだ、私の一番やりたいことはあまりにくだらなくて、なおかつ誰もが一度は思いつきそうなこと。
私はその陳腐な夢の世界を瑞々しい現実に変えるのだ。
夢と現実は違うからこそ、夢を現実に変えようと努力できるはずなのだから。

「ジャージャージャージャー、ジャジャ、ジャージャジャジャジャー、ジャジャージャジャージャ、ジャジャージャ、ジャージャジャージャジャー、ジャジャー、ジャジャージャジャジャ、ジャージャージャージャー、ジャジャジャージャジャ、ジャージャジャー、ジャージャージャ、ジャージャージャジャージャ、ジャージャジャジャー、ジャージャージャージャジャー」

「そう……ちょっと安心したわ。若い子の命を奪うのって結構気がひけるのよ。……永遠亭に行ったんでしょう? それならば、あの月の賢者のことだからあなたの苦痛を緩和してくれる薬なんかは用意できるはず。……ごめんなさいね、あなたを試すようなことをしてしまって」

そういえば。二日前、八意さんに薬を頂いたことを思い出す。本当に苦しくなったら打てばよい、と。
私はこんな大切なことを忘れていた。

「小鈴さん……私は死を遂げた者を色々と見てきたわ。自分から死を望んだ者いればそうでない者もいた。まあ、後者の方がずっと多いんだけど。無論私が手にかけた者もいる。だからね、生きたかった人もいるんだから死を望むな、なんてことは言いたくないの。少なくとも私なんかが言える立場ではない。でも私はあなたに良い生を送ってほしい。自分の生前のことはあまりよく覚えてないけど、こんな呑気な私ですらきっと良い生を送れたのだと無邪気に信じているから、利発なあなたに対してはなおさらそう思う」

そうだ、まだ読み終わっていない本がたくさんあったはずだ。
明日はそれを再び読み始めよう。

「それでは。いつか来たる大団円のために、よい旅路を、ね」

どうしてだかわからないけど、そう告げた幽々子さんの表情はとても優しくて、だけれどもどこか悲しそうで、どこか儚く感じられた。
それはおそらく私に向けられたものではないように思われた。
そして幽々子さん自身、どうしてそんな顔をされているのか自分でもわからない、いや、そんな顔をしていることすら気づいていない、そう思われてならなかった。

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