霊夢が座卓に肘を突いて、ニコニコ顔で聞いてきた。心臓がドキドキ言っている。
怖い。
これが幻想郷を作り上げた大妖怪のやることかというくらい、箱に手を延ばしている時の震え方は半端なかった。
何とかそれを持ち上げて、霊夢の前に差し出す。開けていい、と聞くので、もちろんと答えた。
「指輪……! ありがとう! 紫が用意してた贈り物ってこれだったのね! でもなんで四つもあるのかしら?」
「それは説明するわ」
小さな翡翠を埋めた指輪と、浅い溝に金の糸を──自らの髪を張った指輪。それがペアで二組、合計四点。
「こっちの、翡翠がある方は普通の指輪よ。嵌めてくれてもいいし、飾ってくれてもいい。大切にしまってくれてもいいし、生活に困る時があれば質に入れればそれなりの値段になるわ」
霊夢はふーんと一言呟いて、それを拾い上げて光に照らした。内側にとても小さく「愛しの霊夢へ」と書いてあるのを見つけられた時、彼女の顔は分かりやすく赤くなった。
「こ、こんなもの質に入れたら、どうなるか分かってるでしょ」
「ふふ、そう思うのでしたら大切にして下さると嬉しいですわ」
ぽかんと見つめてくる。わざわざ彫らせるなんてと言わんばかりの驚きだ。
でもそれだけの心を込めるだけの価値が、霊夢にはある。
「で、こっちは何?」
「まだ嵌めないでね? それには魔法を掛けたわ。私が私を忘れないように──私が霊夢を永遠に忘れないための魔法を、ね」
紫は指輪の縁を軽く指でなぞった。台座から外してくるくると眺める。縁が太陽にキラリと反射した。
それを霊夢の前にずいと突き出す。
「永遠の誓いよ。この指輪を嵌めると、その間は一度築いた記憶を絶対になくさない。嬉しくても、悲しくても、苦しくても、楽しくても。どんな思い出も瞬時にいつのできごとか分かるわ」
「思い出をこの指輪に閉じ込める、ってワケね。流石は紫だわ。こんな異変級のモノを平然と作ってくるなんて。結論をどうしようと、厳重に保管しないとダメじゃない」
霊夢は楽しそうにため息を吐いた。そう、この顔だ。口ではやれやれ言いつつ内心ではどこか血を騒がせている。
こんな表情で相手をしてくれるのが、何よりも好きだ。
「もちろん、あなたは普通の指輪、私はこっちの指を嵌めることもできますわ。どうかしら? 私の覚悟、伝わった?」
「伝わった。痛いほどにね。っていうか重いくらいにね。で、どっちを嵌めるかだけど、ちょっと両手を出して?」
両手? 何をするつもりだ?
こう? と手のひらをくるくる回しながら、霊夢の前に差し出す。彼女は裏にしてと言うから、その通りにした。
彼女は左手を取って持ち上げてきて──薬指にスッと、翡翠の指輪を通してきた。
「ほら、指曲げて。引っかかるでしょ」
「え、ええ」
これは何の儀式なんだ。自分で嵌めればいいものを、どうして?
紫はキョトンとした目で霊夢を眺めた。彼女は小さく咳払いをして、ぷいと横を向いた。
「あんた、どうせ大なり小なり思い詰めてこれを作ったんでしょ? だから私は言わなきゃいけないの、『そこまでしなくていい』って。紫の想いは十分伝わった。私を好きでいてくれる気持ちも、私を忘れたくないっていう覚悟も。私だって……その、大好きよ」
「そう? ありがとう、霊夢にそう思って頂けるなんて、光栄ですわ」
何だか霊夢の顔が赤い。指輪を嵌めたくらいでそんなことになるとは思わなかった。
「その調子だと知らないみたいね。こんなのこっ恥ずかし過ぎるから、わざわざ両手出してなんて言ったのだけれど」
ということは?
人間にしか分からない「しきたり」がここにある。そしてそれはつまり……
「そこまで私のこと大事に思ってることは分かった。それなら、そ、その……責任、取りなさいよね」
「……うふふ、もちろんですわ、霊夢」
翡翠の指輪を取り出して、同じ儀式を執り行う。霊夢の左手、そのすらりと長くて可愛らしい薬指に、翡翠の指輪を嵌め込む。
紫は箱の中に残った金糸の指輪をしばらく眺めて、そっと箱の蓋を閉じた。
「予定では、私が金の指輪を──自分の髪の毛だけどね──、霊夢が翡翠の指を着ける予定だったのだけれど、当ては外れるものね」
「むしろわざわざ二組用意してどっちがどれを着けてもいいように準備してきたあんたが信じ難いわ」
霊夢の呆れ顔に、紫はただ微笑で応えた。
彼女は指輪の嵌った指を見つめながら、またぼそっと独り言とも取れる言葉を漏らした。
「重いのよ」
「あら、愛を軽く振りまく人は『人気者』って言うんですのよ? 私は人気者ではなく、霊夢だけの女になりたいんですの」
紫は立ち上がって霊夢の後ろに行くと、すっと両腕を回して抱きしめた。
ついでに胸も頭の上に載せて、むにゅむにゅ身体を擦り付ける。
「重いのよ」
「そうなの。最近すっかり肩が凝っちゃって。良かったら揉んで下さる?」
彼女は右手を軽く上げて──胸を鷲掴みにしてきた。あらあら大胆ね、と伝えると、どっちが、と返ってきた。
ようやくいつもの二人になれた気がした。
そしていつもの二人より、もっと何かが深くなった気がした。
「ホント、どうしてこんな妖怪を好きになっちゃったのかしら。しかも私と一緒にいるなんて信じられないくらい可愛いし。あんた、まさか好きと嫌いの境界を弄ったりしてないわよね」
「そんな野暮で無粋なことは致しませんわ。能力はここぞという時に使うものですもの」
「その割にはいつもスキマ開けて来てるわよね」
「ふふっ……いつだって同じこと」
相変らず空は晴れ渡っていて、セミがうるさい。太陽はギラギラしていて、外に出た者を灼き尽くしそうだった。
紫は身体を持ち上げると、霊夢の両肩に手を置いた。ゆっくりと彼女の身体を振り返らせると、唇を重ねた。
ちゅぱ……と小さな水音が、茶の間の壁に吸い込まれていく。
「誰よりも早く、そしてできるだけ長く、霊夢に逢いたいからですわ」
紫はここ一番の笑顔で、霊夢に笑いかけた。
彼女はポッと顔を赤くしながら目をそむけて、ぶつぶつまた独り言を呟いた。
相変わらずの極甘ぶりでたいへんよろしいかと思います。
良かったです。
冗談なしで甘すぎてぐああああって言ってしまったよ
二人のにやにやしちゃうやり取りを存分に楽しませてもらいました。素敵でした。
まさに相思相愛……甘くてとろけそう……最高でした
いやぁ、にやにやしながら読めました。
ちょっとえっちで最高です