Coolier - 新生・東方創想話

恋人と家族の境界

2020/08/21 21:44:09
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「それにしても、霊夢は可愛いわねぇ」
「褒めてるの、それ? 私には『子供っぽい』って聞こえるのだけれど」
「ウソじゃありませんわ」

半刻ほど過ぎて、霊夢の頭は紫の胸に収まっていた。
本当はちょっとだけのつもりだったのに、彼女は抱き着いたまま全く離れようとしない。
そんな訳で、ずっと頭をなでなでしながら、むぎゅーっと柔らかな温もりを与え続けていた。
「思えば私達の間には、『安らぎ』が足りなかったのかもしれませんわね?」
「ううん、私が悪いの。わがまま言ってごめんなさい」

鴉羽色の髪を手櫛にていねいに梳かしていく。その度にふわりといい匂いが漂って、鼻をくすぐる。
胸の中で顔を埋めたまま、霊夢はぼそりと呟いた。
「人間っていうのはね、形がないままっていうのは不安なの。この神社だって、私が生まれるからずっとここにあって、私が死んだ後もずっとここにあるの。建て替え続けていずれ元の柱や窓がすっかり取り替えられたとしても、ね。私達はそういうことに安心するのよ」
「そうなのね。私の感覚では『かたちあるもの』はいずれ朽ちて崩れてなくなってしまうものだから、気に留めることはないの。あなたの言う『硝子の破片』ね? それが例え、私自身の肉体であっても」

よしよしと頭を、腕を、背中を撫でる。霊夢の背丈は決して低くはないのに、今はとっても小さく見える。
「人間ってよくお互いにプレゼントを贈り合っているのは知っていたけれど、その理由が見えた気がするわ」
「あれは、形あるものに心を込めてるの。あなた達と違って、怪我や病気で簡単に死ぬからね、その人が確かにそこで『生きていた』って証拠を残しておきたいの。せめて、自分が生きている間は」

紫は小さく頷いて、心と頭を巡らせた。自分一人では到底できそうにないが、もしかするともしかする。
「ねぇ、霊夢。あなたもプレゼント、欲しい?」
「何よ藪から棒に。紫から貰えるものなら、何だって貰うわ」

彼女は顔を左右に振って、胸の中でむにゅむにゅ擦り付けてきた。可愛いなぁと心底思いながら、霊夢のやりたいようにさせる。
「一週間か一ヶ月くらい、待ってて貰えるかしら? 自分だけでは成し遂げられそうにないから、少し時間が欲しいの」
「まーた胡散臭い企みって訳ね……いいわ、待つ。紫がどんなに胡散臭くても、約束を破ったことは、ないものね」

ようやく彼女が笑い声を上げてくれた。霊夢のそんな感情が、何よりも嬉しくて愛おしい。
それは藍や橙の笑顔とは違う、どれだけ心が乾いて渇いて苦しかったとしても、干からびた世界を潤す一滴だった。
そしてその一滴で、心がどこまでも満ち満ちていく。
最初の出会いは「博麗の巫女」としてだったのに、どこで? いつから? こうなってしまったのだろう。
それは分からない。分からないが、霊夢を見つめることで生まれてくる、穏やかで温かい感情は、もう止められないのは確かだ。
「じゃぁ、善は急げね? 早速準備に入りたいのだけれど、そろそろ離して下さるかしら?」
「やだ。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ……一緒にいて。紫の形、紫の声、紫の匂い──もうちょっと、だけだから」

むずがる子供のように、霊夢はその抱きつく腕にちょっとだけ力が入った。
相変らず目は合わせてくれない。それは服と胸に埋もれていて、視線がどこにあるかは定かではなかった。
「仕方ないですわねぇ」

もう少し、もう少し。
霊夢を撫でながら過ごしていたら、西陽が差し込んできた。
今年は暑い。妖怪と言えど多少は汗ばんでくる……でも霊夢は離してくれる気配がない。
その日は結局、ほとんど日が暮れるまで霊夢を抱っこしたままずっと一緒にいた。

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