Coolier - 新生・東方創想話

恋人と家族の境界

2020/08/21 21:44:09
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翌日、早速紫は「形を作るのに一番適任な妖怪」のところへ相談に赴いた。
「──という訳なのだけれど。できるかしら?」
「できるっちゃできる。でも悪いけど、私は自分の作りたいものを作るのが好きなんだ。そこに割り込みで『作れ』っていうなら、今後の材料費くらいは融通してくれると助かるよ」
「あら、その程度で構いませんの? お安いご用ですわ」

河城にとりは自分の胸を力強く叩いた。良かった、作ってくれはするようだ。
彼女は「ちょっと失礼」と髪の毛を一本抜いてきた。二尺はある長い金糸が、彼女の机に置いてある灯りに煌めいてキラキラしている。
にとりはそれを机にしまうと、代りにメモ紙を取り出して渡してきた。
「んじゃはい、これ必要品のリスト。そんじょそこらの鉄クズ代じゃないからね、私は月に行きたいんだから」
「これは……ええ、分かりましたわ。幻想郷を管理するこの大妖怪の意地を懸けてでも、用立てますわ」

紫は力強く頷く。
どうして谷ガッパがこんな凄まじい金額の投資をしようとしているのか、まさかゼロの数を読み間違えたんじゃないかと訝しがるほどの総額だった。
もちろんそれはにとりがやろうとしていることの壮大さに対する驚きで、それ以上ではない。
首を縦に振ったが、今度はにとりがキョトンとした。
「あら、結構ふっかけたつもりだけど、案外素直に呑んだね。それだけ霊夢のことが好きってことか。ひひっ」
「もちろんですわ。彼女が喜ぶことなら、昼と夜、夏と冬、空と大地、夜空の星々、定命と不死の境界すら変えてみせますわ」

扇子で口元を隠し、笑いを零す。
すると彼女はそれ以上に高笑いを始めた。
「あはーっ、おのろけごちそうさま! じゃ、そこまで言うなら、そこに書いてある金額は半分でいいから。気合い入れて作らせて貰うからね!」
「あら、お支払いなら気にしなくてもよろしいですのに」
「今日の私は気分がいいからさ! 来週の今頃取りに来てよね!」

彼女は早速図面に向かって線を引き始めた。その後姿に「ありがとう」と伝えると、紫はにとりの家を後にした。

***

一週間後。
昼前に人里へ寄って落雁を一箱買い、それからにとりの家に行って「贈り物」を受け取った。
「しっかし、よく見たら一組じゃなくて二組だったんだな? 徹夜しちゃったよ、へへ」
「ありがとうございますわね。お代はこちらに」

紫はぺこりと礼をすると、分厚い封筒を渡してその場を後にした。
相変らず夏の陽射しは厳しい。日傘が色褪せる程の強い熱と光を浴びながら、博麗神社への道を一歩ずつ歩く。
それにしても緊張する。お菓子の方はいいとして、こんなしっかりした贈り物なんて、今まで誰にもしなかった。
どんな顔をして渡せばいいのかも分からない。
「こんにちは、霊夢」
「あら、紫。遅かったわね。もうお昼食べちゃったわよ。それに、律儀に鳥居の方から入ってくるなんて。こりゃ明日は──」
「雪が降るかもしれませんわね?」

先んじて、霊夢が言いそうなことを言ってみせた。彼女はしばらくぽかんとこっちを見つめてきた後、ふふっと手を口元に当てた。
「少しは勉強したみたいね。ありがと」
「霊夢のことですもの、何でも知ってるわ」

霊夢がお茶を出す。落雁を差し出して、しばし二人で飲みながら軽く近況を話し合った。
「あんたに話すほどでもなかったから一人で解決しちゃったんだけど、一昨日小傘がね──」
「あらあら。私の家でも藍が珍しくお盆をひっくり返しちゃって──」

世間話の中で、プレゼントを渡す糸口を探る。
でもその時は一向に訪れなくて、いつしか二人の話はどことなくぎこちなくなっていった。
霊夢には「しばらく待って」と言った。だから彼女も期待しているのは分かっている。
第一、小さな箱を小脇に抱えて来ておいて、それが何なのか説明しないまま小一時間経っている。これが存外気まずい。
「あのね、霊夢」
「なぁに、紫」

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