Coolier - 新生・東方創想話

恋人と家族の境界

2020/08/21 21:44:09
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右手は霊夢に抑えられている。だから左手を──霊夢と同じ、余裕のある白い袖口から──しなやかに伸ばした。彼女の頬に軽く手のひらを当てて、さらりと流す。
彼女の頬はなめらかで、柔らかくて、血色の良さが愛おしかった。目を細めて顔を見つめると、霊夢はぷいと顔をそらした。
「なんで、私に、構うのよ……私は、こんなに、辛いのに」
「好きだから、ですわ。他に理由があって?」

くすくすと笑みを零す。どこまで行っても、嫌いならこんなことはしない。霊夢自身も、そんなことは分かっている。
そこからの一歩が、今は必要なのだ。
「さっきも言ったけれど、『博麗の巫女』っていうのはね? 私達妖怪にとっては天敵というか宿敵というか、とにかく『いない方が嬉しい』存在なの」

そんなことは百も承知とばかりに、霊夢が手を握ってくる力が強まった。でも心なしか、立てた爪だけはほんのり和らいでいる。
まるでネコみたいだ。
そして、今の彼女にとっては、こちらこそが気まぐれなネコにしか見えないのだろう。
「でも、霊夢だけは違う。私にとっては、あなたは『博麗の巫女』じゃなくて、『博麗霊夢』なの」

好意、それだけは頑ななまでにまっすぐだったつもりなのに。妖怪も人間も、これだから難しい。
霊夢は無言だ。
どうしたことか一瞬、耳が痛くなった。
何の境界も弄っていないのに、ふっとセミ達の声が神社の結界に遮られてしまったかのように、真っ白でふわふわな雲だけが何食わぬ顔でゆるやかな風に流れていた。
「どうして……どうして私は好きになっちゃったのよ。アンタみたいな存在に。分かり合えないはずなのに」
「悠遠の過去から反目し合っていた『巫女と妖怪』が、今になってお茶を飲むような仲になったのか、それどころかこれほどまでに私があなたに惹かれているか、私自身にも分からないの。分かって下さって?」
「……分かったわ、分かった。でも、言葉だけじゃ信用できないわ」

そむけていた顔が、もう一度こっちを向いた。切なげな顔が、少しだけ上気していている。
その潤んだ視線だけで、何を言いたいのかは分かりきっていた。でもそこで敢えて口をつぐんだ。
こんなところがまた、霊夢を不安にさせてしまうのかもしれない。悪い癖だと分かっていても、これだけは止められない。
少し早いヒグラシが、静寂の糸を断ち切った。
「行動でも示してよ」
「行動、ねぇ? あなたの手を振り払ったりしない辺りで、既に結論はついていると思うのだけれど?」

霊夢は顔を今までより赤くした。視線が左右に泳ぐ。紅潮した唇が僅かに動く。
しかしそれは細かくぱくぱくと動くばかりで、声はおろか吐息も出てきていなかった。
「キス、してよ。私のこと、本当に好きなんでしょ?」
「あら、最後にしたのはいつ頃だったかしら?」

はいともいいえとも答えず、紫はただ霊夢の顔を見つめた。
彼女の目が地面に向いていた。いつの間にか手は離れていて、ヒザの上で軽く握ったままもじもじしている。
頭の赤いリボンが夏風に揺れてふさふさしている。
紫はそんな霊夢の顔を見つめながら、囁くように小さく口を開いた。
「もちろんするわ。私はあなたが好きだもの。そしてあなたが私を求めてくれる限り、何度でも、何度でも。でも、一つだけお願い」
「なによ」
「もう一回、今度は私の目を見て言ってちょうだい?」

霊夢は顔を見てきた──文字通り、開いた口が塞がっていない。
どうしたの? とにっこり微笑みを向ける。彼女は一度うつむいて、聞こえないような声でぶつぶつ何か呟くと、再び顔を上げた。
「キス、してよ、紫」
「ふふ、お安いご用」

霊夢の両頬に手のひらを宛がう。彼女が目を瞑る。
軽く突き出されたその唇に、自分の唇を重ねる。彼女がぴくりと震えるが、そんなことは意にも介さない。
二度目は腕を回して抱きつき、もう一度キスをした。今度は激しく、霊夢の口に舌を割り入れる。霊夢は声にならない声を漏らして、一息置く頃にはすっかり息が深くなっていた。
三回目まで来ると、指を絡めるように手を握って霊夢を縁側に押し倒した。そのまましばらく、紫は霊夢に熱烈に送り続けた。
「んちゅ……ちゅぱ……んふぅっ」
「んむっ……んんっ……んむぅ」

こんなに情熱的なキスを交わしたのはいつ以来だろう。啄むようなキスなら、それこそ昨日でもしたくらいなのに。
どれだけ舐めてもなくならない、甘くて熱い飴──否、甘露。
いつまでもキスを続けて、息が苦しい。霊夢に至ってはちょっと目の焦点が合わなくなっていて、それすらも愛おしい。
「紫、ゆかり、ゆかりぃっ……!」
「ふふ、私はいつでもあなたのそばにいますわよ」
そうして二人は、ずっと手を握り続けていた。

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