「だーれ、だ?」
「いきなり人の部屋に現れるだなんて、八雲紫以外にいると思う?」
「魔理沙とか?」
「あの子は曲がりなりにも玄関、最低でも縁側から入ってくるわ」
「んもぅ、今日はいけずさんねぇ」
「私はずっとずーっといけずでいるつもりよ?」
気だるげに本のページをたぐる博霊霊夢へと、紫は後ろから抱き着いた。
目を傷めんばかりに空は輝いていて、沈みかけている半月に薄雲がかかっているのすら、夏の熱気をランクアップさせる手伝いをしていた。
様々な虫達が大合唱を繰り広げている。どこまでも高いお天道様の元気をもらおうと、周囲の木も草もめいっぱいに葉っぱを広げていた。
そんな中、畳の上に座っていた霊夢は、それまで読んでいた本をヒザの上に置くと、ゆっくりと目隠ししていた手を払った。
霊夢がくるりと、顔だけ振り向いた。くりっと丸くて赤みがかった目が、無表情で迫ってくる。
「ところで紫、香水変えたでしょ」
「あら、気付いて下さって光栄ですわ」
にっこりと微笑む。目尻の下がった眼差しがじとーっと見つめてくる。霊夢の鼻がすんすんと動いて、指先を髪に絡めてきた。
すーっと金色の髪が手櫛に流されて、はらりと垂れ落ちる。
「分かるわよ。っていうかあなた別に香水なんて付けなくたっていいじゃない」
「どうして? 女の子の身だしなみですわ」
「そうじゃなくて……」
霊夢は本に栞を挟んでぱたりと閉じた。座卓の上にそれを置くと、ようやく身体をこちらへ向けてくれた。
いそいそとスキマから出て、霊夢と向かい合う。
「何も付けなくたって、アンタいい匂いするじゃない」
「あら、こんなおばさん褒めたって何も出ないわよ?」
つん、と霊夢は横を向いて、それから立ち上がった。台所へ向かっている。お茶を淹れてくれるようだ。
霊夢はお湯を沸かしながら、ヤカンを見つめつつぼそりと一言零した。
「自分で女の子とか言った上に、一緒に弾幕ごっこまでしといてよく言うわね」
「そう? うふふ、ありがとう」
彼女はため息を吐く。お茶と一緒にせんべいが出てきて、二人でそれを齧った。
ここに来ない限りは食べないようなお菓子に、それがしまわれている戸棚。
縁側の襖と、その外から聞こえてくるセミの鳴き声。
どれもこれも見慣れたもののはずなのに、霊夢の表情だけはいつもより深く沈んでいた。
ミンミン。ジージー。ジリジリ。チッチッ。
セミ達はそんな二人を他所に、楽しげに歌っている。
「どうしたの? 今日はいつもより機嫌が悪いようだけれど」
「そうね、アンタが来たからね」
霊夢はつっけんどんにそう言って、開け放った襖から外を見上げた。
晴れ渡った空に、ジリジリと照りつく熱気が舞っている。そしてそれをものともしないように、ちぎれ雲がのんびりと流れていた。
「何か悪いことをしてしまったかしら? そうだったら謝るから、私が何をしたのか教えてちょうだい?」
「アンタが悪い訳じゃない。私が分からないの」
「分からない?」
「もう……構わないでよ」
霊夢は座卓にぐでーっと腕を投げ出した。頭だけがくるりと回って、半分に開いた目でこちらを見つめてきた。
「アンタってさ……私のこと、好き?」
「何よ、藪から棒に。大好きに決まってるでしょう?」
「それよ、それ」
ぴっと指を差される。それがだらんと垂れて、続けてため息。その視線と物憂げな表情で、ちょっぴりぴんと来た。
「私は、霊夢にしか『好き』なんて言わないわよ」
「ふぅん? 本当に? ……いや、誰に言ってるかは疑ってないわ。私が気にしてるのは、その内容」
霊夢はもぞりと動いた。頭に付けた赤いリボンがぴこぴこ動いて、ちょうちょみたいに跳ねる。
彼女は縁側に行って、そこに腰掛けた。
「あなたは『私』が好きなの? 『博麗の巫女』? それとも『博麗霊夢』?」
「いきなり人の部屋に現れるだなんて、八雲紫以外にいると思う?」
「魔理沙とか?」
「あの子は曲がりなりにも玄関、最低でも縁側から入ってくるわ」
「んもぅ、今日はいけずさんねぇ」
「私はずっとずーっといけずでいるつもりよ?」
気だるげに本のページをたぐる博霊霊夢へと、紫は後ろから抱き着いた。
目を傷めんばかりに空は輝いていて、沈みかけている半月に薄雲がかかっているのすら、夏の熱気をランクアップさせる手伝いをしていた。
様々な虫達が大合唱を繰り広げている。どこまでも高いお天道様の元気をもらおうと、周囲の木も草もめいっぱいに葉っぱを広げていた。
そんな中、畳の上に座っていた霊夢は、それまで読んでいた本をヒザの上に置くと、ゆっくりと目隠ししていた手を払った。
霊夢がくるりと、顔だけ振り向いた。くりっと丸くて赤みがかった目が、無表情で迫ってくる。
「ところで紫、香水変えたでしょ」
「あら、気付いて下さって光栄ですわ」
にっこりと微笑む。目尻の下がった眼差しがじとーっと見つめてくる。霊夢の鼻がすんすんと動いて、指先を髪に絡めてきた。
すーっと金色の髪が手櫛に流されて、はらりと垂れ落ちる。
「分かるわよ。っていうかあなた別に香水なんて付けなくたっていいじゃない」
「どうして? 女の子の身だしなみですわ」
「そうじゃなくて……」
霊夢は本に栞を挟んでぱたりと閉じた。座卓の上にそれを置くと、ようやく身体をこちらへ向けてくれた。
いそいそとスキマから出て、霊夢と向かい合う。
「何も付けなくたって、アンタいい匂いするじゃない」
「あら、こんなおばさん褒めたって何も出ないわよ?」
つん、と霊夢は横を向いて、それから立ち上がった。台所へ向かっている。お茶を淹れてくれるようだ。
霊夢はお湯を沸かしながら、ヤカンを見つめつつぼそりと一言零した。
「自分で女の子とか言った上に、一緒に弾幕ごっこまでしといてよく言うわね」
「そう? うふふ、ありがとう」
彼女はため息を吐く。お茶と一緒にせんべいが出てきて、二人でそれを齧った。
ここに来ない限りは食べないようなお菓子に、それがしまわれている戸棚。
縁側の襖と、その外から聞こえてくるセミの鳴き声。
どれもこれも見慣れたもののはずなのに、霊夢の表情だけはいつもより深く沈んでいた。
ミンミン。ジージー。ジリジリ。チッチッ。
セミ達はそんな二人を他所に、楽しげに歌っている。
「どうしたの? 今日はいつもより機嫌が悪いようだけれど」
「そうね、アンタが来たからね」
霊夢はつっけんどんにそう言って、開け放った襖から外を見上げた。
晴れ渡った空に、ジリジリと照りつく熱気が舞っている。そしてそれをものともしないように、ちぎれ雲がのんびりと流れていた。
「何か悪いことをしてしまったかしら? そうだったら謝るから、私が何をしたのか教えてちょうだい?」
「アンタが悪い訳じゃない。私が分からないの」
「分からない?」
「もう……構わないでよ」
霊夢は座卓にぐでーっと腕を投げ出した。頭だけがくるりと回って、半分に開いた目でこちらを見つめてきた。
「アンタってさ……私のこと、好き?」
「何よ、藪から棒に。大好きに決まってるでしょう?」
「それよ、それ」
ぴっと指を差される。それがだらんと垂れて、続けてため息。その視線と物憂げな表情で、ちょっぴりぴんと来た。
「私は、霊夢にしか『好き』なんて言わないわよ」
「ふぅん? 本当に? ……いや、誰に言ってるかは疑ってないわ。私が気にしてるのは、その内容」
霊夢はもぞりと動いた。頭に付けた赤いリボンがぴこぴこ動いて、ちょうちょみたいに跳ねる。
彼女は縁側に行って、そこに腰掛けた。
「あなたは『私』が好きなの? 『博麗の巫女』? それとも『博麗霊夢』?」