水際の決戦/裏
休みの日の椛は友人の河童のもとを訪ねていた。用向きはまたも将棋の勝負である。
「王手」
「……!」
件の河童、河城にとりがニヤリと笑う。一方椛は窮地に立たされたというのに、一瞬見開いた目を満足そうに細める。
「悪くないですね」
「それは、この状況が?それとも私の手が?」
「どちらも」
そう言いながら椛は次の手を模索する。だがどうやっても椛の王は落ち延びることすらできないと見える。
「……ありません」
「ありがとう」
いつかの対戦とは逆の結果がそこにあった。
「ううん……予想以上に巻き返せなかった……」
「えへへ」
上達ぶりを認める友人の発言に、大きく胸を張るにとり。
「椛、手を抜いてないよね?」
「そんな失礼なことはしません。……純粋に、読み違えただけです」
川縁で暇さえあれば対局を重ねるうち、にとりも椛の癖のようなものを見いだしてきた。
もともと人間を見続け、いろんな機械と向き合ってきた彼女だ、対象の観察とデータ収集など朝飯前だろう。
そうして戦術を練り上げれば、勝ちを拾えるようにはなってくる。
「これで、三連敗……か」
手帳に記録をつけながら椛はあらためて戦果を報告する。
「野球なら三者凡退だね」
「やきゅう」
「……ああ、スポーツの一種ね」
「そう、で……」
「投手が打者を三人連続で打ち取ることね」
「なるほど」
首をかしげる椛に、にとりは簡単な説明だけをつけくわえてみせる。
もっとも野球は将棋とは違う。物理的な制約がつく以上、椛が打者であったとしても、サインを千里眼で読めたところで打てない球は打てないだろう。
「まあそれはそれとしてさ。トータルの勝ち星でならまだまだ椛のが強いんじゃない?」
「どうでしょうね。今月に入ってからは拮抗してると思いますが」
「そうかなあ?」
にとりとしてみれば椛とばかり勝負しているので、今一つ自分の実力を測る方法には自信がなかった。
「椛自身の実力は?先輩方とも指してるんでしょ」
「競り合えるようにはなってきてますが」
(あ、やっぱ、強くなってるんだ、椛も)
にとりは内心、自分の友人の成長を改めてかみしめていた。しかし、その実感を覆す一言がまたしてもかけられた。
「でも、やっぱりどうしたって、勝負のわからない相手はいるものですから」
「ふむ」
相も変わらぬその言葉。にとりは、自分の知らぬ椛の世界に、どのような強豪がいるのだろうと思っていた。
「どんな相手?」
にとりの問いに、ふっと椛は遠くを見つめる。その瞳は晴れ晴れとしていた。ややあって、椛は答えを返した。
「これから対局を始める相手との勝負は、わからないでしょう?さあ、もう一局ですよ」
「おっけい!」