人間の里の、北の外れにある大衆酒場「宵闇亭」
男はそこの常連だった。
幾らか高揚した気分で薄汚れた暖簾を潜った男は、いつもと様子が違うことに気付く。
喧噪に包まれているはずの店内は不気味に静まりかえっており、店の奥のテーブル席を囲むように人だかりが出来ていた。
「あ、いらっしゃーい」
男がカウンター席につくと、厚化粧の女将がいつもと変わらぬ様子で迎えてくれる。
「なんだい、ありゃ?」
酒と摘みを注文するついでに、それとなく人だかりのことを女将に聞いてみた。
女将は「あぁ、あれ?」と大げさに返答をする。
「怪談なんだって」
「怪談?」
「そう。話し手さんがよっぽど上手いのか、さっきからみーんな聞き入っちゃって。ま、お客さんが喜んでくれるんなら怪談だろうと歌だろうと何でも大歓迎なんだけどね」
おしゃべりな女将がカウンターに置いた冷酒を口に運ぶ。喉に流し込むと同じタイミングで人垣から「おぉー」とも「うわぁ」ともつかない歓声が上がる。
怪談なんてガキの頃以来だ。いい大人になって怖がるようなものでもない。
でも酒場の客がみんなして寄り集まり静かに聞き入っているとなると、流石にどんなものかと興味も沸いてくる。
夏の風物詩でもあるし、雰囲気だけ楽しむのも粋というものかもしれない。
男は冷酒のグラスを手に立ち上がると、人垣に近い席へと移動する。
男はそこの常連だった。
幾らか高揚した気分で薄汚れた暖簾を潜った男は、いつもと様子が違うことに気付く。
喧噪に包まれているはずの店内は不気味に静まりかえっており、店の奥のテーブル席を囲むように人だかりが出来ていた。
「あ、いらっしゃーい」
男がカウンター席につくと、厚化粧の女将がいつもと変わらぬ様子で迎えてくれる。
「なんだい、ありゃ?」
酒と摘みを注文するついでに、それとなく人だかりのことを女将に聞いてみた。
女将は「あぁ、あれ?」と大げさに返答をする。
「怪談なんだって」
「怪談?」
「そう。話し手さんがよっぽど上手いのか、さっきからみーんな聞き入っちゃって。ま、お客さんが喜んでくれるんなら怪談だろうと歌だろうと何でも大歓迎なんだけどね」
おしゃべりな女将がカウンターに置いた冷酒を口に運ぶ。喉に流し込むと同じタイミングで人垣から「おぉー」とも「うわぁ」ともつかない歓声が上がる。
怪談なんてガキの頃以来だ。いい大人になって怖がるようなものでもない。
でも酒場の客がみんなして寄り集まり静かに聞き入っているとなると、流石にどんなものかと興味も沸いてくる。
夏の風物詩でもあるし、雰囲気だけ楽しむのも粋というものかもしれない。
男は冷酒のグラスを手に立ち上がると、人垣に近い席へと移動する。