その者は里の外れで大工を営んでいました。
大変腕の立つ職人で、気さくな性格もあり人望は厚く、誰とでも打ち解ける絵に描いたような好青年でした。
ただ人間誰しも弱点のひとつやふたつはあるもの。
男は大変な酒好きで、一旦呑みだすと深酒が過ぎ、酩酊して前後不覚の体で帰宅し泥のように眠るのが日常茶飯事でありました。
その日も折良く手当が入ったこともあり、馴染みの店で深酒を呷っていました。
いつものことでもあるので止める者は誰もおらず、泥酔状態となったところで店が看板となり、男は不確かな足取りで自宅へと向かうのです。
明るい月に照らされ夢見心地の千鳥足。どれほどそうして彷徨っていたのでしょう。
ふと気付くと目の前には見慣れた景色とはかけ離れた、荒れ野が広がっているのです。
これには流石に、男も肝を冷やしました。
里の外れに居を構えることもあり、一歩間違えば里から出てしまうことになるわけです。
当然里から出てしまえば、そこは魑魅魍魎の跋扈する無法地帯。
あやかしと出くわせば無事で済む保証はありません。
男は拙い記憶を頼りに、及び腰で里とおぼしき方角へ歩きます。
ところが歩いているうちに、周りの景色がなんだかおかしくなってくるではありませんか。
先ほどまで月明かりに煌々と照らされていたはずが、気付くと墨のように深い闇の中を歩いていたのです。
明らかに不自然な様子、何か、あやかしの仕業に違いありません。その者は足がすくんでしまい、その場から少しも歩けなくなってしまいます。
一寸先も見通せぬ闇の中で、男はただ震えることしかできません。