「ねぇ」
闇の向こうより何者かの声が聞こえてきました。
その声は調律の狂ったピアノのごとく、歪で不快な響き。
「わたしお腹がすいてるの。あなたを食べてもいい?」
闇から滲むかのよう、目の前に童女が現れました。
金色の髪に、血の気の無い白い頬。
あどけない瞳は紅く不気味に光り、荒く吐く息は人というよりも獣のそれ。
その姿を間近に見てもなお、理性を保つことなどできようはずもありません。
「う、うわあぁぁぁぁ!」
男は無我夢中で逃げ出しました。どちらに向かうかなんて考える余裕もありません。
目の前に現れたあやかしから少しでも遠くに。
それだけを考え、ただただ逃げました。
しかし周囲は相変わらずの闇。
おぼつかない足取りで二度三度と岩に足を取られるうち、男は勢いよく転んでしまいます。
対して童女は空を飛んで悠然と追ってきました。
絶望に震える男の顔を嘗められるくらい、童女は顔を近づけて、僅かに鼻を鳴らします。
「たっ、頼む、後生だから見逃してくれっ!」
「んー?」