人垣の中心に居たのは、若い女だった。
場末の大衆酒場にそぐわない品のある顔立ち、小綺麗だがひどく奇妙な身形。
不自然なほど生活感の無いその風体に、男は不気味さを感じた。
女の傍らには連れらしき子供が座っていた。こちらは時代錯誤と映る。
二人組は店の空気から明らかに浮いた存在だ。
席に着くとき女と目が合う。軽く会釈すると向こうは微笑んで返す。
だがその微笑みには感情らしき物が欠片も込められていない。
「では、そろそろ次のお話しを」
女は、ありえないほど透き通った声でそう告げた。声を張っているわけでも無いのに、とても明瞭に聞こえる。
いくらかざわついていた人垣が、女の一声で水を打ったように静まりかえる。
「月の明るい夜のことでした――」