エピローグ2
気がついた時、最初に目に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。布団の上に寝かされている。という事はここは私の家……?
あの後一体どうなったの!?
慌てて起き上がろうとした瞬間全身に激痛が。
「あぎゃーーーーーーーっ!?」
思わずあげてしまった叫び声を聞いて姉さんがすっ飛んで来た。
「あら、起きたのね。あけましておめでとう」
姉はいつものように涼しい表情だ。
「……へ?」
「まったく。穣子が寝込んでる間に年が明けちゃったわよ?」
「……は?」
姉の言葉がまるで理解出来ない。まさか!? 今までのは全部夢だったとか!? ちょっと待って。そんなオチは嫌よ!?
「穣子。……ありがとう。そしてお疲れ様」
そう言って姉が私の頭を撫でてくれた。ああ、よかった夢じゃなかったんだ……。
いや冷静になって考えてみれば、ドーピングの後遺症で体が動かなくなってるんだから夢じゃないってのはすぐにわかった事なんだけど。
それにしても今までの記憶が頭の中に次々と蘇ってくる。思わず感極まって涙が出そうになった。
「……ねえ、姉さん。あの後の事教えて欲しいんだけど……」
「そうね。丁度今皆来ているところだし直接聞いたらいいわ」
「……え?」
姉がおもむろに襖を開けると、雛やにとりに文さん、そして天子や衣玖さんまで姿を現しこっちに駆け寄ってきた。
「み、皆!? 一体どうしたのよ!?」
「新年会してたのよ。穣子が上手い具合に目覚めてよかったわ」
「いえーい! あけましておめでとう! みのりーん! もう目覚めないかと思ったわよー!!」
「ひーちゃん。心配かけてごめんね!」
もう既に大分酔ってるらしくいつになくハイテンションだ。きっと今回の鬱憤が一気に出たんだろう。お疲れ様、雛!
「あ、あけましておめでとう。みのりん……」
対してにとりは何か気まずそうにしている。
「にとりん? どうしたの? なんか元気ないんだけど」
「……いや、あのさ。雛との事なんだけどさ。その、私が悪かったよ。正直、厄神ってだけで毛嫌いしてたんだけど……」
「にーとりさーん! もうそんな事はどうでもいいのよーっ! 私は皆がだいーすきなのっ!!」
そう言って雛はにとりを後ろからじゃれるように抱きしめる。 って、何て羨ましいっ! 私だって雛に抱きしめられたいのにっ! くそっ! 動け、私の体っ!
なんでも後から聞いた話によると、雛は天界に乗り込んだ時、にとりが怪我した時のために妖怪用の薬も用意しててくれていたのだという。
結果的に薬は衣玖さんの治療に使われたが、それを知ったにとりは例え相手に嫌われていようとも尽くそうとするそんな雛の姿に心を動かされたんだそうだ。ま、何であろうと仲良しが一番よね! 良かった良かった。
「穣子さん。あけましておめでとうございます。あなたの活躍は静葉さんから聞いてますよ」
「文さん! あなた協力してくれなかったらまだ事件は解決していなかったかもしれません。本当にお世話になりました」
「いえいえそんな。今回私は何もしていない同然ですよ。単に取材の一環として情報を集めただけですから」
そんな謙遜しなくても……。
あぁ、でもあくまでそういうスタンスを取ろうとする文さんはかっこいいなぁ。まさに縁の下の力持ちよね。
「穣子様。あけましておめでとうございます。この度は多大なるご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ございませんでした」
衣玖さんが畏まって私に深々と頭を下げてくる。
「あー。そんな気にしなくてもいいですよ。せっかくの正月なんですから、もっと肩の力抜きましょうよ。ところでケガは大丈夫なんですか?」
「あ、はい。おかげさまで。お気遣いありがとうございます」
そう言って彼女はにこりと笑みを見せる。確かに彼女は痛がる素振りすら見せない。 今回の事件で一番の重傷を負ってたはずなのに凄い回復力ね。体が頑丈だって言ってたのはまんざら嘘じゃないのかもしれない。うーむ、天界の妖怪恐るべし!
さて、後残ってるのは……。っておい、そこで呑気に餅を食べてる天人! あんたの言葉を一番聞きたいんだけど!?
「総領娘様。あなたも穣子様に言うことあるでしょう?」
衣玖さんが窘めて餅を奪い取ると天子の奴はようやくしぶしぶとこっちを向く。まったく、こいつ全然反省してないんじゃないの!?
「あ、ええと……」
彼女はそれっきり俯いて黙り込んでしまう。
「あのさぁ……言いたい事あるならはっきり言って欲しいんだけど……?」
痺れを切らして思わずちょっと強めに言うと、彼女は走って外に行ってしまった。
「申し訳ございません。まだ今回の件で動揺してるようでして」
そう言い残すと慌てて衣玖さんが追いかけていく。
「何よ! あいつ全く反省してないんじゃないのよ!?」
「……そうね。あの子の事、あなたにも言っておく必要があるわね」
そう言って姉さんがその後の事について説明してくれた。
それによると、天子の親達は、一族の保身のために問題行為ばかりを起こす我が子を、何と抹消してしまおうとしていたのだという。そしてそれを知った衣玖さんが親の所から彼女を引き離すためにわざと彼女に妖刀を預け、彼女を別荘へと隔離させる。そしてすぐに呪いを解いてやるつもりだったのだが、予想以上に刀の呪力が強く、更に精神的に未熟な天子が刀にとりつかれてしまって、彼女一人では太刀打ち出来なくなってしまった。
彼女の親の目を盗みながら呪いを解く手段を探してる間に今回の事件が起きてしまったのだという。
ちなみに天子は刀を持たされた時、彼女からこの刀の負荷を克服すれば周りの皆を見返せる力を手に入れられるという言葉を聞いたらしく、どんなに苦しんでも。姉さんからそれが妖刀だと告げられても、彼女の言葉を信じて刀を離そうとしなかったのだという。
「なんだ、あいつにも健気な所あるんじゃないのよ」
「ええ、そうよ。あの子は見た目はあんなんだけど根はとても良い子なの」
そう言って姉さんは微笑を浮かべる。どうやらすっかり天子の事を気に入ってしまったみたいね。
「それにしても、まぁ……衣玖さんは随分と大胆な手段を取ったのねぇ。下手すりゃあの子の命も危なかったというのに」
「……あのまま何もしないでいたら、今頃あの子は親の手によって消されていたでしょう。それにそういう状況になってる以上、余程の理由がないと、あの子を親元から離すことは出来なかったでしょうしね」
「んで余程の理由が、妖刀に呪われてしまったという事?」
「ええ、苦渋の決断だったと衣玖も言ってたわ」
うーん、なんだか、天界という場所の複雑な事情を垣間見た気がする。
「それにしても、ひどい話ね!」
流石の雛も珍しく怒ったような表情をしている。
「まったくだ! 自分の身を守るために我が子を抹消するってそんな親どこに居るっていうのさ!! まさにこの子にしてこの親ありだな! 信じらんないよ!」
話を聞いていたにとりが思わず吐き捨てるように言う。でも、にとりの気持ちはよく分かる。私だって同じだし。その時だ。
「父上達を酷く言わないでよ!! 何も事情知らないくせに!」
いつの間にか戻って来ていた天子がすかさず言い返してくる。
「仕方ないのよ。天界とはそういう所なの。皆こぞって他人を蹴落として出世する事だけしか考えていない。でもそうでもしなくちゃ、あっという間に出し抜かれて没落してしまう。特に私の家なんかは元々地上にいたわけだから尚更よ」
「おいおい! でもだからってお前は自分の親を許せるってのかい!? お前を殺そうとしたんだろう!?」
あー。にとり一度熱くなると止まらなくなるところがあるのよね。お酒も入ってるから尚更か。
「許せるも何も天界とはそういう所なの。むしろ今までそういう目に遭わなかったのが不思議なくらいね」
「他人事のように言うなよ! いいのかよそれで!? おまえ自身のことだろ!」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。要するに郷に入れば郷に従えって事でしょ。異郷の地でカドを立てずに暮らしていくための鉄則よ?」
食ってかかろうとするにとりをすかさず文さんが抑える。文さんグッジョブ!
「そこの天狗の言う通りよ。それに私が父上達に迷惑をかけていたのは紛れもない事実。だから私は決断したの。そう、親に勘当される事を!」
な、なんですとー!?
天子の言葉で皆一斉に驚きの声を上げる。
するとそこへすかさず衣玖さんがフォローを入った。
「あ、単にほとぼりが醒めるまで親元を離れて地上で暮らすだけですから。あしからず」
あ、なーんだ、そう言う事ね。驚いて損した。いや十分大事だけど……。
こいつが地上で過ごすなんて相当苦労するでしょうねー。ま、いい薬にはなると思うけど。
「当分は私と二人暮しとなるでしょう。ただし、まだ住処が見つかっていないのですが……」
「住処が見つかってないって、それまでどうするつもりなの?」
「あ、その事で穣子にお話があるんだけど」
「へ?」
「新しい家が見つかるまで彼女達をここに住ませる事にしたから。ちょっとテンコの奴に常識というものを叩き込んであげようと思って」
「はぁ!? ちょっと待って姉さん!? っていうかテンコ?」
そんな話聞いてないってば!? いや、目覚めたばっかだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど! まさしく寝耳に水! っていうかテンコって?
「と、いうわけで改めまして宜しくお願いしますね。穣子さん」
「いや、衣玖さん。あの……」
「あ、御食事等に関しては心配要りません。すべて私の方で用意いたしますので」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「ああ、あとプライバシー等の事に関しても、奥の部屋に防音完備の仕切りを作らせて頂きますから問題ありません」
「いや、だから……」
「あ、そうそう。穣子。天子の事はこれからテンコと呼ぶ事にしたわ。仲が良い証拠としてね。あなたの真似よ」
「……ねぇ? ちょっと姉さん、もしかしてどこか悪いところでも打った? それとも妖刀の呪いとか?」
「残念でした。私は正常よ」
そう言って悪戯そうに舌を出して見せる姉。あれ? 姉さんってそんなキャラだったっけ……。一体私が寝てる間に何が起きたというのよ……?
「おー、この栗きんとん美味い! 地上の食べ物は美味しいものばかりね! これからの生活が楽しみだわ!」
あんたは呑気に食ってる場合じゃないでしょーが!? っていうかその栗、私が集めてきた奴じゃないのよ! 私にも食わせろ!
――というわけで色々あったけど、こうして無事に姉さんは戻って来てくれた。それがまず何よりも嬉しい。
何か二人ほど居候が増えるというおまけもついてしまったのが頭痛いけど、おかげで今年の冬はいつもより賑やかなものになりそうだ。
きっとこれなら春が来るまで楽しく過ごせるだろう。
そう、だって私には姉さんもいるし雛やにとり達だっている、独りじゃない。もう暗くなる理由はどこにもない。
願わくば、どうか次の秋が来るまで皆で笑って過ごせますように。
しかし誘拐犯が誘拐した相手と仲良くなってしまうなんて良いシチュエーションじゃないですか。
天子もこれからは上手くやっていけますね。