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目を覚ますと私は布団の中にいた。しかも、ご丁寧な事に頭ごとすっぽりと包まれている。これは一体何事?
ああ、そうか。私は結局あのまま気を失ってしまったんだ。きっとにとりと雛が運んで寝かせてくれたんだろう。だけど何も顔までかぶせなくてもいいのに、そんなに寒そうに見えていたのかしら。ともかく二人に感謝しなくては。と、布団の隙間からちらりと外を見やるとすぐ側に二人の姿があった。自然と二人の会話も耳に入ってくる。
「……まったく、お前がいるからみのりんの具合が悪いんじゃないか!?」
「失礼ね。確かに私は厄神だけど、みのりんが具合悪いのは私のせいなんかじゃないわ!」
何? なんで言い争い何かしてるの? もしかして二人って仲悪いの?
「そんなのわからないよ。大体お前が近くにいるといい事が起きないって言うじゃないか。もしかして静葉さんが誘拐されたのもお前のせいじゃないのか!?」
「それはないわよ!」
ちょっと、二人とも止めてよ!?
どうしよう。これは止めに行くべきなのかな? でもここで私が入ったら余計話がこじれちゃいそうな気もする。
ああ、もう。これじゃ起きようにも起きれない! こんな時、姉さんならどう解決するんだろう。
と、布団の中で悶々としていると、雛がゆっくりと口を開いた。
「お願いだから落ち着いて聞いて。みのりんは冬になると秋の力が足りなくなって具合悪くなっちゃうのよ。だから誰かがいてあげないといけないの。いつもなら静葉さんがいるけど、今は代わりにみのりんの事をよく知ってる誰かが側にいてあげないと」
……雛、ありがとう。思わず小声でつぶやく。雛の独白は更に続く。
「……にとりさん。この際、私の事は嫌いでも何でも構わないわ。でもせめて今だけは、みのりんのために力を貸してもらえないかな。この事件が解決したら私はもうあなたに会わないようにするから」
ちょっと待って。会わないようにするって、そんな!? 何もそこまでしなくても。
「……ああ、わかったよ。姉妹を助けたいのは私も同じだしね。協力はするよ」
にとりの声は少しくぐもっていた。いいの? それで本当に。いまいち腑に落ちない。
「ありがとう。助かるわ。ところで……」
「……ああ、そうだね」
あれ? 急に二人が静かになったな。と思ったその時、突然被っていた布団が勢いよく引っ剥がされてしまった。
「ひゅいぃ!?」
思わず誰かさんのような奇声をあげてしまう。
「あ、私の台詞をパクるな!」
間髪入れずに、元祖ひゅいが反応した。いや、パクるつもりはなかったんだけど。とっさになると結構出るものなのね。これ。
「ねえ、みのり~ん。今の話聞いてたんでしょ?」
ああ、なんか雛の笑顔が妙にまぶしい。あまりの眩しさに直視できない。……って単に今まで暗い所にいたせいか。これは。
「あはは……ど、どうして私が起きてたってわかったのかな?」
「そりゃーねぇ。あれだけ布団の中でアナグマみたいにモゾモゾ動いてたらチルノにだって分かると思うよ」
と言いながら、にとりはきゅうりをバリボリと食べている。どうでもいいけどあなたはどこから取り出したのよそれ。
「ま、というわけで話の通りなの。だからみのりんは何も心配しないでね」
雛は相変わらずの笑顔だ。いや、でもこれは心配するなという方が無理な話じゃないのかな?
「ところで、体大丈夫?」
「え? うん。まぁ……大分楽にはなったけど」
「そう、なら良かった。でもまだ下手に動かない方がいいわよ。顔色悪いし」
「え? そうかな」
「そうよ。きっとまだ病み上がりみたいなもんだし、無理はダメよ。大丈夫、私たちが手がかり探してくるから。ね? にとりさん!」
「……え? あ、うん。そうそう! この私に任せなさい! チョチョイのパッパで見つけてきてやるよ!」
にとりの奴、きゅうり食べるのに夢中になってて話に気づいてなかったわね。というか食べるのは別にいいとして、ぼろぼろこぼさないで欲しいんだけど。掃除するの私なんだから……。
「それじゃ行ってくるわ。みのりんはちゃんと寝てないとダメよ」
「そーそー。厄神様の言う通りだよ。あんたにダウンされちゃ困るんだからさ」
二人は足早に出て行ってしまった。うーん、なんか雛に上手くはぐらかされた感じが。
ほどなくして外の方で二人が言い争うような声が聞こえてきた。
……あのー。出かけてまだ一分も経ってないんですけど?
ああ、あの二人に任せて本当に大丈夫なのだろうか。いや、絶対大丈夫じゃない。
とは言え、今はそれでも彼女達に頼らざるを得ない。ああ、なんか頭痛くなってきた。
この頭痛はきっと秋の力が弱まってるからじゃないな。うん、きっとそうだ。
とりあえずなんか寒くなってきたので布団に潜る事にした。しかし、布団にもぐっても寒さは増すばかり。
どこか窓でも開きっぱなしなのだろうか。もしかして二人とも入り口を開けっ放しで行ってしまったとか?
仕方なく起き上がって入り口の方へ行くと、その寒さの理由がすぐ分かった。入り口も確かに開いていた。でもそれだけじゃない。なんとそこには、憎き冬の妖怪の姿があったのだ!
「な、なんであんたがここにいるのよっ!?」
私の驚く声に気づいたその冬の妖怪ことレティ・ホワイトロックは、涼しそうな笑みを浮かべてこっちを振り向く。
「あら、稔り神さん。御機嫌いかがかしら。今年も私の季節になったから挨拶に来たわ」
そうだ。そう言えば今日は立冬だったっけ。すっかり忘れてた。それにしてもよりによってこんな時にこいつが来るなんて最悪もいいとこだ。
「あぁ、そ。姉さんならいないわよ!」
「珍しいわね。せっかく冷やかしに来たのに」
なんて言いながら涼しい笑みを浮かべ続ける冬の妖怪。一体何を考えているんだ。
あんたの冷やかしは本当に寒いから勘弁して欲しい。つーか今も十分寒いんだけど。
「昨日から行方不明なのよ」
「え、行方不明って静葉さんが……?」
「そーよ! それ以外に誰がいるってのよっ!」
具合悪くて機嫌も悪いせいか、自然と言葉遣いが荒くなっていく。
「だから今、雛たちに捜してもらってるのよ。だからとっとと帰りなさいよ!」
「あなたはどうして捜しに行かないの? 自分のお姉さんじゃない」
「うっさいわね!! そんなのわかってるわよっ! 力が弱ってて捜しにも行けない状況なのよ!! こんな体じゃなけりゃ真っ先に行ってるに決まってるでしょーがっ!」
「力が弱ってるって……秋の力のこと?」
「見りゃわかんだろーがっ! あぁもう、いいから早く帰れ! ばかやろー!」
我ながら酷い言葉だと思う。だけど気を遣ってるほど余裕もなかった。レティは私を呆然とした様子で眺めていたが、すぐにきびすを返して立ち去って行ってしまった。
辺りは再び静寂へと戻る。
思わず長いため息を一つ吐く。なんか今ので無駄に疲れてしまった。そして布団に戻ろうと後ろを振り向こうとした途端、突然視界がぐらりと歪んだ。そして気がついた時、私は既に床へと倒れ込んでしまっていた後だった。それでもなんとかはいつくばって布団へと潜り込む。
ああ、何とみっともない姿なんだろう。姉の一大事だというのに具合悪いとは言え、のうのうと布団で寝ているだなんて。
そんな自分にだんだん腹が立ち、それと同時に悔しさもこみ上げてくる。まったく何が神様よ! 一年のうちのわずかな期間にしか力を発揮出来ないだなんて。そこら辺を飛んでる妖精だって一年中力を出せるというのに! 悔しさの余りに今までずっと我慢していた涙がとうとうこぼれてきてしまった。一度堰を切った涙はそう簡単には止まらない。次々と溢れる涙とともに、頭の中で色んな思考がぐるぐると張り巡らされた。
雛たちも一応協力はしてくれてるけど、きっと心の中ではこんな私をあざ笑ってるんだわ。そうよね。だってこんな情けない神様なんて笑い者以外の何者でもないもの。
体調が悪いときは思考も悪い方向に考えがちになる。分かってはいるけど、それでも負のスパイラルは収まらない。
姉さん無事かな。昨日三人であれだけ探したのに見つからないって事は、もう近くにはいないのかもしれない。
大体、籠についてた血の量からしても相当な傷を負っているのは間違いなさそうだし。下手すれば致命傷かもしれない。もしかして、もうこのまま姉さんに二度と会えなかったりして……嫌だ! そんなのは嫌だ!!
思えば姉さんは、いつもめんどくさそうにしながらも私に色んな事を教えてくれた。
それなのに私は悪態をついてばかりで……。
――いい? 穣子。いなくなって初めてその人のありがたみというのはわかるものなのよ。
以前姉さんがそんなことを言っていたのを思い出した。
その時は、そんなもんかなぁ。程度にしか思っていなかったけど今は痛いくらいによくわかる。
――人の忠告というのは身を持って体感しないと本当には理解出来ないものよ。
これも姉さんが言ってた言葉だ。なんだ、私の中は姉さんの言葉ばかりじゃないか。
そうか。知らないうちに私の中は姉さんに関する事で埋め尽くされていたんだ。
そう、なんだかんだ言っても、私は姉さんの事が好きなんだ。
会いたいよ……姉さん。
怒りと悔しさと寂しさがごちゃ混ぜになり、嗚咽となって漏れ始める。泣いてもせめて声だけ出さないようにする。そう心に決めていたが、もう駄目。限界だ。
私は自分でも驚くくらいに声をあげて布団の中で泣きじゃくった。声を出さないとおかしくなってしまいそうだった。
ひとしきり泣き終え布団から顔を出す。泣いて火照った顔にひんやりとした外気がとても心地良い。というかむしろ寒いくらいだった。あまりの寒さに辺りを見回すと、なんとレティが枕元に座っていた。……ちょっと待て!? 彼女はいつからいたのよ。もしかして私が泣いていたの聞かれていたとか!?
「もう気が済んだ?」
ああ、もう最悪なんてもんじゃない。こいつに弱いところを見せてしまったなんてっ!
「心配しないで。聞かなかったことにしてあげるわ」
そういう問題じゃない!
「何しにきたのよ! さっき帰れって言ったで……」
彼女は私の言葉が言い終わる前に、大きな箱を差し出してきた。
「何よ。これ!」
「いいから開けてごらんなさい」
そう言って微笑を浮かべる冬の妖怪。私は思わず乱暴に箱の蓋を開ける。すると中にはたくさんの木の実やきのこが。
「どういうつもりよ……」
「見ての通り。差し入れよ。ほら、此間のお礼もかねて」
「いらないわよ。あんたの差し入れなんて」
「そ。でも私はお節介だから無理矢理でもあなたに送るわ」
「好きにしなさいよ」
「……あなたのお友達、必死で捜してたわよ? いい友人持ったわね」
「うるさい!」
悪態をつく私を何もかも見透かしたような眼差しで見つめるレティ。こいつのこういう態度が嫌なのよ。
「でもね。静葉さんを救えるのはあなたしかいないのよ」
「……それってどういう意味よ?」
「だって彼女を一番知ってるのはあなただもの」
「……もしかして、あんた何か知ってるの?」
「いいえ。私は今日ここに来たばかりだもの。思わせぶりな事言ってごめんなさい。ただね。彼女がいないと私も寂しいの、だからあなたにがんばってもらわないと」
「勝手なこと言わないでよ!」
「そう。勝手よね。だから私はこれ以上首を突っ込まないわ。それじゃあ」
そう言ってレティは足早に去っていってしまう。
彼女が置いていった箱に目を向け手元にたぐり寄せてみる。嫌な奴からの差し入れとは言え、ありがたいことには変わりはない。せめてものお礼くらいは言っておくべきだったかもしれない。そんな事を思いながら箱をの中を漁っていると、一枚の紙切れが出てくる。そしてその紙切れにはミミズがのたくったようなものが書き殴られていた。
私はそれが文字だという事に気づくのにしばらく時間がかかった。まるで暗号か何かかと思うほど汚い文字だったが、不思議と読むことは出来た。
――あきのかみさまへ このあいだは おせわになりました これはあたいとれてぃからのおれいです しずはさんぶじにみつかるといいね みつかったら こんど みんなでいっしょに あそぼうね ちるの
ちるのって、確かにとりが前に言ってた氷精ね。そう言えばレティと仲が良かったんだっけ。……まったく、氷精にまで心配されているというのに、私ときたら何をやってるのかしらね。
思わず自嘲的な笑いを浮かべてしまう。
あれ? 裏にも文字が。これは多分レティだろうか。
――きっと静葉さんは今のあなたに対してこう言うと思うわ。「もう穣子ったら何をやっているの? 焦らないで今自分が出来る事をやれば良いだけでしょ」
……やっぱこいつ嫌い。卑怯だ。ここで姉さんを出してくるなんて。
でも、おかげで何か目が覚めた気がする。そうだ。何を甘えているのよ私は! 悲劇のヒロインを気取ってる場合じゃない!
そう、力が弱ってるとは言え、せめて雛たちの足手まといになってはいけない。この際二人が内心どう思っているかなんてどうでもいいじゃない。せっかく力を貸してもらっているんだから、私だけいつまでも具合悪いなんて言ってられない。少しでも二人の力にならないと。そう、それが今の私に出来る事なのだ。そのためには……。
目の前の木の実をおもむろに掴み取ると口に放り込む。
うぐっ!? 渋いっ!! しまった! つい勢いで食べてしまったけど、この実は煎って食べるものだったっけ。
でも今は味なんか気にしてるときじゃない! 我慢して飲み込む。
荒療治に近いけど、秋の味覚を沢山食べる事で私は一時的に力を回復する事が出来る。そのかわり効き目が切れたときに今までの分の負担が一気に来る言わば危険なドーピングみたいなものだが、この際そんな事言ってられない。
続けてきのこを丸ごと食べる。うん、心なしかさっきより少し体が楽になった気がする。早速効果が出てきたようだ。
よーし、この調子でどんどん補給していかないと!
そう、姉さんを救えるのは私なんだ!やってやるわ!! だから待っててね。姉さん!