エピローグ1
天子が目を覚ますとそこはベッドの上だった。
周りには誰もいない。
ふと、彼女は窓際に紙切れが置いてある事に気づく。
それは静葉からのもので、自分の家の地図が記されてあった。そしてその地図の下に一言『ごめんなさい』とつけ加えられていた。
「すべて私が悪いのに……どうしてあなたが謝らなくちゃいけないのよ……! なんで、そんなに優しいのよ……!」
天子は、ぽたぽたと涙を流す。
その時だ。
不意に彼女の頭を誰かが撫で上げる。天子が驚いて見上げると、そこには衣玖の姿があった。
天子は無言で衣玖に抱きつくと、泣きじゃくった。衣玖は黙って天子を片手で抱きしながら、もう片方の手で、その頭を強く撫でた。
天子のすすり泣く声はいつまでも響きわたっていた。
――それから数日後、天子は地図を頼りに一人で秋姉妹の家に向かった。
衣玖もついてくると言っていたのだが、敢えて天子はそれを断って一人でやってきた。
迷惑をかけたのは自分なのだから、ここは自分だけで行くのが筋だろうと彼女は考えたのだ。
天子が家の戸を叩くと静葉は笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、きっと来ると思ってたわ。さ、上がりなさい」
静葉は彼女を囲炉裏まで案内するとお茶をもてなしする。天子は出されたお茶に口をつけると早速静葉に問いかけた。
「ねえ、あの手紙。どうして、静葉が謝る必要なんかあったのよ? どう考えても悪いのは私じゃない」
彼女の問に静葉が答えようとしたその時だ。
奥の部屋から何やらうめき声のようなものが聞こえて来る。思わず天子は目を向けてしまう。
「あの、誰か寝てるの……?」
「ああ、穣子よ。あの子、相当無理してたみたいでね。あれからずっとあの調子なのよ」
言ってる側から再び声が聞こえてくる。
「……大丈夫なの? なんか相当苦しそうなんだけど」
「ええ、平気よ。あの子はいつも冬になると調子が悪くなるから。大丈夫。そのうち目を覚ますわよ」
本人の姉が言うのなら間違いないと、天子は納得することにした。しかし、思い返してみれば、彼女が無理をする羽目になったのも自分が騒動を起こしたせいだということに気づき、天子は視線を落としてしまう。
そんな彼女の様子に気づいた静葉は静かに語りかけた。
「まだ、気にしてるみたいね。確かに今回の出来事はあなたの心に大きな衝撃を与えたでしょう。そして多くの人を巻き込んでしまった。それは事実だわ。でも、もういいじゃない。あなたはもちろん、あの竜宮の使いさんや、あなたの両親の事だって責める事は出来ないわ。そう、誰も悪くなんてないのよ」
「……でも、私があんたをさらったりしなかったら……こんな……」
天子の言葉は、途中から涙声に変わり聞き取れなくなっていた。静葉は構わず彼女に告げる。
「ええ、そうね。あなたが私をさらったりしなかったらきっと、もっと悲惨な結果になっていたでしょうね」
彼女の言葉に天子は思わず顔を上げた。
「天子。あなたが今こうやって無事でいられるのは、あなたが私をさらった……いえ、違うわね。あなたが、この秋静葉に助けを求めたからなのよ。あなたは苦しみに耐えかねて神である私を頼った。文字通り、苦しい時の神頼みって事。何もおかしいことはないのよ」
静葉の話を黙って聞く彼女の目にはまた涙が溢れていた。
「ま、でもそんな結果論はどうでもいいわ。もう終わった事だもの……それより、さっきの質問の答えね」
「あ、うん……」
「あの時、あなたの友達になってあげられなかったからよ」
「え……?」
目をぱちくりとさせている天子の頭を静葉はそっと撫でる。
「……じゃ、安直だけど、てんこでいいかしら?」
「てんこ……?」
「あなたのニックネームよ」
「ふ、普通に天子でいいわよ……」
「ニックネームで呼ぶことは特別な意味があるらしいわよ?」
そう言うと、静葉はちらりと穣子の方を見遣る。天子はいまいち意味が分からないといった様子で静葉を見ている。
「ま……あんたが言うならそれでも構わないわよ? 静葉」
「よし決まり。てんこと私は今日から友達ね。いつでも遊びに来なさい。よろしくね」
そう言って静葉はすっと手を差し出す。天子は笑顔でその手を掴み握手を交わした。外は冬の寒風が吹きすさんでいたが、二人の周りは穏やかな暖かさに包まれていた。