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「にとりんのアホー!! どうするのよこれ!?」
「だ、だってみのりんがこの建物怪しいって言うからさー」
「だからって誰も建物の上に着地しろってまでは言ってないわよ!」
「いやー、実を言うと着地の微調整が難しいんだよね。これ」
まったくもう、姉さんにまで危害が及んでたらどうするのよ。
「……ねえ、みのりん。外からものすごい厄を感じるわ。厄いなんてレベルじゃない」
雛が不安げな表情で私の方を見る。
うん、わかる。この異様な雰囲気は厄神じゃない私でも感じ取れた。そして同時に姉さんの気配も。
間違いない。ここが今回の元凶だ。きっと天子とかいう奴もここにいるに違いない!
「よし、二人とも、行くわよ!」
外に出ると、当然と言えば当然だが辺りは木材やら何やらが散乱していた。
「うわー。これはひどい」
にとりが思わず漏らす。ってあんたが言える立場か。でも実際本当に酷い有様。まるで爆撃でも受けたようだ。ある意味爆撃のようなものだけど。
それはそうと姉さんを捜さなくちゃ。気配からしてすぐ近くに居るはずなんだけど……。
「みのりん! あれ! あそこにいるの静葉さんじゃないか!!」
にとりが指さした先には怪我をして横たわる姉さんが!
「姉さん! 姉さん! しっかりして!?」
私の呼びかけに姉はゆっくりと目を開ける。
「あら……妹の幻が見えるなんて。私ももうおしまいかしら……」
「ちょっと姉さん! 本物よ! 穣子よ! 助けに来たのよ!」
思わず揺さぶってしまう。
「だめ! みのりん、ちょっとどけて!」
いつの間にか雛が脇に立っていた。薬のビンのようなものを抱えて。
「静葉さん。これを飲んで! 永遠亭のお医者様から貰ってきた神様に効く特効薬よ!」
あ、そうか! あの時、雛が抱えていた手提げ袋の中身ってこれだったんだ! 流石雛! 気が利いてる。
「お前! そこで何してんだ!!」
向こうからにとりの激昂が聞こえる。何かあったというのか。
「雛! 姉さんをお願い!」
そう言い残して、急いでにとりの元へ駆けつける。目の前には、血のついた刀を持って立ち尽くす少女と、血を流して横たわる妖怪の姿が。
「一体何があったの!?」
「みのりん! あいつだ! あいつが比那名居天子だ! あいつが静葉さんをさらった犯人だ!」
「なんですって!? あいつが!?」
少女は醒めた目でこちらを見やる。
「……何よ。あんたたちは?」
「私は秋穣子! 豊穣を司る神様にして秋静葉の妹よ!」
「そして私は静葉さんの盟友にして谷河童の河城にとりだ! おまえの事は事前に調査済みだぞ! さあ、静葉さんを返してもらうぞ不良天人!」
威圧をかけるように名乗る。しかし奴は全く動じる気配がない。
「……確かに私は比那名居天子。あなたの姉をさらった張本人。でもそんなのはどうでもいい」
抑揚のない声でぼそぼそとつぶやく。彼女からは感情らしきものが見受けられない。
い、一体何なのこいつは。まるで得体の知れない化け物だわ。
「ねえ、にとり、あいつってこんな奴なの?」
「いや、もっと子供じみたわがままな性格のはずなんだけど……」
にとりも困惑を隠せない様子だ。
「目障りだから消してあげる」
彼女が振り上げた刀からは物凄い邪悪な気配が。
もしやあの刀で姉さんを……!?
「行くぞ! 先手必勝! 河童『スピン・ザ・セファリックプレート』!!」
意表を突いてにとりがいきなりの大技を繰り出す。高密度のリング状の弾幕が次々と彼女に襲い掛かっていく。
あれは私が知ってる限り彼女の持つ最強スペル。それを初っ端から放つという事は、相手がそれだけやばいって事がわかってるのね。よし! 私もいくわよ!
「喰らえ! 豊作『穀物神の約束』!!」
レーザー型の弾幕を縦横無尽に撃ちまくる。これが私のとっておきのスペル! 避けられるものなら避けて御覧なさい!
「そんなもの。こうするまでよ」
彼女が刀を大きくなぎ払うと巨大な衝撃波が発生して私たちの渾身の弾幕をいとも簡単にかき消してしまった。
更にその衝撃波が私たちに襲い掛かってくる。
何とか間一髪で避けたが、にとりはその衝撃波で吹き飛ばされてしまった。
天子の奴が倒れているにとりの方へ歩み寄る。
「にとりん!! 逃げて!!」
まずい! 気を失ってしまってる! このままではにとりが!
と、その時、一陣の稲妻が天子の体を貫き彼女をなぎ倒す。
ふと見るとさっきまで倒れていた妖怪が立ち上がっていた。きっと稲妻は彼女が放ったものだろう。
天子はすぐに起きあがりその妖怪の元へと近づく。
雷で貫かれたというのにダメージは見受けられない。
なんて頑丈な奴!
「衣玖……まだ死んでなかったの? 裏切り者の分際で……」
「私も天界の桃を普段食べていますから、体は丈夫なのですよ」
そうは言うものの、おぼつかない足下、荒い息づかい、そしてあの出血量から彼女がやせ我慢をしているのは明らか。見てるとこっちにまで痛みが移りそうなくらいだ。
「天子様は、本当に私を殺す気だったのですか?」
「当たり前よ。あなたは私を裏切ったのだから」
「嘘ですね。……本気で私を殺す気だったら、あえて急所を外したりはしないはず」
「……何言ってるの?」
「さっき私を殺す気だったらひと思いに心臓を貫けばよかったはずです。それなのに天子様は反対側を貫いたじゃないですか……」
「さっきはちょっと手元が狂っただけ。今度は間違いなくトドメさしてあげるわよ」
いけない! このままでは彼女が殺されてしまう!
二人の元へ駆け寄ろうと立ち上がった瞬間、急に視界が歪み足がしびれて倒れ込んでしまう。
しまった! ドーピングが切れてきたんだ! よりによってこのタイミングで!!
無様に倒れ込む私の前で天子の刃が衣玖と呼ばれた妖怪に向かって振り下ろされる。
その刃は無抵抗な彼女の体を斬り裂き、血飛沫が辺りに飛び散った。
しかし、彼女は倒れなかった。いや正しくは倒れかける所で踏みとどまった。
「……ほら、やっぱり急所を外してるじゃないです……か」
彼女の言う通りだ。刀がえぐったのは彼女の肩口辺りで急所とは程遠い。とは言え、出血多量でいつ力尽きてもおかしくない。早く止めさせないと……! くそ、動け! 私の足!!
「……天子様。あなたはどうして私を殺さないのですか?」
「どうしてって……」
その時、彼女に初めて戸惑いの色が生じる。あの鉄仮面だった表情に初めて綻びが見えたのだ。
「どうして、どうして……どうしてっ」
目の色が変わって声が徐々に涙声になっていくのがわかった。あの衣玖って妖怪が命がけで感情を揺さぶり続けてきた結果、あの鉄仮面だった彼女の表情に綻びが生まれたのだ。
「……どうして私を裏切ったのよ! 衣玖ぅ!!」
「……それは、あなたを守るためですよ。総領娘……様」
そう言うと彼女はついに両膝をついて倒れてしまった。
その場に天子の張り裂けるような慟哭が響き渡る。
自分はこの二人の関係はよくはわからない。
だけどきっと、この二人は本当はすごく仲がいいんだ。それだけは今ので何となくわかった。
それなのに一体何があってこんな事になってしまったんだろう。
「……もう、イヤだよ……。私がいるからいけないんだ! 私なんかいなくなってしまえばいいんだ!」
そう叫びながら、あいつは自らに刀を突きつけようとする。
この馬鹿! やめろっ!
そう叫ぼうとしたが、動揺のあまり声が出なかった。
彼女の体に刀が突き刺さろうとしたその時だ。
「おやめなさい。せっかく守ってもらった命を自分で捨ててどうするの」
その声は、姉さん!? なんと姉さんがにとりと雛に抱えられて姿を現す。その手には鞘を携えられている。もしや彼女の刀の鞘!?
「静葉……」
天子は動きを止め驚いた様子で姉を見つめている。
「ね、姉さん! ちょっと安静にしてなさいよ……!」
姉さんは「大丈夫よ」と言いつつもわき腹の傷をおさえている。
さっきの妖怪といい、どうしてこうも皆して無理をするの。
「ちょっと、そこにいる天人のお姫様に用があるだけだから」
姉さんは天子の脇へ座り込む。
「……ねえ天子。『復讐』した気分はいかがかしら?」
既に天子はしゃくりあげるように泣きじゃくっていた。そんな彼女の頭を姉は優しくなでる。
ってあれ? 妹の私ですら、姉さんにそういう事された記憶ないんだけど……。
「いい? 安易に武力で物事を解決しようというのはもっとも愚かな行為よ。力による解決は必ずしこりを生む。身に沁みてわかったでしょう?」
姉の問いかけに天子は黙って頷く。
「そこの妖怪さんもあなたを守りたかったと言ってたわね。きっと何かしら深い理由があったのでしょう。とは言え彼女があなたを騙したのは紛れもない事実……」
その時、姉の雰囲気が急激に変わる。ああ、これは……。
「さあ、天子。あなたに問うわ」
「な、何でしょうか?……紅葉神様」
姉の声はさっきまでより低く力強い。思わず天子がその場に正座してしまう。
「比那名居天子。あなたは呪われていたとは言え、私や私の仲間達、更には己の周りの者にまで危害を加えた。それは決して黙って許されるものではないわよ」
「う……も、申し訳ございません。神様。どうかお許し下さい」
「お黙りなさい。謝って済むと思うな。あなたは親から見離されてしまったそうだけど、もしそれで親を恨んでいるというのなら、お門違いも甚だしい。今まであなたに降りかかった災難は総て自分に起因するもの。あなたは自分に甘過ぎるのよ。それを踏まえたうえで私の問いに答えなさい」
「は、はい」
言葉は厳しいけど口調は諭すように穏やかだ。
ああ、姉さん、ただ今、神オーラ絶賛だだ漏れ中だわ。
天子の敬語なんか初めて聞いた。姉の神オーラに気圧されたのね。
「天子。あなたは永江衣玖の事を許せますか?」
「……え?」
ちょっと姉さんってば、自分に甘過ぎると忠告までしておいてその質問は酷過ぎるんじゃ?
案の定、天子はどう答えて良いかわからないという状態で目を泳がせている。きっと彼女の中では今、色んな思考が渦巻いているんだろう。やがて姉から視線をそらすように頭を下げてしまった。
姉はプレッシャーをかけるほどではないが天子をずっと見つめ続けている。
周りに目を移すと、雛とにとりは何やら話をしながらあの妖怪さんの介抱をしながらも天子達の方を見ていた。
「さあ天子。答えを聞かせてもらいましょう」
姉さんの言葉に天子はぴくっと反応して、息を一つ吐くと勢い良く顔をあげる。彼女は静葉を半ば睨みつけるような表情すら浮かべている。
果たして彼女の口からどんな言葉が、と、皆が固唾を飲んで見守る中、彼女が勢い良く一声を上げる。
「ゆるす!」
……は? 私を含め一同ぽかんとしているのを尻目に、天子は更にまくし立てる。
「当たり前よ! 衣玖は私を守ろうとしたというし、こっちにだって非はあるんだもの! 私に衣玖を責める資格なんかない! それに考えてみればこれは私が甘いとかとは別の問題! こんな事で私を惑わそうったって無駄よ。そうやってあんたは私に罪の意識とか植えつけようとさせてるのね! そうでしょ!?」
そうでしょ!? と同時にこの子は姉さんに向かって指をさしている始末。
その場の空気が凍りついた。間違いなく凍りついた。案の定姉は顔を伏せて全身を震わせている。
私はこれから落ちる姉のカミナリの規模を予想して思わず肩を竦ませた。その時だ。
「……もうだめ、我慢出来ないわ」
と言ったかと思うと姉さんが顔を上げていきなり大笑いし始めた。ちょっと! そんなに笑ったら傷に響くってば!?
一方、天子はハトが豆鉄砲を喰らったようなまさにそんな表情して皆の方をきょろきょろと見ている。
そんな様子を見ていた雛やにとりも釣られて笑い始める始末。
何なんだ。この光景は。私だけ置いてけぼり食らった気分なんだけど。
それまでのシリアスな空気が一瞬にして砕け散ってしまった。
やがて落ち着きを取り戻した姉さんが、涙を指でぬぐいながら天子に告げた。
「……ふふっ。失礼。天子、あなた本当に面白いわねぇ。でもそれで良いのよ。あなたは紛れもない誇り高き天人なのだから。神にも食ってかかるようなそんな気高さも時には必要なのよ」
いや、こいつ絶対そんな事考えないで言ったんだと思うけど……。
まぁ、姉さんが許すんならそれでいいんだけど。
「ただし。何があっても情は忘れてはいけないわ。情を忘れた者は必ず身を破滅させる事になる。それだけは肝に銘じておきなさい」
「はい!」
「うん、よろしい。それじゃ、あなたはもうその刀に固執する理由はなくなったわね。今から封印するわよ」
まるで先生と生徒のようなやり取りの後に姉さんが抱えていた刀の鞘を構えたその時! 突然天子が刀を振り上げた。
「天子!? 何のつもり!?」
「わ、わかんないわよ!? 手が勝手に!!」
彼女は何が何だかわからないといった様子だ。違う。これは彼女の意思じゃない!
一体何が起きた!?
「静葉さん逃げて! 刀が封印されるのを拒んでいるのよ!」
様子を見ていた雛の叫び声でようやく事が理解出来た。そういう事か!
「し、静葉ぁーー!! 助けて!」
天子が泣き叫ぶ。しかしその彼女の表情とは裏腹に刀は姉さんに向かって真っ直ぐ振り下ろされようとしている。
姉は急いで立ち上がろうとしたが、傷が疼いたのかうずくまってしまった。
いけない! 姉さんを助けなきゃ!! 姉さんを救えなかったら何も意味がないっ!!
その思いが体の中で弾け飛んだような気がする。
気がついたら私は、振り下ろされた刀を両手で握り締めていた。血が滴り落ちてるのはわかったが不思議と痛みはなかった。
とにかく強く強く刀身を握り締める。
「うおぉおおおおおおおおおお!! 姉さんは私が守るんだぁああああああっ!!!」
あっけに取られていた姉さんが気がついたように叫んだ。
「今よ! この鞘にあの刀を収めて!!」
「私がやるわ!」
すかさず駆け寄った雛が刀を鞘に収めた。そして納刀された刀が彼女の手から離れるのを見届けた瞬間、私の記憶はそこで途絶えてしまった。