第四節:優葉誕生
夜の空氣が揺れていた。
風は吹いていないのに、
木々の葉がざわりと震える。
博麗神社の結界が、
“軋(きし)むような音”を立てていた。
その境内の片隅に、
一本の御神木が立っていた。
太く、古く、
幻想郷の歴史を見守ってきた木。
その木の視点は、
静かに世界を見つめていた。
結界が揺れる。
氣配が乱れる。
影が近づく。
そして――
ひとりの少女が駆け込んできた。
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◆ ココア、博麗神社へ
「はぁ……はぁ……!」
紅魔館から逃げ延びたココアは、
魔導核を抱えたまま境内へ飛び込んだ。
その顔は涙で濡れ、
息は荒く、
身体は震えていた。
「霊夢さん……!
誰か……!」
しかし、
博麗神社には誰もいなかった。
霊夢は重傷で療養中。
紫は結界の維持で動けない。
魔理沙もまた傷を負っていた。
ココアは絶望の表情を浮かべた。
「そんな……
ここも……誰もいないの……?」
御神木は静かに見つめていた。
その時――
影が現れた。
白い膜。
黒い影。
赤い光。
紅魔館を襲ったものと同じ“氣配”。
ココアは震えながらも、
魔導核を構えた。
「来ないで……!」
影が伸びる。
ココアは魔力を込めた。
「コアショット!!」
闇の弾が放たれ、
影の身体を貫く。
影は一瞬だけ後退した。
しかし――
すぐに立ち上がる。
ココアは息を呑んだ。
「やっぱり……
紅魔館で見たのと同じ……
初見殺しの動き……!」
影が分裂する。
影が揺れる。
影が背後に回る。
ココアは必死に避ける。
「くっ……!」
魔導核の力で、
紅魔館で見た“初見殺し”をギリギリ回避する。
しかし――
影の数が多い。
ココアは追い詰められていく。
「いや……いや……!
もう……誰も……失いたくない……!」
御神木はその姿を見つめていた。
風が揺れる。
葉が震える。
そして――
御神木は“願った”。
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◆ 御神木の願い
助けたい。
守りたい。
この子を……救いたい。
その願いは、
風となり、
光となり、
世界へと響いた。
その瞬間――
“どこか”から聲(こえ)が届いた。
優しく、
温かく、
しかし確かな意志を持った聲。
「……この子の名前は……優葉」
御神木の葉が震えた。
その聲は、
世界の外側から届いたような、
不思議な響きを持っていた。
御神木はその名を受け取り、
ひとつの葉に力を集中させた。
葉が光る。
風が巻き起こる。
大地が震える。
ココアは驚いて振り向いた。
「え……?」
御神木の枝から、
一枚の葉がふわりと舞い落ちた。
その葉は光に包まれ、
形を変え、
輪郭を持ち――
少女の姿になった。
緑の髪。
柔らかな瞳。
風のように軽やかな氣配。
宮乃樹 優葉。
生まれたばかりの神霊。
御神木が“願い”によって生み出した存在。
優葉はゆっくりと目を開けた。
「……大丈夫……?
あなた……すごく……怖かったよね……」
ココアは涙を流した。
「あなた……誰……?」
優葉は微笑んだ。
「私は……優葉。
あなたを助けるために……生まれたの」
影が再び迫る。
優葉は一歩前に出た。
「行くよ、ココアちゃん。
一緒に……戦おう」
影が伸びる。
その動きは速く、獣のようで、しかしどこか人の癖を残していた。
優葉は一瞬だけ目を閉じ、周囲の植物たちへ意識を広げた。
『右から来るよ』
『後ろにも氣配』
『地面の影が動く』
無数の“声”が、優葉の中に流れ込む。
「ココアちゃん、右上から来るよ!」
「えっ、そんな――!」
影が跳びかかる瞬間、優葉は手をかざした。
「葉弾!!」
緑の弾が弧を描き、影の軌道をわずかに逸らす。
その隙を逃さず、ココアが魔導核を構えた。
「コアショット!!」
闇の弾が一直線に走り、影の胸を撃ち抜く。
影が揺れ、形が崩れかける――が、まだ消えない。
「まだ来るよ、今度は下から!」
優葉の声に合わせ、地面の草がざわりと揺れた。
影が地を這うように迫る。
優葉は素早く後退しながら、
足元の草にそっと触れた。
「お願い、少しだけ力を貸して……!」
草が一斉に伸び、影の足を絡め取る。
影がもがき、動きが鈍る。
「今だよ、ココアちゃん!!」
「うんっ!!」
ココアは涙を拭い、震える手で魔導核を握り直した。
その瞳には、もう迷いはない。
「コア――ショットォォ!!」
闇の弾が影の中心を貫き、
影は悲鳴のような揺らぎを残して霧散した。
静寂が戻る。
ココアは肩で息をしながら、震える声で呟いた。
「……勝った……の……?」
優葉はそっとココアの手を握り、微笑んだ。
「うん。二人で勝ったんだよ。
これからは……一緒に戦おうね」
ココアは涙をこぼしながら、優葉の手をぎゅっと握り返した。
「……うん……!
私……優葉さんとなら……怖くない……!」
その瞬間、
二人の頭上で、御神木の葉がそっと揺れた。
こうして――
希望の葉と紅魔館の記憶が出会い、
滅びゆく幻想郷を救う旅が始まった。
序章 聖魔異変 了
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