******
りぃん。そよ風に触れて、軒先の風鈴が涼しげに鳴る。
身動ぎと共に僅かに響く、衣擦れの音。翅を休めている蝶々のように、深紅色のリボンは時折緩やかに動いて。
残暑も落ち着き、秋の訪れも聞こえ始めた博麗神社。その巫女たる霊夢は、座布団を枕に猫のように丸まっている。
「…あやあや」
そんな巫女の体たらくを見つけ、とにかく嬉しそうに呟く記者が一羽。
「まぁったく、気持ち良さそうに眠っちゃって」
起こさぬよう抑えた声で、けれど大仰に呆れてみせながら、射命丸文は愛用の写真機(カメラ)を取り出す。
仮にも天狗が間近まで接近しているというのに、この巫女と来たら無防備に寝息を立てたままだ。
「いけません。これは、いけませんねぇ…」
口角が吊り上がるのを感じながら、文は次なる記事の内容を考え始める。
先日、人間の里で開かれた夏祭。霊夢は、魔理沙やアリスを誘って、屋台巡りや花火を楽しんでいたという。
「博麗の巫女」以前に一人の人間である彼女が、何のしがらみも持たず羽根を伸ばす機会を得たことは、文としても非常に喜ばしいことだ。
けれどそれも、日ごろの御勤めをきちんと果たしてこそ。こうして後ろの日まで響かせてしまうとはいただけない。
様々な異変を経て、最近は立派になって来たって、感心していたけれど。こういうところはまだまだね。
ここはまた、私の記事で導いてあげなければ――
「――えっ」
画角を定め、今まさにシャッターを切ろうとした文の手が、不意に止まる。
丸まっている霊夢を良く良く見てみると、胸に何かを抱きしめながら眠っていることに気付かされる。
それは、二頭身くらいの大きさをした、人型のぬいぐるみ。
黒い短めの髪に、枯葉色の帽子を被っていて。帽子と同じ色をしたスーツに、紅葉色のネクタイをしっかりと結んでいて。そして、顔には余裕を保った微笑みに、夕陽色をたたえた瞳。
分かる。射命丸文には、それが誰を表現した物なのか、分かってしまう。
そして、目の前の光景から見出されるのは、博麗霊夢がそのぬいぐるみを抱き枕にして、眠っているという事実で――
「あややっ!!??」
弾かれたような大声をあげながら、畳に尻餅をついてしまう。ぴくり、寝苦しそうに霊夢の睫毛が動くのを見て、文は慌てて口を塞ぐ。
今にも黒翼が飛び出しそうな衝動が暴れ、背中に力を入れる。指の隙間から荒い吐息がこぼれ出ているのを悟りながら、ぐるぐると疑問を渦巻かせる。
「えっ?はっ?……えっ???」
これは本当に、どういうことだ。
何故「射命丸文」のぬいぐるみが、こんなところにある?
誰が、何のためにこのぬいぐるみを作ったのか?
どういう経緯で、霊夢の手に渡ったのか?
そして。
「むぅ…」
さらり、巫女服の衣が畳に擦れる音に、文は肩を跳ね上げる。
「ん…ふふ…」
未だ夢の中の霊夢は、ふにゃりと微笑みを浮かべながら、ぬいぐるみに頬ずり出来そうな距離まで密着する。つやつや、柔らかそうな少女の餅肌に文の視線が引き寄せられて、ごくり、唾を呑み込んでしまう。
駄目だ。これ以上此処にいたら、きっと自分は堪えられなくなる。この愛らしい眠り姫を今すぐ掻っ攫って、自分だけのモノにしたくなってしまう。
――何故、博麗霊夢は「射命丸文」のぬいぐるみを、幸せそうに抱きしめているのか???
「きょう、くらい、やすませて、あげましょう…」
聞こえるはずのない言い訳を呟きながら、文は立ち上がる。ふらふら、覚束ない足取りで外まで出ると、我慢していた大翼を勢い良く現出させて、一目散に飛び立っていく。
硝子の風鈴が刹那、慌ただしい旋律を奏でる。天狗風が吹き荒れた後の参道には、夜空の色をした綺麗な羽根が、あちらこちらに散らかっていた。
文が欲しくて欲しくて意地になっちゃう霊夢がかわいらしかったです
満足そうにしててよかったです
相方本人が居ないのにだいぶやばくなる霊夢さん、よかった
するっとまとまっていてよかったです