Coolier - 新生・東方創想話

これはもう、わたしの

2025/08/31 12:26:29
最終更新
サイズ
23.76KB
ページ数
4
閲覧数
890
評価数
3/7
POINT
490
Rate
12.88

分類タグ


 かつんっ。銃口から飛び出したコルクが、微かな曲線を紡いで「トーテムポール」のこけしに命中する。バランスを崩したこけしが背後のクッションへ落ちていくのを見届けながら、魔理沙はやっと天を仰いだ。
「だぁー!!!やっっっと落とせた…」
 雄叫びを耳にした霖之助は、すぐさまクッションからこけしを回収する。念のため、損傷などがないことを簡単に確認してから、魔理沙のもとへと向かう。
「おめでとう。これは君のモノだ」
「むぅー…」
 眉を顰め、悔しそうにむくれながら、魔理沙はこけしを受け取る。既にコルクは使いきってしまい、得られた景品は、おかしな置物一つだけ。日ごろ弾幕を撃ち慣れている自分なら射的なんて楽勝だろう、と高を括ったが故に、このざまだ。
 …けれど。今のでようやく、コツをつかめた。もう少し弾を貰えたら、もっと景品を「蒐集」することが出来るはずだ。
「どうする?お金さえ払ってくれるなら、もう五発、コルクを出すことも出来るが」
「決まってるだろ。さすがにこれだけじゃあ終われないぜ。もっかいだもっかい――」
「魔理沙」
 迷いなく巾着に手を突っ込んだ魔理沙の背後から、底冷えするような声が響く。
 やっべぇ、アイツら待たせていたの忘れてた――だらだら、冷や汗を流しながらゆっくりと振り返ると、鬼神のような覇気を燃え上がらせていた霊夢が、仁王立ちで待ち構えていて。異変道中の彼女にうっかり出くわしてしまったような迫力に魔理沙が気圧されていると、霊夢はコルク銃に視線を移しながら、静かに口を開く。
「先、私にやらせて」
「へ?」
 思わぬ申し出に魔理沙は素っ頓狂な声をあげる。数瞬の後、なんとか霊夢の言わんとしていることを把握すると「お、おう」と道を譲って。コルクを受け取る霊夢の背中を怪訝に見つめつつ、魔理沙はアリスへと声をかける。
「おいアリス。霊夢の奴、どうしたんだよ」
 アリスは妖艶に目を細めると、無言で屋台の一点を指し示す。鎮座していた鴉天狗のぬいぐるみに全てを悟った魔理沙は、大きくため息を吐いてアリスを睨む。
「…お前、また霊夢(あいつ)を焚きつけただろ?」
「さぁ?私は霊夢に、思い出話を聞かせてあげただけよ?」
 完璧なまでに美麗な笑みですっとぼける人形使いに、もはや反論する気力も消えてしまう。呆れ返りながら霊夢へと視線を戻した魔理沙の胸には、けれどこれから見れる光景への期待もまた、ほのめいていた。

「コルク銃の撃ち方は、説明した方が良いかい?」
「大丈夫。さっき魔理沙が撃っているのを見ていたから――それより、」
 五発のコルク弾を受け取った霊夢は、ちらり、視線だけを霖之助に向ける。大幣の先端を突き付けられているような強い眼光に、さすがの霖之助も戦慄する。
「集中したいから、ちょっとだけ、静かにしてちょうだい」
 真っ直ぐ通る声で告げてから、霊夢はコルク銃を持ち上げる――なるほど、こうして手に取ってみると、意外と重量があって、姿勢も取りづらい。きっと、いつも自分達が弾幕を当てるのとはまた、異なる勘が求められるのだろう。妙に澄みきった頭で思考を巡らせながら、霊夢は標的のぬいぐるみをきっと見つめる。
 がちり、音がするまで銃身のレバーを引いてから、真新しいコルクを銃口に詰め込む。柄の部分を頬に密着させて姿勢を整えてから、ぬいぐるみに照準を合わせて。
 ぱん。空気が破裂する音と共にコルクが飛び出す。けれど弾は、ぬいぐるみの真上で弧を描きながら、奥のカーテンへと吸い込まれていく。

 ――あややぁ。いけませんねぇ?

 微笑むぬいぐるみから愉快げな声が聞こえた気がして、霊夢は険しく眉を顰める。「こんな大きな的に当てることも出来ないとは…」と挑発するような赤眼が、意地でもコイツを撃ち落としてやる、という決意を再燃させる。
 二発目のコルクを装填して、再び引き金に指をかける。ぱぁん、と飛び立った弾は、今度はぬいぐるみのお腹へ、真っ直ぐに命中する。しかし、ぬいぐるみは動じることさえもなく、コルクだけが弾かれる結果になって。
 ぬいぐるみはなおも、余裕の表情を崩さない。それはぬいぐるみである以上当たり前の話なのだけれど、霊夢はその「事実」にさえも、本能をぐつぐつと滾らせていく。
 「この程度、私には効きませんよ」――ってか。そう。そうよね。アンタは、そうでなくっちゃあね。
 今にも稲妻が奔りそうな緊張が、屋台の周りを張り詰めている。人々の会話も、祭囃子の旋律さえも霊夢の聴覚からは排除されて、見えるのは目的のぬいぐるみだけ。
 栗色の瞳に猛禽の眼を憑依させ、三発目、四発目と弾を撃ちこむ。僅かでも落とす可能性を高めるため、ぬいぐるみの額へ狙いを定めたコルクは、けれどどちらもスレスレを逸れて、落とすには至らない。
 残るコルクは、あと一発。これで撃ち落とすことが出来なければ、私の負け。額から滲んだ汗がじわり目に沁みて、手巾(ハンカチ)で顔を拭う。手巾から再び目を覗かせると、やはりつぶらな赤眼と視線が交わる。

 ――さぁ、弾はまだ残っているのでしょう?諦めるには早いですよ?

 真っ直ぐな叱咤に導かれるように、霊夢は口角を吊り上げる。大きく呼吸を繰り返してなんとか緊張を落ち着かせると、改めて、鋭い眼差しをもって照準を合わせる。

 ――手加減してあげるから、全力でかかってきなさい!

 ぱぁん。乾いた音と共に、最後のコルクが射出される。微かに空気を浮き上がるように進んだ弾は、ぬいぐるみの額の右側に、しっかりとぶち当たる。
 被弾した反動に仰け反ったぬいぐるみは、ぐらり、体勢を崩して横向きに揺らぐ。全ての音が消え去った永久にも思える時間を経て、ぱさり、背後のクッションへ物が落ちた音が、耳に反響する。
「…や、」
 事態を認識した霊夢の目頭に、ぐんぐんと熱が集まっていく。それは、霊夢が見事、射命丸文のぬいぐるみを撃ち落とした事実を、はっきりと伝えるものだった。

「やったぁっ!!!!!!」

 強く握りしめた拳でガッツポーズを取り、霊夢は感情を爆発させる。胸いっぱいの満足感が凱歌となって夜空に弾け、沸き上がる喝采と共鳴する。
 煌々と灯る提灯の朱光は、浴衣の臙脂色をさらに艶やかに染めなしていく。栗色の瞳を輝かせ、その場で何度も跳ね回る姿は、渦中の記者を大至急ここに連れて来いと全員が念じる程、愛らしいものだった。
「はい。おめでとう」
 勝利の余韻に浸っていた霊夢のもとへ、霖之助がぬいぐるみを持参する。
 不意にぬいぐるみが視界に入ったことで固まってしまう霊夢を見て、霖之助は穏やかに首を傾げる。
「文くんのぬいぐるみ。欲しかったんだろう?」
 瞬間、上気していた霊夢の顔がさらに真っ赤に熟していく。耳の先から湯気が立ち昇っているのでは、と錯覚してしまうくらい、全身を熱が巡っている。
 おずおずと手に取ってみたそれは、想像したよりもずっと滑らかな肌触りで、可愛らしく感じられて。ぎゅぅっと、胸が締め付けられるような感覚に導かれるまま、その額を指で優しく撫でる。
「ぁりが…と…」
 掠れ声で礼を告げると、足早に屋台の前から走り去る。いつの間に集まっていたのか、まわりではたくさんの客が、博麗の巫女の射的を見物していて。微笑ましいものを見届けたような温かい視線が、却って霊夢の羞恥を刺激する。
「おーおー、魅せてくれるじゃねぇか」
「ふふっ。良かったわね?」
 待ち構えていた友人たちからも改めて冷やかされて、霊夢の情緒はもう滅茶苦茶。しっかりぬいぐるみを抱いている姿を好奇の視線で見つめられ、霊夢はあわあわ口をまごつかせる。
「違うもんッ!!!欲しかった訳じゃないもんッ」
 何とかこの場を切り抜けなきゃ、と回らない舌で必死に捲し立てる。
「私はただ、えーと、えーっと………そうっ!」
 言葉を見つけようと考え込むたび、紅いリボンは慌ただしく左右に揺れる。数瞬の後、やっと言葉を見つけたらしい霊夢は、いっぱいに眉を逆立ててみせて。
「願掛け!アイツを何時かやっつけられるよう、願掛けをしたかっただけでっ!」
 身体を僅かに震わせながらの威勢に、魔理沙はくくっと噴き出しそうになる。ほら、こうしている今も、コルクをぶつけてしまった頭を包みこむように撫で続けていて。そんな姿を見せつけておいて、今さら何を言い訳しているんだか。
 まぁ、けど。今これ以上揶揄うのも可哀想か。ここは話を合わせてあげるとしよう――苦笑しながら霊夢を宥めようとしたその時、横に立つアリスが愉快げに息を吐くのが、魔理沙にも聞こえた。
「…そう、」
 ゆらり、藍玉(アクアマリン)の瞳が妖しく輝くのを見て、魔理沙は身構える。けれど霊夢はそれに気付く様子もないまま、アリスと目を合わせてしまう。
「霊夢は、ぬいぐるみが欲しかった訳ではないのね?」
「あ、当たり前よ!誰がこんな、ムカつく奴のぬいぐるみっ」
「ならその子、私がもらっても良いかしら」
「…え?」
 刹那、さぁっと霊夢の顔から血の気が引いていく。強気を装っていた瞳がみるみるうちに潤んでいくのを見て、アリスは獲物を見つけた猫のように微笑んでみせる。
「実はその子、精巧に作りこまれているみたいだったから、私も気になってて。今後の人形作りに役立てたいって考えてるの」
 白磁のようにきめ細やかな指が、霊夢の前に差し出される。ぬいぐるみの前でぴたりと止めて、優しく出迎えるように、掌を広げる。
「大丈夫よ、霊夢。私がその子を、ちゃーんと『愛してあげる』から…」
 ぴきり、ぴきり。言い聞かせるような穏やかな声音が、意地の壁にヒビを巡らせる。
 刹那、霊夢の頭によぎったのは、文が寺子屋で子供たちから遊んで遊んで、とせがまれている光景で。
 そんな彼女のぬいぐるみが射的に出ていると知って、なんとか取ろうと頑張っている、子供たちの姿で。
 皆から慕われて、信頼されるようになって。博麗神社(うち)ではないところへ取材に羽ばたいていく、文の翼で。

 ――そんな文に対して抱いた、本当だったら認めたくなかった感情で。

 だから、せめて。せめて、これだけでも。
「やだ」
 アリスの手からぬいぐるみを遠ざけるように、霊夢は身体を捻る。か細い、けれどはっきりと意志を持った声で、拒絶の意思を示す。
「あら……くれないの?」
「や」
「どうしても?」
 大仰な演技で目を細めるアリスに、霊夢は勢い良く首を横に振る。決して離さないと皆に告げるように、胸元まで強くぬいぐるみを抱きしめて。

「わたしの」

 どぉん!黄金色の花弁をたたえた大輪の菊が、祭の夜空で煌びやかに咲き乱れる。
 ようやく「本音」を口に出せた少女を言祝ぐように、花火が霊夢を優しく照らしていた。

コメントは最後のページに表示されます。