「なんだなんだぁ。店が寂れてるからって在庫処分セールか?」
「ふむ。寂れてるとは挨拶だなぁ」
面白いものを見た、とばかりに活き活きと揶揄う魔理沙に、霖之助は飄々と構える。
「潤沢な商品から、誰でも楽しめるような小物を選別して取り揃えたんだ。こう見えて、子供受けもそこそこ良いんだよ?」
「ほんとかぁ~?」
堂々と胸を張る霖之助に、魔理沙はにまにまと首を傾げる。
馴染みある古い玩具から、使い道が全く分からない小物まで。多様な道具たちが並べられている様は、むしろ民具の展示会と言った方が良いかもしれない。
綺麗に隙間なく整えられている景色を見る限り、さっきまでどうだったのか…まぁ、お察しという訳で。
「しょーがねーなぁ。いっちょ、私がやってやるか」
「私の肉まん、一緒に買っといてくれー!」と後ろに手を振りながら、魔理沙は屋台の前へと駆け出していく。
自分達を放ってはしゃいでいる魔理沙にアリスはやれやれ、と肩をすくめると「私が買って来るわ」と霊夢に声をかけて。
お言葉に甘えることにした霊夢は、その場に残ったまま、魔理沙の射的を見守ることにした。
「一回につき、コルクは五発。後ろに備え付けたクッションに落としたら獲得だ。良いかい?」
「いょっしゃ、それだけありゃ十分だ。在庫すっからかんにしてやっから、感謝しろよなー」
やる気いっぱい、満面の笑みで進み出る魔理沙に、霊夢は眉尻を下げる。
袖をまくった魔理沙は、おおよそ片腕くらいの長さはあるだろうコルク銃を机上から持ち上げようとして。
「お…っと」
刹那、つんのめるように魔理沙は身体を前に傾ける。即座に姿勢を直して一息吐くと、銃身の横についているレバーをいっぱいに引いてから、銃口にコルクを押しこむ。
そうして、きょろきょろ、棚の小物たちを見回すと、真正面に立っている置物の一つを獲物と定める。小鳥たちを三段に重ねた、こけしに似た小物(後で聞いたところ「トーテムポール」というものをモチーフにしているらしい)に銃口を合わせると、細長いそれに当てられるように照準を合わせて。
「うっ…」
呆気にとられたような声が、魔理沙の口からこぼれる。弾き出されたコルクは、こけしの真上を逸れて、そのまま後ろに張られたカーテンに取り込まれていく。
まん丸の瞳をぱちぱち瞬きさせるも、すぐに首を横に振って、再び銃身のレバーをいっぱいに引く。そうしてまたコルクを銃口に詰めると、今度は先程よりもさらに目を細めて、慎重に狙いを定める。瞼の震えまでも伝わるような緊張が漂う中で、ぐぅっと引き金を指にかけて。
直後。ぱちんっとコルクが最上部の鳥をかすめる。衝撃によってこけしが横たわるように倒れこんだのを見て、魔理沙は無邪気に黄金色の瞳を輝かせる。
「おい香霖(こーりん)!倒した!倒したぜ」
「後ろのクッションまで『落としたら』と言っただろう。もう一回だ」
「なっ…なんだよぉー!けちぃ!」
首を横に振りながらこけしを立てる霖之助に、魔理沙は駄々をこねる。年の離れた兄妹みたいな関係を感じさせる、相変わらずのやり取りに、霊夢はくすくすと笑う。
「――はい、霊夢」
と、背後から鈴を転がしたような声で話しかけられる。振り返れば、人形たちを従えたアリスが、ふっくら艶やかな肉まんを差し出すのが見えて。
「ありがと。意外と早かったわね」
「ちょうど列が捌けたところに居合わせることが出来たの。幸運だったわ」
受け取った霊夢は、早速「いただきます」と挨拶すると、小さな口いっぱいに肉まんを齧る。ほの甘く弾力のある生地を潜り抜けた先に、豚肉と玉葱を主とした具材が、文字通り熱烈にこちらを出迎えて来る。一度前歯を突き立てれば、そこに閉じ込められていた旨味が口の中いっぱいに弾けていく。
お腹がぽかぽか満たされていくような感覚に頬を緩めながら、二口目、三口目と肉まんを頬張っていく。
んふ……さすがは美宵ちゃんの料理ね。とっても、安心するわ…
「…あら?」
また一口と意気込んでいた霊夢の肩を、アリスが指でつんつんと叩く。
「ねぇ、霊夢。あのぬいぐるみ、なんだけど」
「んー?」
アリスの指す方へ、霊夢は何の気なしに視線を向ける。射的の景品が並べられた棚の、左端近く。比較的大きな景品が並べられた区画に、一つのぬいぐるみが座っていた。
ちょうど二頭身くらいの背丈をした、人型の見た目。肩にも届かぬ黒髪に、枯葉色をしたキャスケット帽。帽子を同じ色をしたスーツには紅葉色のネクタイが結ばれていて。そして、夕陽色をしたつぶらな瞳は、不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見つめていて。
「あの見た目、どこかで見たような気がして…霊夢は心当たり、ある?」
「えっ?…あっ、え」
まん丸に見開いた目が、ぬいぐるみに捉えられて離れない。ばく、ばく、心臓が激しく波打つのが伝わって、耳の先にまで熱が溜まる。
「あぁ、分かったわ!この子ってもしかして、」
どこかで見た、どころの話ではない。博麗霊夢はその姿を、誰よりも良く知っている。あれは、
「文、かしら?」
「おっ。やっぱり君にも判るかい」
アリスの呟きを聞き取った霖之助が、小さく眼鏡を持ち上げる。
そのぬいぐるみは紛れもなく、先程まで霊夢が思い出していた「アイツ」――射命丸文をモデルにしたものだった。
「ぼくも手に入れた時は驚いたねぇ。文くんのぬいぐるみが作られている事実もそうだが」
「えぇ。人形師の目で見ても、とても良く出来ていることが伝わるわ……ね、霊夢?」
「ふぇ」
「このぬいぐるみ。可愛いわね?」
不意にアリスから同意を求められ、霊夢はますます狼狽する。こちらの全てを見通すように揺らめく藍玉(アクアマリン)の瞳に、霊夢はつい顔を逸らしてしまう。けれど逃げた先では、また文のぬいぐるみとばっちり目が合って、思わず息を呑んで。
「そういえば、」
霊夢の様子には気が付いていないらしい霖之助が、ふと思い出したように目を見開かせる。
「さっき子供たちが何人か来ていたんだが。皆、このぬいぐるみを目当てにしている様子だったね」
「ぇ…」という掠れ声が、霊夢の口端からこぼれる。陽気な囃子が流れる中でもしっかりと掠れ声を聞き取ったアリスは、唇を三日月の形に曲げながら霖之助と向き合う。
「それはそうでしょう。文ってば、寺子屋の子たちから大人気だもの」
「ほう?それは初耳だね」
ざわり、突風が吹き立ったように、霊夢の胸を動揺が走る。
「この前、寺子屋に人形劇を出しに行ったんだけど、準備に手間取って、約束の時間に遅れちゃってね」
提灯で少し翳が差した霊夢の顔をちらり、一瞥してから、アリスは世間話のように語り出す。
「待ちくたびれてないかって急いで来てみたら、文が子供たちと遊んでくれていたの。皆からすっかり引っ張りだこにされて、ジャケットもよれよれにさせちゃって」
肉まんを食べる手はすっかり止まってしまって、頬には冷や汗が伝う。聞きたくない――そう身体が訴えているのに、二人の会話に耳を傾けずにはいられない。
「後で気になって、その子たちに聞いてみたの。彼女、寺子屋で取材する時は、欠かさず自分から挨拶しに教室を回るんですって。あの日も、たまたま取材に来た時に、人形劇のことを聞いたみたいで」
「あぁ、なるほど。文くんはあれで、結構面倒見が良いからね」
「えぇ。おかげで助かったわ」
あぁ。見えてしまう。子供たちから元気いっぱいにかけられた挨拶に、にこやかな笑顔で答える文の姿が。
人形劇に来るアリスが遅れていると聞かされて、背丈を合わせるようにしゃがみながら、自分と遊びながら待とうと提案して。
遊び盛りの子供たちから懐かれて、服を皺くちゃにされても、決して嫌な顔を見せることなく、一緒にアリスを待ち続けて。
――それが「射命丸文」という鴉天狗だ。堂々とした態度で、ひたむきに人間や記事に向き合い続けてきたからこそ、彼女は皆から受け入れられたのだ。
分かっている。文がそういう奴だって、重々分かっている、けど…
「…そうそう。その時にこっそり、教えてもらったんだけど、」
片手の拳をわなわな握りしめる霊夢へちらり、視線を向けてから、アリスは内緒話をするように、耳を聳(そばだ)てて。
「――中には、彼女に恋文を手渡した子も居る…とか」
どぉん。豪快に叩かれた太鼓の音が、霊夢の心に野分となって吹き荒れだした。