これは、最古の魔術師の物語である。
魔術師、あるいは魔法使いとは真理の探求者だ。その点では学者と同じだが、学者との違いとして、魔術師は「術」、同義語である魔法使いなら「使い」を名に含むように、得た知識を具体的な力で行使することを目的としているというのがある。
最古の魔術師は「魔術師」を自称してはいなかった。だが、真理を求め、結果を目に見える形で行使しようとしたのだから、現代の語彙で最も適当な称号を与えるならば、この白髭を顔の下半分に茂らせた巨人は、紛れもなく魔術師だった。
彼は魔術師と自称してなかったと同時に魔術師と他称されることもなかった。魔術師という単語が当時はなかったからだが、仮に単語があったとしても彼は魔術師とは呼ばれなかっただろう。世の人は魔術師に痩せ細った賢者であることを求めるが、彼は筋骨隆々とした巨人であり、その手に持った、木の幹を丸々一本削った巨大な弓で獣を狩るような存在だった。今も昔も、猟師とは本来それを生業とするために要求される知能に反して愚者のすることと蔑まれる職だった。
他の誰も理解しなかったことだが、実のところ彼は筋力ではなく知恵で獣を狩っていたのだ。彼はどうして神がその獣を創造したか、最初の人類が何を思いその獣に名をつけたかに思いを馳せて自分なりの答えを得ていた。だから獣は彼が思うように彼の目の前に姿を現した。獣が弓矢で射られるのは必然の結果にすぎない。彼が巨大な弓を狩りに使ったのは彼の体格で最も扱いやすいのが大弓だったからであり、その気になれば槍でも石でも、素手ですら獣を狩れただろう。
彼は人々を脅かしていた双頭の獅子を狩り――神は決して人々の益だけのために生き物を創造したのではなく、彼が生きたのも、こうした毒蛇以上の悪意を持つ怪物が未だ地上を跋扈していた時代だった――それにより勇士と祀り上げられた。双頭の獅子の縄張りにはすぐに人々が住み着き街が作られ、彼はそこの王となった。
彼は荒野や草原ではなく大理石の神殿に通うこととなった。狩人として名声を得た結果、狩りから最も遠い場所が生活の地となった。彼自身これを皮肉と思ったが、皮肉と思いつつも王であることを選んだ。
彼にとって王であるということは君臨するということだった。為政において必要となる具体的な業務は配下に任せた。彼は賢者であり狩人だったが、政治家ではなかった。ただ、獣を狩らず政治の実務もしないとなると、彼にはやることがなかった。だから彼は神殿内に書斎を作らせ――この時代にはそういう機能を持つ部屋があるということは一般的ではなかったから、部屋の存在そのものが神秘性を与えていた――獣以外の万象に対しても神の意図を探ることを始めた。
彼が書斎に籠もり始めたとき、ここは神殿が不釣り合いに目立つ小集落だった。だがやがて街はこの地域の一番の大都市に発展し、神殿は家で埋まった。街が成長しきった頃に彼は真理を得たと悟りに達し、その成果を顕現させようとした。
この時代、真理とは神であった。だから彼が真理を得たというのは神への道筋を得たということであり、その証明として彼は街と神の住処を接続することを試みた。接続に使われたのは中に巨大な螺旋階段を含んだ巨大な塔である。そのためには当時の大工がしたことのあるよりも数百倍高くまで石を積まなければならなかったが、彼は真理を得ていたからそれを人々に伝達した。言葉通りに正確な直方体に切られた石は正確な数学的美しさを帯びて重ねられ、塔が天を突くことは確実と目された。
神は当然これを快く思わず、塔を崩した。魔術師は真理をほぼ得ていたかもしれないが、九割九分九厘の真理は十割の真理の前にはひび割れた器でしかなかった。塔は一番根元まで崩壊し、内側から完成を見守っていた魔術師を押しつぶした。他の住民は塔の崩壊による死傷こそ免れたものの、二度と同じことが起こらぬようにという神の意志の元に言葉を乱され、同じ街に住むということができなくなったから散り散りになった。
最古の魔術師という記念すべき存在ながら彼に関する記録が殆どないのはそういう事情からである。彼は失敗した。彼は書や記録をいくらか書いたが、それらは全て神により乱される前の言語だったから読める者がいない。そもそもあまりにも昔に混乱に陥った一つの滅びた街の出来事だから、全て散逸し、風化し、灰燼と化したことだろう。
その顛末はバベルの街の伝承として、ニムロドという彼の名とともに、旧約聖書と他数冊の書にごく僅かに記録されている。
魔術師、あるいは魔法使いとは真理の探求者だ。その点では学者と同じだが、学者との違いとして、魔術師は「術」、同義語である魔法使いなら「使い」を名に含むように、得た知識を具体的な力で行使することを目的としているというのがある。
最古の魔術師は「魔術師」を自称してはいなかった。だが、真理を求め、結果を目に見える形で行使しようとしたのだから、現代の語彙で最も適当な称号を与えるならば、この白髭を顔の下半分に茂らせた巨人は、紛れもなく魔術師だった。
彼は魔術師と自称してなかったと同時に魔術師と他称されることもなかった。魔術師という単語が当時はなかったからだが、仮に単語があったとしても彼は魔術師とは呼ばれなかっただろう。世の人は魔術師に痩せ細った賢者であることを求めるが、彼は筋骨隆々とした巨人であり、その手に持った、木の幹を丸々一本削った巨大な弓で獣を狩るような存在だった。今も昔も、猟師とは本来それを生業とするために要求される知能に反して愚者のすることと蔑まれる職だった。
他の誰も理解しなかったことだが、実のところ彼は筋力ではなく知恵で獣を狩っていたのだ。彼はどうして神がその獣を創造したか、最初の人類が何を思いその獣に名をつけたかに思いを馳せて自分なりの答えを得ていた。だから獣は彼が思うように彼の目の前に姿を現した。獣が弓矢で射られるのは必然の結果にすぎない。彼が巨大な弓を狩りに使ったのは彼の体格で最も扱いやすいのが大弓だったからであり、その気になれば槍でも石でも、素手ですら獣を狩れただろう。
彼は人々を脅かしていた双頭の獅子を狩り――神は決して人々の益だけのために生き物を創造したのではなく、彼が生きたのも、こうした毒蛇以上の悪意を持つ怪物が未だ地上を跋扈していた時代だった――それにより勇士と祀り上げられた。双頭の獅子の縄張りにはすぐに人々が住み着き街が作られ、彼はそこの王となった。
彼は荒野や草原ではなく大理石の神殿に通うこととなった。狩人として名声を得た結果、狩りから最も遠い場所が生活の地となった。彼自身これを皮肉と思ったが、皮肉と思いつつも王であることを選んだ。
彼にとって王であるということは君臨するということだった。為政において必要となる具体的な業務は配下に任せた。彼は賢者であり狩人だったが、政治家ではなかった。ただ、獣を狩らず政治の実務もしないとなると、彼にはやることがなかった。だから彼は神殿内に書斎を作らせ――この時代にはそういう機能を持つ部屋があるということは一般的ではなかったから、部屋の存在そのものが神秘性を与えていた――獣以外の万象に対しても神の意図を探ることを始めた。
彼が書斎に籠もり始めたとき、ここは神殿が不釣り合いに目立つ小集落だった。だがやがて街はこの地域の一番の大都市に発展し、神殿は家で埋まった。街が成長しきった頃に彼は真理を得たと悟りに達し、その成果を顕現させようとした。
この時代、真理とは神であった。だから彼が真理を得たというのは神への道筋を得たということであり、その証明として彼は街と神の住処を接続することを試みた。接続に使われたのは中に巨大な螺旋階段を含んだ巨大な塔である。そのためには当時の大工がしたことのあるよりも数百倍高くまで石を積まなければならなかったが、彼は真理を得ていたからそれを人々に伝達した。言葉通りに正確な直方体に切られた石は正確な数学的美しさを帯びて重ねられ、塔が天を突くことは確実と目された。
神は当然これを快く思わず、塔を崩した。魔術師は真理をほぼ得ていたかもしれないが、九割九分九厘の真理は十割の真理の前にはひび割れた器でしかなかった。塔は一番根元まで崩壊し、内側から完成を見守っていた魔術師を押しつぶした。他の住民は塔の崩壊による死傷こそ免れたものの、二度と同じことが起こらぬようにという神の意志の元に言葉を乱され、同じ街に住むということができなくなったから散り散りになった。
最古の魔術師という記念すべき存在ながら彼に関する記録が殆どないのはそういう事情からである。彼は失敗した。彼は書や記録をいくらか書いたが、それらは全て神により乱される前の言語だったから読める者がいない。そもそもあまりにも昔に混乱に陥った一つの滅びた街の出来事だから、全て散逸し、風化し、灰燼と化したことだろう。
その顛末はバベルの街の伝承として、ニムロドという彼の名とともに、旧約聖書と他数冊の書にごく僅かに記録されている。