Coolier - 新生・東方創想話

祕封倶樂部の冐檢

2025/03/30 14:46:50
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 ――――古里を省みぬやうに、私達は短き髮を永遠の誓いにした。螺旋の輪に惑ふ事なく家ゑ帰りたいのなら、斯の長い髮を撫でて親しき友人を侖ひなさい。寂しい時は猫も斯うして孤独を癒やすのだから――





 祕封倶樂部の冐檢





 然うして眼を閇じて、親を見る仔鴨に如くなつて終ふだらう。タゝン、タゝンと頚筋を揺らすのは電車の胎動で、ふたりは羊水に睡る雙生兒のやうに肩を触れさせてゐた。ヒザ下のロングソックスが坐席暖房でカッカと疼いて、其片方、宇佐見蓮子は俄かに氣が付いた。京都市をチョットばかり越して間もなくと云ふ処であつた。

「メリー。メリー。ねぇ、メリーってば」

 揺り動かして、隣でスウゝゝと寢息を立てゝゐる金髮の少女に語り掛けた。宇佐見蓮子が白衿にノアールのスカアトといふシックな裝いを好むのに對し、彼女、マエリベリヰ・ヘルンは洋酒のかほりのするやうな銭葵の紫衣を頭からスッポリと冠つてゐる。ンんつ、と桃紅い脣から艷やかな聲を漏らして、マエリベリヰ、通稱メリーは長い睫毛を引き上げた。

「あ……、ごめんなさい。寝てたみたい」

 曇な夢を觀てゐたのだらう、メリーは口端に唾液を溜め滴らせて幸せ斯うな表情を浮かばせる。睡りといふものは一種の断絶であつて、現實に戻れる事の僥倖を誰よりも知つてゐる。
 是は、祕封倶樂部といふ京都に噂されるオカルトサアクルの話で或る。時は西暦二千年、今や人類の足は月に到達し、サイヱンスフイクシオンは當然のものと厭きられた未來では、却つて古臭い神話傳説民俗にこそ未開拓の神祕が廣がつてゐる。夜毎に世俗を抜け出し過去の不可思議を追ふ、いわゆる科學世紀の落とし子の怪奇幻想が彼女達ふたりで或つた。何故ならば――――

「早く降りなきゃ。もう時間だよ」



 手を引くと、雪の駅だった。息が白く霞み、慌てて彼女達はマフラーと手袋で身を包んだ。背後で扉の閉じる音が聞こえて、ゆっくりと駆動音が遠ざかっていく。辿り着いたホームに取り残されて、駅名を確認したあと、ふたりは顔を見合わせた。

「もう着いてる」

 名残惜しそうにメリーは呟いた。しんしんと降り積もる白片は京都のものよりも重く、台地を少し登ったのだと感じられた。雨除けの薄いトタン屋根が、頭上でギイギイと鳴いている。春の訪れの遅れた、三月のある休日の事だった。

「あっ、メリー。よだれよだれ」

 慌てて降車したせいか居眠りの残滓はそのままで、蓮子の指摘にハッとして手の平で拭い隠す。メリーは更にオフホワイトのハンケチーフを取り出して上品さを装うと、頬を赤らめながら眼を他所に向けてしまった。

「あ、あ――――……ああいうことしてるのに比べたらまだ恥ずかしい事じゃない……はず………………」

 語尾は小さく消えていった。遠恋なのか、人目をはばからず抱き合うアベックがつい其処で留まっていて、引き合いに出して取り繕おうと試みたが、見ている内に自分まで恥ずかしくなってしまったようだった。蓮子はメリーの様子を察してか、とん、と肘を触れさせて云った。

「行こ」

 短く会釈して、雪のよう音無く返して、歩き始める。雲海と見紛わんばかりの果てない白の中に、晴れの青と、紅いフリルの白傘が小さく丸を作った。ざくりざくりと潰れる寸前の綿菓子を砕くような足跡が、湖畔の街の古風な道を拓いていった。
 何故ならば――――この世界は、幻想にほんのちょっとだけ優しい。

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