桃花馬上、少年の時、笑ひて銀鞍に拠りて柳枝を拂ふ。緑水今に至るも迢逓として去り、月明來りて照らす鬢絲の如くを。
斯くして鳥は羽撃きて、浮ひて塔と卵とある女子は、曾て踏み入れた彼女らの足跡に自ら重ねて存分に遊んでゐた。重力無き空虚にトンゝゝとスキップして、思ひ出に浸り轉げる。
「結局、斯の話は終わるのかね。蓮子。」
「私も気になりませう。二人は軈て何處に向かふのか?」
新しく手紙をしたゝめて、透明な空き壜に詰めてコルク栓で封をする。誰に届くかも知らぬ綴は又流れ、忘卻の螺旋の水底に沈んでいつて何時かの日まで漂ふのだ。記憶のひとペエジには名前は未だなく、何處で生まれたか、トンと見当が付かぬ。
「帰るのよ。嘗て人が神のために建てたような、大柱の前に」
「恥づかしい事であろうか?」
「それはもう。何しろ出現は時計店の大柱前よ」
「何ゆえに想うのでせう」
みづからの事であるからか、蓮子には終に地に足を降ろした彼女達のどよめきが間近で聴こえるやうであつた。祕封倶樂部は變質せず、かつ同じ距離、行為さえも引き續き向こうに辿り着くのだらう。蓋し斯くあるやうに。
「きつと蓮子とメリーは……ええ。衆目の渦中へ」
降りた電車先で出会う遠恋のやうな――――ほんの前の二人を懷かしみ、蓮子は今頃顔を眞ツ赤にして慌てゝゐる自分を想像して、フフ、と微笑んだ――――――霧の橋の猫は讀み終えた書生の本を閉じ〆て、肉球で面紙に紅いスタンプを押した。
〆
止まった時の中で右往左往しながらも信じあっている秘封がとてもよかったです
本当にこの世界は幻想にほんのちょっとだけ優しかったです
一文一文に神経を尖らせなければストーリーラインすぐに見失ってしまうようにできていて、そのこと自体が、雲をつかむようなふたりの冒険の道程を読者に追体験させる仕掛けのように思え、読んでいてとても楽しかったです。ふたりの離れたくないという感情だけが手を変え品を変え繰り返し提示される構成もとても好みでした。
長文のうえ、いろいろ余計なことを言ってすみません。素敵な作品をありがとうございました。