Coolier - 新生・東方創想話

秘匿のグルメ

2025/02/28 12:03:08
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【プロローグ】
 いつもの如く、大学から歩いて三分くらいのカフェでコーヒーを飲む。ブラックでは淑女が泣くが、私が女性的に見られていなくても損はない。男性との出会いなんて求めちゃいない。すまんな男子諸君、と思いながら手元の資料に目を通す。今は無き寺社仏閣、地域の伝承、昔ながらの童歌、代々受け継がれてきたであろう祭事についてまとめたものだ。ざっと数えて二百件ほどになるのだが、これだけの量を一年で集めた自分を褒めてあげたいくらいだ。この資料を一体どうするのかというと、答えは至ってシンプルだ。これらはかつて現実に存在していたが、今はもう無い。失われてしまったのだ。失われたからには甦らせたい。ルネサンスとでも言うのだろうか。完全な形で戻すことは不可能だろうけれど、今のこの時代に復活したのなら、どんな反応が起こるのか、それに興味がある。
 っと熱くなりすぎてしまった。まぁ、言わんとすることは『絶滅動物を蘇らせてみよう』だ。そのための資料だし、そのための旅行計画だ。
「失礼しますお客様、相席しても宜しいでしょうか?」
 この店で声を掛けてくるのはだいたい男だ。
「すみませんね、一人でゆっくりしたいので無理で……」
 顔を上げて店員の方を見ると、その隣には金髪で碧紫色の目をした女性だった。『女性だった。』
「あー。いや、ちょっと御嬢さんの意見も聞こうかな。愛相席、大丈夫ですよ」
 そう言うと、外国人らしき女性は頬を緩ませた。
  ◆◆◆
 あれから一体どれだけの時間が流れたのだろうか。私達は、全てが始まった場所で、今日も二人っきりの刻を過ごす。
「今日は何をするの?」
「明日はどこへ行こう」
 そんな他愛もない話をしながら、夢想に思いを馳せる。一人で寂しい日常も、二人なら愉しい非日常になる。秘匿された所も、二人でなら暴くことができる。いずれ別れとなっても、「二人」でなくなっても、またこの場所が私達を繋ぐと信じて。
 あれから一体どれだけの思い出が増えたのだろうか。私達の時間を切り分けた場所は、今も記憶の海で眠る。
「あの日は何をしたっけ?」
「こんなこともあったね」
 そんな懐かしい話をしながら、追想に思いを馳せる。一度しか行けないかった場所も、二度目がないから思い出になる。秘された過去を、二人で絆していくことができる。いずれ一人になったとしても、私達は秘封倶楽部であり続けられる。また想い出が私達を繋ぐと信じて。


 一食目『洋食処・蓮台館』
  
 今、わたし達の目の前には一つの料理屋がある。それも旧時代的な店だ。今にも崩れそうなレンガ造りの壁に蔦が絡まっていて、いかにも廃墟といった雰囲気だ。何度も消しては書いた跡のある店先のボードには
 『本日のおすすめビーフシチュー』
とあった。
 時は遡ること一時間と二十分前。牛タンの味噌漬けが有名な街にいたという殺人鬼の話を調べにやってきたときのことだ。
「十八時二十七分二秒。メリー、そろそろ夕飯にしない?」
「そうね、さんざん歩き回ってお腹も空いてきたしちょうどいい時間かも」
「ならわたし牛タンが食べたい!ここに来たからにはソレ食べないともったいないでしょ」
 そう言って適当な店を求めて街を歩いていたのだった。とりあえず道に迷うことはないし、今日はわたしが先導することが多かったのでメリーに任せていると、ふらふらと誘われるようにこの店に辿り着いたのだ。
 汚らしい外観とは裏腹に、店内は落ち着いた雰囲気に包まれていた。流れているBGMも控えめで、とても心地が良い。
「美味しい牛タンは出なさそうね」
「あら?誰が蓮子の食べたいものを食べに行くって言っの?」
「そ、そんなぁー……」
 軽口を叩き合っていると、ウェイターがメニューを運んできてくれた。縒れいて中々に味のある革のメニューにはたった一言、
 『本日のおすすめ』
と書いてあった。それ以外には何も書いてなかった。
「本日のおすすめって、入り口のやつだよね。確かビーフシチュー」
「これしかないのかしら?どこかの誰かはタンが食べたいって言ってたけど、これじゃ食べられないわね」
「牛タンはもういいから……」
 こういう特殊な店も偶にはいいだろうということでビーフシチューを二つ頼んだ。わたし達の他に客は数組しか居らず繁盛している感じはしなかった。まぁ外がアレだから仕方がないのかもしれないが。見た目で判断してはならないのだろう。
 そんなこんなで店の中を眺めていると、気になるものがあった。それは白い、すずらんのような見た目の花だった。花であれば、メリーのほうがきっと詳しいだろう。
「ねぇメリー、あの隅に飾ってある鉢の植物って、なん言うの?」
「えっと……確か、あれはね」
 メリーによるとあの花は『アセビ』というらしい。少量だが毒があり、漢字で書くと馬を酔わせる木で『馬酔木』だそう。不用意に触って毒に侵される人が後を絶たないそうだ。
「こちら本日のおすすめの『ビーフシチュー』になります」
 注文から程なくして頼んだものが運ばれてきた。美味しそうに煮込まれた茶色いルーには、流れ星が尾を引くようにホワイトソースがかけられていた。中央にこんもりと盛られたご飯はピカピカに光っていて、肝心の牛肉は角煮かと思うくらいに大きいものがゴロゴロと転がっていた。とにかく、こう、見ているだけで涎が出るような美味しそうだった。用意されたスプーンは大きく、必然的に一口の量が多くなってしまいそうだったが、まぁそれも良いだろう。
「「いただきます」」
 まるで小学生にでも戻ったかのようにふたりで声を合わせ、スプーンを手に取った。
 一口、ご飯とルーとが程よい比率で乗ったその一口を、周りを気にせずに、大きく開けた口に入れた。
 その次の瞬間には、もうすでにスプーンの上には小さなビーフシチューがあった。食べる手が止まらないというのはこういう事を指すのだろう。食べていると時折大きな牛肉の塊が口に入ってくるが、大きさを感じさせない程に、ホロホロと蕩けていった。後に残るのは赤ワインの芳醇な香りと牛の醸し出す高級感のある深い味わいのみだ。煮込まれすぎて筋っぽくなることもなく、柔らかさと肉の旨味が完璧に調和していた。
 知らず知らずのうちにメリーと目が合って、たった一言「美味しいね」と交わすと、下品でみっともないと言われるかもしれないが、ふたりで競い合うようにして食べた。
 気がつくと、皿の上にはビーフシチューの残り香があるのみで、そこに在ったはずの料理は満足感と共にわたし達のお腹の中へと消えてしまったようだ。
「いやぁー、美味しかったねぇ。それ以外に言いようがないよ」
「そうね。言い方は非道いかもしれないけれどこんな店だけど意外と美味しかったわね」
「こんな店って……。メリーも案外失礼なこと言うね」
「汚くて、味も悪いなんて最悪じゃない。でも、いつかこんなアングラなお店で食べてみたかったのよね。向こうじゃ注文から何まで全部タブレットで済むから。こういう所も偶には良いわね」
「いやはや、メリーさんにそう言っていただけるとは……。じゃあ今度からは下町巡りでもしながら境界探しでもいかがでしょう?」
「食べるのもいいけど、ちゃんと目的見失わないようにね。そこ気をつけてくれるのなら、考えなくもないかなぁ」
「は、はぁーい、気を付けます……」

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