四食目『■■地方の名産品・ヨモヒラ筍』
「里乃、舞。ちょっといいかい」
「はいはい」
「なんでしょうか。お師匠様」
「タケノコが食べたい」
「「……は?」」
今日の遅刻は、あろうことかメリーの方だった。自分で言って情けないが、遅刻はわたしの専売特許だ。勝手に取らないでほしい。
「それで?今日は随分と大荷物だけど、なにか買い物でもしてて遅くなったの?」
パンパンになった袋からは『なにか』がはみだしていた。
知識として、その物の正体は知っているが実物を見るのは初めてだ。
「違うわ。流石にコレはどこにも売ってないし、買い物にも行ってないわよ」
「じゃあそのタケノコはどこで手に入れたのよ……ってあれか、前回にも似たようなことあったね」
「そ。話が早くて助かるわ。前はもう成長した竹だったけど今回のはちゃんとタケノコよ。地面から引っこ抜いたし」
袋から出して見ると確かに泥まみれだ。もうこんなものはどこへ行っても手に入らない。珍しい代物だ。
「これなら食べられるのよね?天然のたけのこご飯が食べてみたいわ」
「わたしに調理をしろと?高くつくよ?」
「いいじゃない。今はこんなこと関係ないかもしれないけど、クリスマスのときは私が作ったのよ」
それを言われてしまうと耳が痛い……。あの豪勢な料理を作るのに比べたら、たけのこご飯なんて簡単なものだろう。
丁礼田舞と爾子田里乃は迷いの竹林にいた。もちろん摩多羅隠岐奈に言われたからだ。そうでなければこんな薄暗い場所に望んで来る訳が無い。
竹の子というくらいなのだから竹の苗木のようなものなのだろう。にしても辺りには舞が持っているような成長した竹しか無い。
「全く、お師匠様は僕らをパシリみたいに使いすぎなんだよ……」
「ほらほらそんな事言ってないで舞も探してよ」
「探してって言われても……ってあれ?あそこにいるのって八雲紫様?」
舞の指す先には確かにスキマの大妖怪八雲紫らしき人物がいた。
「似てるけど……違うわよきっと。紫様なら今は寝てるはず」
「じゃあ里の子かな。どっちにしろ一人でココにいるのは危ないんじゃないかな」
それにしても似ているなぁと二人は首を傾げながらタケノコ探しを再開したのだった。
「今日は手伝ってもらってありがとうございました」
「いやぁ……。こんな所に一人で居たから驚いたよ。あとソレ食べるときはちゃんと加熱してね。何があるかわからないから」
「はい!ほんとに今回はありがとうございました、妹紅さん!」
もう一度お辞儀をしてからその場を離れた。誰もいないところで夢から覚めないと周りの人に怪しまれるからだ。前回も助けてくれた人、藤原妹紅さんは、なんだか私達とは違う能力があるそうで、今日は安全にこの場所を探索できた。タケノコはもちろん野草にも詳しいそうでたくさん教えてくれた。なんだか、私や蓮子とは住んでいる時代が違うような気がする人だった。
「へぇそんな人が……。優しい人がいるもんだねぇ」
炊き上がった混ぜご飯を茶碗に盛りながらわたしはメリーの話に相槌を打った。
「はいできた……いやちょっと待って、これ乗っけたい」
わたしは冷蔵庫から、さやえんどうを取り出し、ご飯の上にちょこんと乗せた。これだけで彩りが添えられる。
「小さい時は、コゲなんて体に悪いから食べるんじゃないってよく言われたわね……」
「そうだね、ていうかメリーの地元の方にも焦げるようなのってあるの?」
「失礼な。リゾットとかがあります。全く……」
海外。海を越えたとしても、「コゲが美味しい」と「コゲは体に良くない」という共通認識があるのか。それならばわたし達が視ようとしている境界の向こう側も、同じように、コゲが好きな人がいたり汚い場所だけど最高の味の料理が食べられる処があったり、信仰をなくさないために形を変えて人を呼び寄せるようなモノがあったりするのだろうか。境界を越えた先でも共有できる事柄があるのだとすれば、そこはより一層こちら側と区別が付き辛くなるかもしれない。
夢と現が曖昧になるように。
ここは後戸の国。今日もまた肩書の神とその二童子の日常がある場所での話。
「里乃、舞。これは……なんだい?」
「タケノコです」
「タケノコだけど……」
肩書の神、摩多羅隠岐奈は静かに箸を置いてこう告げた。
「これはもうすでに筍じゃない。ここまで成長したらもう堅くて食べられやしない」