その日、神霊廟は全焼した。
家主である聖徳王・豊聡耳神子が、里へ防犯意識の啓蒙に出かけた昼下がり。その数刻ほどの間に起きた事件であった。
「…………まあ、火元が誰なのかは分かりきっているから、それは追及しないが」
「違います違います! 本当に違うので信じてくだされ!!」
かつては豪邸だった炭の前で、物部布都が炎とは真逆の真っ青な顔で神子に縋りついた。
放火と言えば布都、布都と言えば放火。それぐらい悪いイメージが染み付いた人物だから疑われるのは当然なのだが。
「私が燃やすのは仏教関係だけでございます! どうして我々の住居を燃やしましょうか!」
「それは、確かにそうだろうが……」
それはそうだとしても全く良くないわけだが、布都の主張も道理は分かる。
仏教が嫌いだから放火など破壊工作を行うわけで、何でもかんでも燃やして興奮する性癖を持っていたりはしないのだ。たぶん。
「しかしね、私が出かけてからそこまで時間が経ったわけではない。この清々しいまでの燃え尽き具合、術でも使って全力で燃やしにいったとしか思えないぞ」
「私にも分からんのです! 食後でくつろいでおりましたら急に爆発が起こり、屋敷があっという間に火の海と……!」
何もしてないのに壊れた。壊した者の決まり文句だが、神子にはそれと同等に感じた。
「雨乞いの儀も試みましたが力及ばず……せめてと思い貴重な書物だけは持ち出したのですが」
「信じがたいかもしれませんけど、生憎と事実なんですよこれが」
しかし神子の疑念ももう一人の居残り組にあっさりと否定される。
瓦礫の中から白い犬のぬいぐるみを抱えてすっと浮かび上がってきたのは、怨霊の蘇我屠自古。本来なら真っ白だった幽霊部分の脚とぬいぐるみも、今は煤でちょっぴり黒ずんでいた。
「居間でこいつと焼き芋食べてましたらいきなりボン!ですよ。放火が原因ではないと思います」
「ふむ、お前もそう言うならば……いや待て」
私をのけ者にして二人で焼き芋を……ではなく、普通に焼きのワードが含まれている事に神子は注目した。
「その芋、どこで焼いた。まさかとは思うが室内で?」
「んなわけないでしょう。焼き芋って言ったら落ち葉ですよ」
「そうだろうな。そうだろうが……」
いくらなんでも焚き火が屋敷に引火して一気に全焼は無理がある。誰かが全体に油でもぶちまけていたら話は別だろうが、そもそも神子達が住む場所は自ら作り出した仙界であり、部外者が簡単に侵入できるような場所でもないのだ。
「ところで屠自古よ、お主には他にもっと火災から守るものはなかったのか?」
「わ、私だってパニックでこの子しか無かったんだ! 巻物と一緒に漫画本抱えてた奴に言われたくねえよ!」
屠自古がぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめる。その屠自古を抱きしめたい願望に駆られる神子であったが、たぶん今やったらめちゃくちゃ怒られるんだろうなあとぐっと堪えるのだった。
ちなみに、布都が持ち出したのは大海賊時代を描いた漫画の全巻セットであったとか。
「……さて、爆発の原因は分からぬ、と。屋敷を建て直すのは容易いのだが、事故ではないなら大問題だな」
神子は仙人としては下位の尸解仙だが、その力は天仙にも劣らない。ここに在った大きな屋敷も仙人パワーで一瞬にして建てたのだ。調度品や屠自古のぬいぐるみコレクションなどはまた集め直しになるだろうが、住居で困る事はない。
しかし、もし火災が誰かの仕業であるなら、建てたところでまた燃やされるかもしれない。これだけの建築物はさしもの神子だって消費が激しいので連発は出来ないし、何度も家が燃やされるのは不愉快極まりない。
「悪意を持つ者が罠を仕掛けたとすると、心当たりは?」
「容疑者はまずここまで来れる者ですからなあ。ぱっと思い浮かぶのは……ううむ」
「あの青い奴、だよなあ」
布都と屠自古が同時に浮かべたのは青い仙人。その名もずばり青娥娘々こと霍青娥だ。
この場に居る三人を仙人に導いた張本人であり、死体や霊魂を連れ回して邪仙の烙印を押された問題人物でもある。
彼女も独自の仙界でペットのキョンシーを可愛がったり怪しい実験を繰り返したりなどで気楽に暮らしているのだが、神子達の方にも頻繁に遊びに来ては部活のOBの如く迷惑がられていた。
されど、だ。
「あの人は、こういう事をする者ではないな」
神子が真っ先に首を横に振って否定する。
「私も同意見ですぞ」
「まあ、そうでしょうね」
布都と屠自古も神子に倣う。
確かに悪戯好きで人でなしの青娥だが、家を燃やして笑うタイプの異常者ではない。ジャンルが違うのだ。
何よりこのような形で自分達を傷付けには来ないと、教え子としてそう信じたかった。
「本当に青娥が犯人だったら最初から私達の反応を覗きに来てますよね」
「確かに。その辺りの地面に穴が開いてるだろうね」
「そして穴はありませんな。とはいえ、家が燃えていたらそろそろ覗きに来そうなものですが」
しかし三人共に青娥の気配は一向に感じない。最早近くに居れば何となく分かるのだ。神霊廟に住む者は、いつどこでも青娥が出てくるかもしれない運転が染みついてしまっている。
「まあしかし、とりあえず確認は取った方が良いんじゃないですか」
「うむ。青娥殿が犯人ではないとはっきりさせておいた方が気が楽にはなりますぞ」
屠自古と布都の提案に、今度は神子が首を縦に振った。
「ここに居たところで焦げ臭いだけだな。あれやこれや言うよりも行動すべきだろう」
神子は目を閉じて掌に念を込めた。前述の通り仙界は本来簡単に行けるものではないが、神子と青娥のそれは隣り合っていて両者を繋ぐのも容易である。
三人の前に、桃の花が咲き誇る美しい庭園の景色が広がった。
家主である聖徳王・豊聡耳神子が、里へ防犯意識の啓蒙に出かけた昼下がり。その数刻ほどの間に起きた事件であった。
「…………まあ、火元が誰なのかは分かりきっているから、それは追及しないが」
「違います違います! 本当に違うので信じてくだされ!!」
かつては豪邸だった炭の前で、物部布都が炎とは真逆の真っ青な顔で神子に縋りついた。
放火と言えば布都、布都と言えば放火。それぐらい悪いイメージが染み付いた人物だから疑われるのは当然なのだが。
「私が燃やすのは仏教関係だけでございます! どうして我々の住居を燃やしましょうか!」
「それは、確かにそうだろうが……」
それはそうだとしても全く良くないわけだが、布都の主張も道理は分かる。
仏教が嫌いだから放火など破壊工作を行うわけで、何でもかんでも燃やして興奮する性癖を持っていたりはしないのだ。たぶん。
「しかしね、私が出かけてからそこまで時間が経ったわけではない。この清々しいまでの燃え尽き具合、術でも使って全力で燃やしにいったとしか思えないぞ」
「私にも分からんのです! 食後でくつろいでおりましたら急に爆発が起こり、屋敷があっという間に火の海と……!」
何もしてないのに壊れた。壊した者の決まり文句だが、神子にはそれと同等に感じた。
「雨乞いの儀も試みましたが力及ばず……せめてと思い貴重な書物だけは持ち出したのですが」
「信じがたいかもしれませんけど、生憎と事実なんですよこれが」
しかし神子の疑念ももう一人の居残り組にあっさりと否定される。
瓦礫の中から白い犬のぬいぐるみを抱えてすっと浮かび上がってきたのは、怨霊の蘇我屠自古。本来なら真っ白だった幽霊部分の脚とぬいぐるみも、今は煤でちょっぴり黒ずんでいた。
「居間でこいつと焼き芋食べてましたらいきなりボン!ですよ。放火が原因ではないと思います」
「ふむ、お前もそう言うならば……いや待て」
私をのけ者にして二人で焼き芋を……ではなく、普通に焼きのワードが含まれている事に神子は注目した。
「その芋、どこで焼いた。まさかとは思うが室内で?」
「んなわけないでしょう。焼き芋って言ったら落ち葉ですよ」
「そうだろうな。そうだろうが……」
いくらなんでも焚き火が屋敷に引火して一気に全焼は無理がある。誰かが全体に油でもぶちまけていたら話は別だろうが、そもそも神子達が住む場所は自ら作り出した仙界であり、部外者が簡単に侵入できるような場所でもないのだ。
「ところで屠自古よ、お主には他にもっと火災から守るものはなかったのか?」
「わ、私だってパニックでこの子しか無かったんだ! 巻物と一緒に漫画本抱えてた奴に言われたくねえよ!」
屠自古がぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめる。その屠自古を抱きしめたい願望に駆られる神子であったが、たぶん今やったらめちゃくちゃ怒られるんだろうなあとぐっと堪えるのだった。
ちなみに、布都が持ち出したのは大海賊時代を描いた漫画の全巻セットであったとか。
「……さて、爆発の原因は分からぬ、と。屋敷を建て直すのは容易いのだが、事故ではないなら大問題だな」
神子は仙人としては下位の尸解仙だが、その力は天仙にも劣らない。ここに在った大きな屋敷も仙人パワーで一瞬にして建てたのだ。調度品や屠自古のぬいぐるみコレクションなどはまた集め直しになるだろうが、住居で困る事はない。
しかし、もし火災が誰かの仕業であるなら、建てたところでまた燃やされるかもしれない。これだけの建築物はさしもの神子だって消費が激しいので連発は出来ないし、何度も家が燃やされるのは不愉快極まりない。
「悪意を持つ者が罠を仕掛けたとすると、心当たりは?」
「容疑者はまずここまで来れる者ですからなあ。ぱっと思い浮かぶのは……ううむ」
「あの青い奴、だよなあ」
布都と屠自古が同時に浮かべたのは青い仙人。その名もずばり青娥娘々こと霍青娥だ。
この場に居る三人を仙人に導いた張本人であり、死体や霊魂を連れ回して邪仙の烙印を押された問題人物でもある。
彼女も独自の仙界でペットのキョンシーを可愛がったり怪しい実験を繰り返したりなどで気楽に暮らしているのだが、神子達の方にも頻繁に遊びに来ては部活のOBの如く迷惑がられていた。
されど、だ。
「あの人は、こういう事をする者ではないな」
神子が真っ先に首を横に振って否定する。
「私も同意見ですぞ」
「まあ、そうでしょうね」
布都と屠自古も神子に倣う。
確かに悪戯好きで人でなしの青娥だが、家を燃やして笑うタイプの異常者ではない。ジャンルが違うのだ。
何よりこのような形で自分達を傷付けには来ないと、教え子としてそう信じたかった。
「本当に青娥が犯人だったら最初から私達の反応を覗きに来てますよね」
「確かに。その辺りの地面に穴が開いてるだろうね」
「そして穴はありませんな。とはいえ、家が燃えていたらそろそろ覗きに来そうなものですが」
しかし三人共に青娥の気配は一向に感じない。最早近くに居れば何となく分かるのだ。神霊廟に住む者は、いつどこでも青娥が出てくるかもしれない運転が染みついてしまっている。
「まあしかし、とりあえず確認は取った方が良いんじゃないですか」
「うむ。青娥殿が犯人ではないとはっきりさせておいた方が気が楽にはなりますぞ」
屠自古と布都の提案に、今度は神子が首を縦に振った。
「ここに居たところで焦げ臭いだけだな。あれやこれや言うよりも行動すべきだろう」
神子は目を閉じて掌に念を込めた。前述の通り仙界は本来簡単に行けるものではないが、神子と青娥のそれは隣り合っていて両者を繋ぐのも容易である。
三人の前に、桃の花が咲き誇る美しい庭園の景色が広がった。