Coolier - 新生・東方創想話

ホームレス聖徳太子

2024/12/13 19:23:02
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「……でさー、家が燃えて困っちゃって困っちゃってるんよ」と芳香の顔を引っ張って遊ぶ屠自古。
「青娥殿ならばきっとお知恵を貸していただけると思いまして」とビーズクッションの上で布都。
「あ、青娥。冷蔵庫のシュークリームいただきますよ」と洋菓子に目を光らせる神子。

「……貴方達はッ!」
 家主である青娥は、思い思いにくつろぐ三人に金切り声を上げた。その姿はまるで子供をたくさん抱えた母ちゃんのようだ。
「何なんですか。家が燃えたなら燃えたなりに相応しい態度ってものがあるんじゃないですか」
「生憎ですが、育ちが良すぎて難民の振る舞いを知らないもので」
 神子はクリームでつやつやの唇でいけしゃあしゃあと開き直った。
「それに貴女だってよく言っていたじゃないですか。たまにはこっちに遊びに来ても良いのよって」
「確かに言いましたけど、何か思っていたのと違って嫌ですわ」
 同じ困っている人を助けるのなら、段ボールに入った子猫のようにか細く鳴いている相手がいいのだ。このボス猫共は既に自分が家主かのようにふてぶてしく居座っており、如何に青娥と言えどもボス三匹は手に余る。
「青娥よー、私は知ってるんだぞ。お前が三人分の布団を常に用意してるって」
 たまにこちらにも幽体のメンテナンスで訪れる屠自古はよく知っていた。急に自分たち三人が来ても対応できるように、青娥の隠れ家にはお菓子が大量に置いてある事を。なお、その大半は消費期限が切れる寸前で芳香の胃袋に収まる。
「えーえーそうですよ。ゆっくり泊っていってくださいましっ!」
 ヤケ気味に声を上げた青娥は、ほんのり赤らんだ顔でお茶請けの入った容器を机に叩き付けるのであった。

「んへー、ひえはほえははひーは、はえおうあいをはっはんはー?」
 まだ頬を弄ばれていた青娥のキョンシー・宮古芳香が、語尾で辛うじて疑問と分かる音を発した。
「おい青娥、通訳を頼むわ」
「屠自古さんが手を離せば済む話ではなくて? まあ……家が燃えたらしいが、誰の恨みを買ったんだ?だけど」
「へーはいはほー」と芳香。正解だぞー、と言いたかったらしい。
 そう通訳されてからやっと、屠自古は両手を離してくれた。芳香は肩で自分のほっぺをもちもちと揉んで具合を調整する。
「貴女に隠し事は出来ないので正直に言いますが、まずご自分は無実だとその口から聞きたいのですよ」
「正直でよろしい。では私も面倒なので答えますが、そんな事するわけないでしょう」
「そうでしょうね。まあ私は最初から信じていましたけど」
 神子と青娥は互いに悪の組織のようにクククと影の差した顔で笑った。傍から見るとこれから毎日家を焼こうとか言いそうと思われても全く擁護できない。

「んで、客観的に見てお屋敷を焼かれそうな恨みを買うのなんて、布都ちゃんしかいないじゃない?」
「な、何と心外な……先生はこの可愛い弟子をそのような目で見ていたのですか……!」
 布都は追い詰められたハムスターのように憐れな顔で己が無実を訴えるが。
「いや、主観的に見てもお前だよ」
「悪いが、同意する」
 これに関しては屠自古も神子も全面同意であった。何しろ神子も最初に疑うくらいなのだから。
 誰から恨みを買うかと言えば、頻繁に焼き討ちに行く事による因果応報で仏教勢力、つまり命蓮寺の面々。もっとも、その焼きメンは屠自古もなので一方的に責める筋合いは無いのだが。
「マジな話、布都ちゃんは部外者にお屋敷への経路を教えたのかしら」
「セキュリティ意識は先生にも太子様にも叩き込まれました。決して他言はしておりませんぞ、マジな話」
 仙界に辿り着くには決まった場所から特定の道順と行動をなぞらねばならない。それ即ち形の無い鍵と同じ。神子の創造物で身内とも言える面霊気にすら教えていないトップシークレットであった。
「貴方もそういうところは無駄に……もとい、ちゃんとしてるものねえ。正規ルートからの線は排除して良さそうね」
「ふむ、では裏口から入ってきそうな人物か。そうなるともう候補者は二名ぐらいしか残らないが……」
「隙間か扉か。どちらもらしくない襲撃だとは思いますが」
「美に欠けるのは確かだな。何であれ、急いで結論を出す事ではないだろう。屋敷の検証も必要だろうし、その為にもまずは……」
 偉い人らしく意味深に溜めを取った神子は、深海を思わせる暗く蒼い青娥の瞳を真っ直ぐに捉えながら、軽々しくこう言った。

「お風呂、いただいてもいいですか?」
「はいはい沸かしてあげるから、さっさとその黒ずんだ体を綺麗にしてきなさい!」
 青娥はハアと大きく溜息をつくと、どすんどすんと優雅さの欠片もない足音を立てて部屋の奥へと引っ込んだのであった。


「……さて、話を本筋に戻そう。もう一度出火した時の状況を聞かせて」
 湯で温められてほっこりした体に赤らんだ頬。いつもの煌びやかな服からシンプルな無地の着物(青娥から借りたバスローブ)に着替えた神子は、空になったコップを手にしたまま座布団の上で姿勢を正した。
「もう一度と言ってもなあ~……シンプルすぎて他に言いようがないですよ。布都と居間で焼き芋を食べていたらいきなりボボーンですからー」
「だのう。もうボボボーボのボーボボーンでしたぞ」
 神子のコップにすかさずおかわりを注ぐ屠自古も、ぽりぽりと豆を嚙み砕く布都の頬も、神子と同じように赤く染まっていた。
 満たされた液体は麦から作られた黄金色の発泡酒、つまり青娥の冷蔵庫から勝手に拝借したビールである。三人の顔が赤い理由ももはや説明不要だろう。
 どうせなら泳げるぐらいが良いじゃない?という青娥の発想で、彼女の浴室は旅館並みの広さだった。本来なら一番風呂は神子に譲るべきであるが、本当に体を洗う必要があるのは布都と(幽霊なのに何故か)屠自古の二人だ。ならば三人一緒に入ってしまうのが一番合理的と判断された結果、すっかり温泉旅気分で風呂上がりの醍醐味を堪能していたのである。

「……それぇ、私のおやつなんだが?」
 奪われた柿ピーの匂いを嗅ぎ付けて芳香がやってきた。ただでさえ食べ物の恨みは恐ろしいのに、それがゾンビの楽しみにしていた食料ともなれば、かのミシャグジさまにも匹敵する怨念が彼女から滴り──。
「おお、すまんすまん。ほれ、あーん」
「あーん」
 親しき相手と一緒に食べる喜び、プライスレス。布都が摘まんだピーナッツに飛びつく芳香は、まるで尻尾を振り回す大型犬のようであった。
「ハジケるのは勝手ですけど、人の家で酒盛りをするなら家主に断るのが常識ではなくて?」
「へっ、お前に常識を語られちゃあオシマイよー」
 屠自古がいつもの減らず口を返す中、青娥も隠しておいた自前の酒を片手に参戦する。瓶のラベルに書かれた漢字は達筆すぎて読めないが、邪仙の酒であるから恐らくはヤバい代物なのだろう。
「ああ、丁度良い所に来てくださいましたね。是非とも先生の豊富な人生経験からお知恵を拝借したいと存じましー」
「神子様、他人の目が無いとはいえふやけすぎですよ、もう……」
 そう窘めつつも、青娥だってあの豊聡耳神子がふやけた姿を見せてくれる事は内心嬉しかったりする。神子を下の名で呼んでいるのも嬉しさの漏れ出しに他ならないのだ。

「……で、布都ちゃん」
 それはそれとして、真顔に戻った青娥はくるりと布都の方に向き直った。
「その時だけど、ぶっちゃけ、おならした?」
「ぶっ」
 布都の口から屁のような息が漏れた。
「先生……この愛らしき聖童女がそのようなはしたない真似をするとお思いで」
 当時の二人は焼き芋を食べていたと証言している。青娥はその後のお約束について言及しているのだ。
「屠自古さんは本体がガスみたいなものだし。貴方しか候補は居ないでしょ」
「待て待て。私を屁の塊みたいに扱うのもこの野郎だが、まさかこいつの尻から出たもんに引火して屋敷が吹っ飛んだとでも言うつもりか?」
「仙人はおならも常人とは違うのよ。その濃縮っぷり、火を付ければ地底の八咫烏にも匹敵する爆発力で……」
「噓でしょう?」
 神子が真顔で問う。
「嘘ですけど」
 青娥も真顔で答える。人の欲を読める神子に隠してもしょうがなかった。
「おーコラ青娥このやろぉ?」
「屠自古さん、一旦お酒を置きなさい。でー、そんな一気にぼぼーんだったらガス爆発以外には考えづらいのよ。それともお昼に天ぷらでも作ったりした?」
「昼飯はお前が置いてったカップ麺で済ませてやったぞ」
「あれほど脂っこい味噌の汁は初じゃったのう」
「……確かに置いたけど、仙人でお嬢様なんだからもっとバランス良く食べなさい」
 またこんな母親みたいな事を、と青娥も内心で自嘲する。ちなみに、そのカップ麺は有名配信者が企画した話題の一品だったらしい。とりあえず買い漁ったがあまりに濃厚すぎて口に合わず、転売も考えたがそんな小銭ではやる気も出ず、結局神子たちに押し付けたのであった。

「うちにガスコンロが無いのはお前も知ってるだろ。もちろん油をこぼしたりもしてない。さー青娥、師匠らしく頭の良いとこ見せてくれよー」
 屠自古が真っ赤な顔で青娥の肩に腕を回す。ひんやりした感触に、濃厚なアルコール臭。それを振り撒くは目の前の美少女。彼女の五感の内の三つが屠自古で独占されていた。
「ちょっと神子様。このタチの悪い人、貴方の屠自古さんでしょ。何とかしてください」
「確かに私の屠自古だけど、同時に貴女の屠自古でもありますからねえ。頑張ってください」
「違いまーす。私はアナタノじゃなくてソガノ屠自古で~す~」
 そんな酔っ払い共の無駄な会話の一方、ほろ酔いながらも腕を組んで考え込む者が一人だけ残っていた。最初から第一容疑者として扱われていた布都である。
「ううむ、方向で言えば、あれは風呂場からであったような」
「お? シンショーゲンか? シンショーゲンだなー?」
 相変わらず布都から餌付けされていた芳香が、その小声の新証言にも抜け目なく食いついた。じゃれていた他三人もそちらへと一斉に視線を向ける。
「布都、まさか昼から風呂を焚いていたのか……?」
「いやいやそのような、あくまでその方角から爆発が起きたというだけで」
「でも、お風呂と言ったら、ねえ……」
 青娥が横目で見たのは、まだ自分に絡み付いていた怨霊だ。何故かと言うと、神霊廟の風呂も青娥邸に負けず劣らずの広さで加熱に時間がかかる。であれば、やっぱり風呂焚き担当も留守番の屠自古が多いからである。
「あー? 風呂は焚いてないって言ったろ。昨日の火はちゃんと消したし、不始末だったとしてもそれが今日の昼になって大炎上ってかー?」
「分かってるわよ。お願いだからお酒臭い息はやめてちょうだい」
 酔いどれ屠自古は青娥のいちゃもんに勝る。一応聞いただけなのに強烈なカウンターを浴びた青娥はあっさりと疑念を引っ込めた。

「一度、まとめるか」
 気付けば自分をハブにして二組のペアが出来ている。その事実を見て見ぬふりしながら、神子はリーダーらしく話の整理に入った。
「焚火に風呂、出火元の候補はあったが日常の範疇であり、異常な発火となった原因は不明と。一度現場を検証すべきと私は考えるが、皆の意見は」
「異議無しですな」
「同じく」
「イギナーシ!」
 布都・屠自古の両名が首を縦に振った。芳香も意味は分かってなさそうだが山彦妖怪が如く声を張る。
 現場を見に行くだなんて、神子に言われずとも明日にはそうしただろうが、あえて明言するのは大事だ。ぐだぐだ絡み酒のまま何の結果も得られない会話で終わった可能性もあるのだから。
「検証は宜しいのですけども」
 そして肯定意見だけで終わってはつまらぬと思ったか、やはり邪仙だけは引っ掛かりのある言い方で待ったをかける。
「お三方、刑事ドラマのような化学的な捜査はできないでしょう? 放火魔を導き出すような仙術も私が教えた記憶はございませんが、現場を見てどうするおつもりで?」
「その言い方だとー、貴女には導く仙術があるように聞こえますね。あると言ってくださいよ先生」
「結局、神子様も絡み酒なわけね……」
 シラフでこれの相手はやってられぬと、青娥はいかにも度数の高そうな匂いのきつい酒をぐいっと煽った。酒気を帯びた溜息がその艶めいた唇から漏れ出す。
「私はそんな青い猫型ロボットほど都合良くないわよ。それこそタイムマシンかタイムテレビでも持っている人がいれば話は別でしょう、けど……」
 と、言い終えかけた所で青娥の動きがぴたりと止まる。有り得ない条件のつもりで言い放った一言だった。しかし、彼女の無駄に豊富な経験の中から一人見つかってしまったのだ、思い当たる人物が。
「お、いるのか? 古代人か未来人の知り合い」
「古代人なのは屠自古さんもでしょ。そうじゃないのよ、現代人だけどだいぶ問題がある方で……」
「そいつもお前にだけは問題児とか言われたくなかろうよ。で、とりあえずどんな問題なのか言ってみ?」
 邪仙も認める問題児とは如何なる人物か。他の二人も興味津々に顔を寄せて次の言葉を待つのだった。
「直接会った事はないかもしれないけど、貴方達も知ってるはずの人よ。ほら、幻想郷の……」
 青娥が思い浮かんだ人物を告げる。
『ああー……』
 その名を聞いた三人は、確かに大々々問題だと納得の声を上げる。
 それは、綺麗なハーモニーを奏でるほどに納得の問題人物だったのだ。特に、人の輪廻から外れた仙人達にとって。そして他の誰もが代案を出せないほどに的確な人選であるのもまた問題であった。

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