Coolier - 新生・東方創想話

ホームレス聖徳太子

2024/12/13 19:23:02
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「……なるほど、これは見るも無慚。目も当てられない程の廃墟ですね」
 それと同時に目を疑う光景があった。あの四季映姫が、死神を統括する立場の人物が、死神から逃げる立場にある仙人の本拠地(跡)に立っているのだ。

「四季様。この度はヤマザナドゥの立場にありながらご足労いただき感謝に堪えません」
「何の事やら。私は罪人を裁きに来たまでです」
 屋台の夜から翌日、きっかり午前十時。
 深々と頭を下げる神子を尻目に、映姫は涼しげな笑みを浮かべた。
 人を追跡して所業を映せるならば、定点を映すなんてもっと簡単だろう。それで発火当時の状況を見ればいい。青娥の、頼む相手が大問題な事を除けば非常に冴えた思い付きだった。
 ただ仙人の屋敷が燃えただけならば『ざまあ』だが、その正体が無差別放火魔だったら捕まえねばならぬ。そして真相を明かせるのは自分だけ。
 そう酒の席で持ち上げられた映姫は結局、酒瓶の包みを持ち上げて了承してしまったのだった。
(まあ地獄の沙汰も銭次第って言うし? お酒貰っちゃったし? 明日は休みだし? ただ鏡に映すだけだからセーフ寄りのセーフよね?)
 と、酔いが冷めた後の心中で必死に言い訳を考えていたのは閻魔のみぞ知る。

「……して、火元と思われるのはこの辺りですか」
「左様で。私の予想ですがおそらく風呂場であろうと」
 布都がつるつるの石で出来た広い窪みをとんと踏んだ。天井から壁まで吹っ飛んだ今となっては立派な露天風呂か。客を呼ぶにはいささか煤が多すぎるが。
「時間は、一昨日の昼下がりでしたか……ああこれですね、爆発の瞬間がはっきりと映りました」
 映姫が灰だらけの地面に鏡を向けると、まだ豪邸であった頃の神霊廟の浴室が映った。そして次の瞬間には『ポン!』と何かが弾けるような音、それに続いて火の付いた瓦礫が降ってきたのである。
「どれどれ」
 布都の一言を皮切りに、他の四人も鏡を覗こうと一斉に映姫の背中へ集まった。はっきりと定員オーバーである。
「ふむふむ、お話の通り爆発的に炎上しちゃってるわねえ。やっぱり火薬かしら」
 自由故に後ろから前へと回り込んだ青娥が、上から逆さに鏡を見つめて考え込む。閻魔の前にここまで恐れなく頭を差し出せる仙人など、映姫にとっては初めてであった。
「本当に過去まで見えるとは、閻魔ってのは凄いな。でー、青娥よ、これを化学的にどう見る?」
「まあ確かに物理化学の範囲だけど、そこは道教的にどうなのって聞いてほしいわね」
 物理化学の常識外にある屠自子をやれやれと窘める。そうは言っても仙人の入門書に爆発を突き止める方法など書いてないのだから、現代化学にも通じた青娥の知見を頼る他に無いのだ。
「燃えた屋根が落ちて来たのならば、上で何かが爆発したと考えるのが自然だな。或いは屋根で不届き者が芋でも焼いたか」
 まだ二人だけの焼き芋パーティーを根に持っているのか。神子以外の皆がやれやれと失笑する。
「落ち葉焚きにしてはいささか強火すぎるかしら。あとは爆発系の魔術か妖術使いだけど……そもそもここに来ないって話よね」
「噂に聞く地下に幽閉された吸血鬼の妹とか、不死身となった藤原の一族とか、地底の地獄烏とか、ですかな」
「今更ウチに興味を持つとも思えんが白黒の魔法使いとか。神社に住み着いてる地獄の妖精も業火を使うとは聞いたな」
 布都と屠自子がとりあえず容疑者候補を挙げるも、どれもピンとは来ていない。青娥の言う通り、ここに来ると思えないのだから当然だ。

「なー、上から来たんだから、上を見ればいいんじゃないのかー?」
 脳が腐っている分、芳香の思考は単純かつ明快であった。
 あれこれ考えるよりも先に見る所を見た方が良い。そう主張する芳香の顔を、青娥がよしよしと優しく撫で上げる。
「ふふ、芳香の言う通りね。四季様、ピントを上に合わせてもう一度お願いいたします」
「いいでしょう。屋根の上を映すので目を離さないように」
 映姫が再び鏡を、今度は空に向けて覗く。そこにはこれからの惨事など到底想像できない穏やかな青空と、黄色い瓦屋根。映っているのはそれだけだ。
「犯人と思わしき人物は居ないな。発火の時間まで時を進めていただけるでしょうか」
「はい。先程の時間が…………あっ!」
 突如として鏡が朱色に光った。
 先程の浴室と同様に、屋根側もいきなりの爆発で吹っ飛んでしまったのだ。
「……つまり、出火場所は浴室と屋根の間と。二階には何かありましたか?」
 神子は神霊廟のかつての姿を思い出しながら、天井のあった場所を見上げた。
「いえ、道場は平屋で建てましたので、何かがあったとすれば屋根裏か……」
「この感じで一階建てとは相当な屋敷を建てたもので。さて屋根裏となると、暗視機能の出番ですか」
 映姫はタブレット端末が如く鏡面をすいすいと撫でだした。
「便利ですね。そんな事まで出来るとは」
「悪事に暗所は定番ですから。魔力の消費が激しいので携帯中はあまり使いたくないですけど」
 ハイテク化の波は是非曲直庁までという事か。皆の関心を他所に鏡のモードを切り替え、居るならば今度こそ放火魔の姿を捉えんともう一度鏡を空に向ける。
 最初は薄暗かった鏡に、だんだんと背景が浮かび上がる。屋根裏に潜んでいる存在と言えば、ネズミかあまり想像したくない黒い虫か。もしくは誰かが仕掛けた爆弾でも見つかるだろうか。何であれ答えはきっと今度こそ。
「む! この音は……」
 布都が耳をぴくりと動かす。
 足音がした。ついに爆発以外で動く物を鏡が映し出したのだ。
 きっとこいつが犯人に違いない。皆が期待しながら鏡を凝視する中、ついにその動体が鏡の中央に差し掛かる。
 それは、意外や意外な人物だった。これまで全く候補に挙がっていなかった、いや挙がっていたと言えば挙がっていた、そんな存在である。
 しかし本当に意外性で度肝を抜かれたのは彼女。よりによって、部外者である映姫その人だったのだ。

「小町………?」

 三途の川で船頭を務めている死神の小野塚小町。言うまでもなく映姫の部下である小町が、敵地の屋根裏をのそのそと練り歩いていたのだ。
「ちょ、ちょっと止めていいですか!」
 映姫は「いいよ」と言われる前に死相が浮かんだ顔で鏡をタップした。そこで映像はぴたりと止まる。
「青娥、小町と言うと……」
「サボリで悪名高い死神ですわね」
 小町も青娥にだけは悪名だとか言われたくなかろうが、神子の問いへそう楽しそうに答える。
 そういう身内であるからこそ、映姫は何かこう見なかった事にしてこの場を逃げ出したいのだが、仙人達に関係性が割れてしまっている以上覚悟を決めるしかない。
「あー……閻魔様、私らは別に貴方を責めようとか思ってないんで、とりあえず映像を進めてもらえますかね」
「……分かりました」
 責める気はない(今のところはだ)が、何であれ問題はどうして発火したかだ。小町はなんかそこに居ただけで無関係の可能性もある。そんなお釈迦様の垂らした蜘蛛糸ぐらい頼りない可能性に賭け、もう一度鏡の下側をタップした。

(……へへ、まさかこんな所で英気を養うとはお釈迦様でも分かるめえってもんだね)
「この響いたのは、心の声ですか?」
 神子の言葉を肯定するかのように映姫は頭を抱えた。
「……左様です。鏡の前で本心では違うなどと言い逃れは出来ません」
「どこまでも万能な鏡ですこと。まさに未来の猫型ロボットみたいですわ」
 感心を通り越して最早呆れ半分の青娥の前で、鏡の中の小町は早速英気を養う為の行動に出る。折り畳んだ柔らかい布をクッション代わりに、天井裏の床にふてぶてしく座り込んだ。
(敵地だけど、ここは匂いが良いんだよねえ。ここにちょいとプラスしてっと……)
『あっ!』
 一同はついにその瞬間を捉えた。
 煙管だ。勿論、それに火を付ける為の道具も。
 そして小町がマッチを擦った、次の瞬間──。

 ボン!

 屋根裏は赤い光に包まれたのであった。



「……小町のサボリは後で私からキツく言っておくとして、どういう事でしょう」
 思わぬところで身内の不祥事が発覚したものの、燃やしたのは罪人の住処であって、されどその罪人の頼みでそれが分かったのであり。
 映姫の顔からは感情が消え去っていた。休日にややこしい不祥事の事後処理など考えたくなかったのだ。なお、爆発ぐらいで死神は死なないので健康的な心配は欠片もない。
「んー、まず死神がここに来れたのは距離を操る能力かしら。複雑な道程を飛ばして直接乗り込めちゃうのよ」
 茨歌仙の家にもその力で何度か侵入しているとか、青娥が本人に絡んで聞き出した話である。
「なるほど。では本題のマッチだけでは考えられない爆発に関しては?」
 続く神子の問いを受けて、青娥は先ほどの爆発シーン直前まで巻き戻してにらめっこを始めた。
「無いのなんて分かってるけど、危険な発火物はやっぱり無しね。そうなるとやはり可燃性ガスでも充満してたのかしら。死神ならそんな環境でも平気でしょうし……」
「可燃性ガスとは具体的に?」
「メタン、エタン、プロパン、エタノール……」
 青娥が指を一本一本折って数えだす。
「モノシランは流石に無いでしょうし、あとは酸素か水素か……」

『あっ』
 その場に居た六人の内、二人が揃って声を出した。

「おーおー今の聞こえたぞー!? 心当たりがあったら吐けー!」
「うぎっ」「おぶっ」
 やたらと反応速度の早かった芳香が声の主、布都と屠自古の襟首をむんずと掴み。
「吐かなきゃ、吐くぞ」
 毒か、胃酸か。言わねば何かの体液をお見舞いするぞと、男のような野太い声で警告した。
「わ、分かった分かったよ。言うから手を放してくれ」
「芳香、放してあげなさい」
「おう」
 芳香は屠自古の向こうに居る青娥の命に従って手をぱっと開いた。よほど絞る力が強かったか、二人の襟はしわしわになっている。
「……で、どれに反応したのかしら。酸素? 水素? まさかのモノシラン?」
「いや、そのう。屋敷が燃えた前日の夜であったのですが……」
「その日は寒かったから風呂場で酒飲もうぜってなって……」
「お風呂場でお酒を、二人で?」
 青娥は、またもハブられていたのかと神子の顔をチラリと見た。
「私は午前から講演の予定だった故、その昨晩は早めに切り上げたのだ。可哀相な目で見ないでいただきたい」
 なるほど、それなら言い訳は通っている。視線を二人に戻し、神子が出て行った後の話を促す。
「飲みながら変わった風呂の話になりまして、結界の外の……四パーセント?」
「スーパー銭湯な」
 屠自古が微妙なアクセントの違いを読み取って訂正してあげた。
「そう、それじゃ。スーパーセントーにはサウナとか蛇口(ジャグジー)などいろいろ有ると聞きまして、その中の電気風呂というのが気になったもので」
「電気。まさか……」
 水場と、電気。義務教育の理科でやる範囲である。もう概ね理解してしまった青娥はちょっぴり実体の薄くなった屠自古の顔をじろじろと睨んだ。
「青娥。私は現代化学には通じていないので解説を」
「もう見た方が早いと思うわ。四季様、火事の日の昨夜でお願いできますか?」
「ふむ、裸でしょうから一応センシティブ設定をしておきますか」
 五人だけなら今更気にする間柄でもなかろうが、赤の他人である映姫が勝手に配慮してモザイク処理された映像が鏡に浮かび上がる。首から下がギザギザとなって逆に卑猥な印象になってしまった布都と屠自古が、確かに湯船でぐいぐいと酒を吞んでいた。


『とじこー。さっきの電気風呂の話じゃが、お前ならビリビリやって再現できんのかー?』
『んー、試した事ないしなー。いきなりやったら感電死するかもよ』
『まーまー我だって鍛えとるから大丈夫じゃろ。やってみなきゃ分からん分からん』
『しょうがねえなー、やってやんよ!』

──バチバチッ! プクプクプクプク、シュゥー…………。

『おおーピリピリしてこそばゆいのう! その泡はなんじゃ、サービスか?』
『いや、こいつは青娥が確か……そう、電気分解だ。水が酸素と水素に分かれるんだと』
『ほほー、先生は流石博識じゃのう! よし、もう一回強めにやってくれ』
『しょうがねえなあ』

──ブクブクブクッ! シュワァ…………!

『うわっははー、水素の音じゃ~!』
 風呂場に布都の高笑いが響き渡った──。

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