Coolier - 新生・東方創想話

ホームレス聖徳太子

2024/12/13 19:23:02
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「…………つまり、何が悪かった?」
 気まずい空気の中、いつまでも突っ立ってはいられないと神子が口を開いた。

「……屠自古さん、電気風呂はいつまでやっていたの?」
「……その、ぬるま湯ではしゃいでたら風呂場で寝落ちしちゃってさ。朝まで湯に浸かってた」
「つまり電極は一晩中あったわけね……」
 青娥がまた大きく息を吐いた。
 水素は最も軽い原子で、放っておけば上に溜まる。それだけ生成し続けていれば、屋敷を吹き飛ばす程の量が屋根裏に集まってもおかしくない。
「いや、全てがおかしいんですけど。豊聡耳様、屋根裏の換気とかどうなってるの」
「えっと、完璧な私に相応しく、蠅の一匹も入る余地の無い住居で設計したもので……」
「そういうのを欠陥住宅って言うの!」
 何で私が突っ込みに回らねばならないのか。青娥は三度目のため息をついた。

「はい、真相は明らかになりましたね」
 もう必要無さそうな鏡をしまいながら、さっさと纏めて帰りたい映姫が全体に呼びかける。
「酒に酔った二人の悪ふざけ、家屋の設計の欠陥、そして小町の……不届きかしら。とにかくそういった各々の間違いが重なって起きた事故だった」
「いや、屋根裏で煙草飲もうとした奴のせいだろ」
「ハインリッヒの法則というものがあります」
 屠自古の厳しい指摘を地蔵の耳に念仏で聞き流し、映姫は話を続ける。
「1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故、そして300件のヒヤリハットがあるとされます。換気の悪い建物ならば以前にも何かしらの兆候があったはず。そしてお前達の過激思想から来る素行の悪さは説明不要。火災も起きるべくして起きたのです」
「いや、アンタんとこのバカ死神が犯人だよ」
「これほどの大規模な火災でありながら死者が出なかったのは不幸中の幸い。これは生き方を改める機会を御仏からいただけたのだと噛み締め、清貧な暮らしを心掛けるように……」
「死者も仏様もアンタの目の前にいるんだが?」
「うるさいですね貴方は! 話の腰を折らないでもらえますか!」
 映姫にはこれから小町にもしょうもないお説教の予定が入っている。そもそも罪人共に協力してやった時点で特別サービス。身内のせいで家が燃えたとしても償えとタカられたくないのだ。

「家なんか仙人の力でぱっと建て直せるでしょ! 事故原因は判明したんだから対策して終わりでいいじゃない!」
「いろいろ燃えた心の傷は癒えてねえんだわ! オバケは繊細なんだぞこのヤロー!」

「待て。待って。お願いだから屠自古止まって。四季様もお気を確かに」
 怒ると内で一番怖い怨霊と地獄の閻魔の仲裁など、死ぬほどやりたくないがやれるのも自分しかいない。神子が死んだ目で二人の間に割って入った。
「確かに、お言葉通り建物自体は造り直せます。しかし焼ける前と同じではない事も聡明な四季様ならお分かりのはず。そこで、妥協案として貴方に最後のお願いが……」
 今回、家が燃えて最も大事な物を失ったのは誰だったろうか。その溜飲を下げてかつ、今この場に居ない戦犯にもお灸を据えるにはどうすべきか。
 思い付いたばかりのほやほやな考えを、神子は映姫に提案し──。


「小町、貴方に届け物があります。急ぎと言われましたので今この場で開封するように」

 後日。
 いつものように渡し舟の上でうとうとしていた小町の元に、一通の封筒が映姫より手渡された。
「あれま、緊急任務か何かっすか。一体なん、て……」
 その差出人の名前に気付いた小町は一瞬で凍り付く。
 なんで、どうして。どうしてこれを映姫様が? 絶対バレないと思っていた秘密のサボリスポットを知っている?
 視線が封筒と映姫を行ったり来たりするも、もう一度「早く開けなさい」と急かされた小町は、酒が切れた伊吹童子のような震える手で恐る恐る封を切った。

『前略

 その後、火傷の具合はいかがでしょうか。
 こちらも屋敷の復元に向けて諸々を蓄えておりますが、どうしても元通りというわけにはいきません。
 そこで貴方にも資金面でご協力願いたく、こうして筆を執らせていただきました。
 何卒宜しくお願い致します。

 ¥10,250,0......―
 蘇我屠自古ぬいぐるみコレクション及び家財道具の弁償として請求いたします。

 追伸
 煙草は喫煙所でお願いします。

 豊聡耳神子』

「あ、あの。映姫様、あの……!」
 何でかは分からないが、とにかく映姫も神霊廟の連中も自分が何をしたか全てを知っている。
 小町は三途の川よりも暗い顔で映姫に慈悲を求めた。
「何ですか? 私も激務なのですぐ是非曲直庁に戻らないと」
「ごめんなさい~! だから一緒に謝りに来てください~!」
 こんな額、踏み倒せなければ一体何十年分の給料を前借りすればいいのか。
 いつものようにガミガミ言われるよりも、何も言われない方が数百倍恐ろしい。
 今回ばかりは圧倒的に反省した小町はその後、少なくとも敵地の屋根裏でだけは煙草を吸うまいと心に決めたようである。普通、一生役立たない決まり事でしかないのだが。

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