Coolier - 新生・東方創想話

ホームレス聖徳太子

2024/12/13 19:23:02
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「とりあえず、温かいのをお願いします」
 女は、四つ足のみの簡素な椅子にゆっくりと腰掛けた。彼女の目の前では夜道の寒気に負けじと白い煙がもわもわ昇る。出所は、その屋台の代名詞とも言える八目鰻の蒲焼きである。
「はーい。最近ほんと急に寒くなりましたよねえ。秋の神様達は何をしているのやら」
 店主、夜雀のミスティア・ローレライはお湯の中から徳利を引き上げ、綺麗に水気を拭き取ってから女の前に置いた。全ての客にそうあるべきだが、彼女はその中でも群を抜いて不手際が許されぬ上客なのである。
「……幻想郷の四季に関わる者はどれも自己主張が強いはずなのですが、秋だけはどうにも神としての威厳が無くて困ったものです」
「あはは……四季様その人に言われちゃもう立つ瀬がないですね」
 四季その人こと、四季映姫はお猪口になみなみと注いだ熱燗をぐいっと一息で飲み干した。激務と寒さで疲弊した体にほんのりと熱のこもった甘露が染み渡る。

 映姫は幻想郷に二人存在するという閻魔、地獄の最高裁判長の一人である。閻魔だからか、だから閻魔になったのか、元は地蔵菩薩という生い立ちもあって他人の世話を焼きたがる性格だ。
 そしてミスティアは、己が誘発する鳥目解消のマッチポンプとして八目鰻の屋台をやっている。これからの妖怪はただ人を襲うだけでなく、何か手に職を付けねば存在意義を失うぞと映姫がお説教した成果なのだ。
「いつものでいいですか? まあウチの屋台にはいつものしかありませんけど~」
「勿論。細かい字ばかり読まされて目がね……」
「いつもお疲れ様です。ゆっくりしていってくださいね」
 八目鰻には外の言葉で言うならビタミンAや鉄分が豊富に含まれている。お説教相手が更生したかの確認も兼ねて、映姫は疲れ目や貧血の時によくここの屋台に通っている。だからこそ、彼女には心配事もあった。
「……いつもの、定番メニューばかりで経営が厳しくなってはいませんか?」
「ありゃ~、閻魔様にはお見通しですか……人里に妖怪が縄張りにしてる居酒屋が出来たらしくて、そっちにお客さんが流れてるみたいです」
 聞けば、その店は店主こそ人間であるが看板娘が妖怪らしい。しかも幻想郷でも指折りの大妖が都合の良い溜まり場を維持する為に手を回しているとか。それでは個人経営かつ妖怪ゆえに獣道で営業するしかないミスティアが対抗するのも難しいだろう。
「あの店は私も注視しておりましてね。人と妖が近すぎるのは望ましくない。私が動かずとも幻想郷の自浄作用に期待したい所ですが……」
「どうでしょうねー。あの巫女、分かりやすく異変が起きないと結構ポンコツですから」
「全くです。巫女もあの仙人もどきの来る頻度が減ってだいぶ弛んでいるようですし、また私が出向かなければ駄目かしら……」
 と、愚痴に花を咲かせながらいつもの八目鰻に箸を付けた、ちょうどその時であった。

「あら、ミコ様と仙人の話をしてらっしゃいましたか? それはグッドタイミングですね」

 映姫には聞き慣れない、いやまともに聞いてはならない声が不意に飛び込んだ。あまりの不意打ちに蒲焼きの切れ端がぽとりと皿の上に落ちる。
「急にこの人数で押しかけてすまないね。こちらの席は宜しいかな?」
「あ、いらっしゃいませ~! 急に五人も……もしかして私の為に四季様が宣伝してくださったんですか!?」
「いえ……」
 映姫は小刻みに首を横に振った。
 そう、新たな来客は五人である。ここまでの流れでこの五人とは誰か、なぜ映姫は固まっているのか、大体察しは付くであろう。
 神子と青娥が、映姫を挟み込む為に両隣に座った。
「すみません、椅子が三つしか無くて……」
「構わんよ。座る物程度なら術で賄えるしの」
 さらに後方と斜め後ろを布都、屠自古、芳香の三人がきっちり固めている。無論、映姫を守っているのではなく、映姫が逃げないように、もしくは映姫が暴れた時の為に守っているのだ。

「……仕事終わりで疲れてるの。今は閻魔とかそういう役職は忘れたいの。何でここに来るのよ……」
「威圧的に感じたのなら謝罪いたします。師から四季様がこちらをよくご利用なさると伺ってご挨拶に参ったのですが」
 仙人とは、人が本来支払うべき命の灯火を踏み倒して生き続ける、言うなれば債務者のようなものだ。だからそれを取り立てに死神が訪れるのであり、つまり閻魔の映姫と罪人の仙人は相容れない存在同士である。
「青娥の粘着質は知ってるけどさ、まさか閻魔様の行動パターンが分かるほど絡んでるとは思わなかったよ」
「違います。私はこんな邪仙と絡んだ事など一切合切ありません。この者が私を付け回していただけでしょう」
 映姫は屠自古の言葉を全力で否定にかかった。閻魔と仙人の癒着など、それが事実と思われては即刻罷免だ。実際の所、逃走のプロである青娥が敵の総大将まで情報収集を欠かさなかっただけで、映姫の方が正しいのは言うまでもない。
「えーと? 揉め事でしたらうちの屋台ではご遠慮いただきたいのですが~……」
「騒がしくて申し訳ない。お疲れという事で単刀直入に……四季様の御力をお借りしたく、難しい立場を承知でお願いに参ったのです」
「もちろん、四季様のお手を煩わせるのですからタダではないですわ。この通り、賄賂も持参しましたの」
 青娥の言葉に合わせて布都が風呂敷包みをカウンターに置いた。中からカチン、カチャンとガラス同士がぶつかる音がする。サイズ感と合わせれば内容物は明白であった。
「基本の日本酒から紹興酒にワインと、世界各地のお酒をいっぱい……あ、仏教的に般若湯と言った方がいいかしら。とにかく是非曲直庁の皆さまでどうぞ」
「賄賂と聞かされて受け取る閻魔が居るとでも? 侮るのも大概になさい」
「侮るだなんてとんでもない。貴方様を動かすにはこれぐらい必要だろうと判断した結果ですよ」
「物で釣れると思う事が侮っている。篭絡出来た数多の人間と私を同一視しないでもらいたい」
 取り付く島もないとはまさにこれか。元は地蔵菩薩だっただけに口を閉ざした映姫の説得は不可能かに思われた、そんな時である。

「ウナギ、冷めちゃうぞ」
 芳香が青娥の肩から物欲しそうな目で顔を出した。
「命は美味しくいただかないとダメだ。食わぬなら私が貰うが?」
「……あげませんよ。無論、私がいただきます」
 既に命を落とした者にその大事さを説かれ、映姫も少々気が抜けたかお預けさせられていた肴に箸を付け直す。
「神子、お前もお前だ。屋台に来たらまず食べ物を頼むべき!」
「むう……」
 ゲーム的に言えばラスボス同士が醸し出す緊迫した空気の中、そこに割って入れるのは文字通り命知らずの特権か。死体の説教に一同がおいおいと苦笑する中、神子はカウンターの奥でずっとおろおろしていたミスティアに顔を向けた。
「おすすめを五人分いただけるかな。八目鰻の屋台とは聞いているが」
「あ、はい! 八目鰻しかないので全てがおすすめです!」
 自動的に人気暫定一位な魚の切り身をミスティアが五枚取り出した。炭火の上に置かれ、じゅうじゅうとタレの焦げる音と煙が場を支配する。
「お食事の邪魔をして申し訳ございませんね。お詫びとして、一献奢らせてくださいな」
「む……」
 青娥は包みから日本酒を取り出すと、その蓋を栓抜きも使わず片手指だけでぽんと引っこ抜いた。華奢な腕でいとも容易く実行できるのだから、仙人というのはやはり人外の生き物なのである。
「そちらの夜雀さんもいかがですか? 大結界の外のお酒なんてそうそう飲めませんよ」
 瓶からは既に蠱惑的なアルコールの匂いが溢れている。味を見なくても極上の酒なのだろう。
「むむむ、むむ。それは大変っ、魅力的なお誘いですが、私は仕事中で……」
 ちらりと、ミスティアが映姫の顔色を伺う。裁判長の目の前で飲酒して調理など、現行犯も現行犯だ。
 一方の映姫も悩んでいた。受け取れば、話を聞く事になるのは確定だろう。酒は正直呑みたい。彼女だって幻想郷の民だから例に違わず酒好きなのだ。ミスティアは呑めばいいだろうが、映姫が断った酒で酔うのはいかにお気楽な妖怪と言えども気が引けるのだろう。
 空気を読む程度の能力は他人のものだが、映姫も贔屓の店長を気遣うぐらいは出来る、というより困っている人を見捨てられない性格なのだ。
 裁判長として、酒と体面と交友を秤にかけた彼女の結論は──。

「ご好意は素直に受け取るべきです。貴方も一杯いただいてはどうですか」
「えへへ〜。四季様にそう言われたら呑むしかないですよねー」
 酒。
 厳しいジャッジの結果、地獄の民は酒豪を誇る鬼ばかりなのだから、酒の為ならば仕方ないと判断した。
 別に私は罪人達と慣れあっていない。般若湯をどうぞと言われたから呑んだだけだ。言い訳も立った。
 目の前で映姫の盃に酒が注がれるのを見ると、ミスティアもちゃっかり持ち込んでいた自分用の器を青娥の前に置くのだった。


「……それはそれは。個人としてはお気の毒ですが、立場上は因果応報と言っておきますか」
 映姫はまたちびりと一口酒を含むと、赤らんだ顔で淡々と言い放った。
「流石に手厳しいですね。おかげで一昨日から師の家に寝泊まりの情けない有様ですよ」
「よく言うわ。悠々自適で傍若無人に過ごしてらっしゃるくせに」
 青娥も自分が持ち込んだ酒をくいと煽る。愚痴っているがその傍若無人を許しているのは紛れもなく師匠本人で、緩んだ顔からも察せるように要はノロケ半分だ。
「その言い方、四季様の命令で死神がウチを燃やしに来たってのはナシでいいんですかね」
「当然です。刈り取る物は必要最小限であるべき。蘇我屠自古のぬいぐるみコレクションまで燃やすほど鬼ではありませんよ」
「い、いやコレクションはしてないですけど目が買ってって訴えてたんで……!」
 閻魔というのは覚妖怪が如くそこまでお見通しなのか。屠自古はわたわたと手を振って無駄に抵抗するも、寝る時は何体かをローテーションで抱いている事までバレバレなのである。
「……で、真っ先に疑われたのが私でありまして」
 慌てる怨霊は置いといて、口の端に付いた蒲焼きのタレをぺろりと舐めとりつつ、布都が一歩前に出る。
「それもまた自業自得。貴方の所業は人の道を外れる前の分までしっかりと記録されていますから」
「そう、それなんですよ」
 おやつを目の前にした猫の如く、青娥は映姫の一言に食いついた。

「浄玻璃の鏡、お持ちでいらっしゃるのですよね?」
「……それは勿論、ですが」
 五人がここに来た理由を概ね察した映姫は、酒気帯びの溜息を大きくはあと吐いた。
 浄玻璃の鏡とは、閻魔が死者を裁く際にその善悪を映し出す為の道具だ。つまり、これを覗き込めば(屠自古のぬいぐるみ蒐集癖など)過去の行いが全て明らかになってしまうのである。
 本来は是非曲直庁に設置された大型のそれを指すのだが、お説教巡回が趣味の映姫はコンパクトな手鏡版を持ち歩いていたりする。

「それで、不審火について物部布都の無実を証明せよと? 不要ですよ、そんな事は」
「その通り。布都が無実と主張するなら私は信じよう」
「……ふむ」
 迷いなく言い切った神子の瞳を見つめ、映姫は首を小さく縦に振った。
「では誰を。こちらの罪の塊ですか」
「はいはい、私のせいにしちゃうのが一番楽かもしれませんけど」
 疑われ慣れている邪仙は顔色一つ変えない。放火罪など、彼女が知的好奇心の為に使った命に比べれば髪の毛一本程度の重さだ。今更罪一つ増えたところで何を恐れようか。
「……お前は最早取り返しの付かない黒ですが、冤罪を着せる気はありません。一体何を浄玻璃の鏡で見ろと言うのです」
「それは、我々の頼みを聞いていただけるで宜しいか?」
「私はここに居るので話せば耳には入るでしょう。酔いと共に話も飛んでしまうかは内容次第と思いなさい」
 映姫は視線を頼んだばかりの肝和えに向けた。相容れない立場を貫きつつ、話は聞いてあげますよという最大限の譲歩。
 敵ながらその慈悲に感謝の念を送りつつ、神子は胸骨の辺りを指でとんと一回叩いてから先日のアイディアを切り出すのだった。

「私ですよ。私の一部とも言える、私の生み出した空間です」

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