裏切り者の名を受けて
そもそもの発端は、正邪のヤツがまたぞろ逃げ出したことから始まったのさ。
アイツは本当に良く逃げる。
それでいて、マァ逃げ足の鋭いこと賢しいこと!
――足が速いというのではないね、とにかく「逃げる」という行為を熟知しきっている。
時止めのメイドを撒いたことだってあるってンだからもうこれは大したものだよ。アイツがもっている、誰にも負けない才覚じゃないだろうかねぇ?
あ、でもそれを正邪には言ったことがないよ。
アイツに言ったら心底嫌がるだろうからネェ……だから、いつか喧嘩のときの切り札にするつもりなのさ。とにかく口の回るヤツだからさ、ぐうの音も出ないようにしてやるのはちょっとした快感なんだよ。
おっと、話が飛んじまった。
正邪の事だったね。
私も今はよくわからないよ。
きっと何処かでまたぞろ元気にしてるさ……ちょっとだけ、寂しいけどね。
ああいけないね、辛気臭くするつもりはないんだぁ。
なあに、すぐに見つかるよ、見付けるよ。
なんなら小槌だってあるしね。
……おっと、また話が逸れちまった。
そうそう、正邪はね、逃げたんだ。
あのときやらかしたのは……。
……小槌の魔力を溜めるのに、おひさまの陽気がいいって話をどっかから聞きかじってさ、ふたりで向日葵畑からお日様を向く……んじゃなくて、おひさまを呼びこむとかいう妖しの向日葵をひっこぬきにいったんだ。
そしたらさ、メチャクチャおっかない花の妖怪が現れて、どこまでも続く向日葵畑の中ずうっとおっかけ回されたんだよ。
ほんっと、怖かったァ……
それこそ数日くらい、無我夢中で逃げ続けたよ。
そしたらあるときに、
「姫、此処で二手に分かれよう」
「正邪、あんたまたそんなことを。いい加減、逃げ回るのを止めて謝ろう? 少しばかり痛い目に合うかもだけど、きっと許してくれるって」
「あァ? またそんな馬鹿言い出しやがって! やなこった! 私が頭を下げる事なんて、天地開闢から那由他の果てまでありえねェ!」
とまあ、いつものこととはいえ、切羽詰まった状況で喧嘩しちゃってね。
……いやァ、私もあの時はおっかなくて……
あの妖怪、ん? 風見幽香? っていうんだ? なんかもう天から地から、ありとあらゆる処の花が首を擡げてサ、こっち向いたかと思うとレーザー光線撃ってくるのよ。
本当、死ぬかと思ったよ……幻想郷って、凄いのがまだまだいっぱいいるんだねえ。
当分ひまわりは見たくない。
で、結局私は、正邪を怒らせちゃって、はぐれちゃった。
……正確にはアイツ、私を囮にして逃げやがったのさ。
アイツは本当、逃げ上手だよ。
……ん?
ああ、うん、言われなくても解ってるって。
わたしが足手まといだから、だけじゃない。
アイツ、わたしが限界だって解ったから、自分を囮にして私だけは許させようとしたのさ。
わかってる。
ちゃあんと、わかっている。
そうじゃなきゃ、誰があんなのと好き好んでつるむものか。
だけどね、そうされることが嬉しいより、悔しいのさ。
解ってくれるかなあ……くれないだろうなあ……ふふふ。
……それで動けなくなったわたしはしばらく幽香さんのおうちで看病されて。
うん、あのひと、凄く優しいよね。美人だし。
霊夢の事を知ってるって言ったら、グイグイ来られて、色々聞かれたよ。
――え?
そんな変なことは言ってないと思うけどなあ……まあ、あのひとも、霊夢のこと好きなんだなーってのはよく解ったよ。
“も”って? うん、わたし、霊夢のこと好きだしね。
ああっと、ごめんごめん、また話が逸れちゃった。
動けるようになったらいっぱいお土産貰って、それで正邪を探すことにしたんだ。
はぐれたとき、決まっている合流場所があるんだ。
アイツがいうには常套手段だって。
逆様異変のときより前から決めてあったことだよ。
……それはヒミツ。
正邪はわたしを何度でも裏切るけどさー、わたしはけして裏切らないって決めてるんだあ。
アイツが心底嫌がる「絆」ってヤツだよ。
ふふふ、アイツがどんなに嫌がっても、どんなに裏切っても、それでもアイツを慕う私という存在から逃げられない。これってアイツにはどれだけキツいんだろうねえ?
ざまあみろ、だ。
……ああ、いけないいけない、一緒に居るうち、わたしもすっかりアイツに似てきちゃって……。
でもね、それで正邪のヤツを見付けたのはそこじゃなかったんだ。
まあ、解ってたけどね。
アイツ、わたしがヘタれた事言うとヘソ曲げてしばらく姿を隠すからねえ。
ま、すぐ見付けてやるんだけどサ。
だから、そのヒミツだって大したことないよ。
だって、アイツは現れないんだから。
たぶんアイツは遠巻きにわたしの無事を確認したら、それきり身を眩ますのだろうなぁ。なあんとなく、あ、近くに居る、見られてる……ってのまでは解るんだよ。
ソコをいつか捕まえてやりたいなあ……っとと、どうにも正邪の事を語り出すと横道に逸れちゃうね。
ん? のんびり話せば良いって?
お茶でも飲んで、ねえ……いいの? 探しているんでしょう?
……あはは、霊夢らしいや。
(お茶を飲む音)
じゃあ続けようか……それからちょっとだけ探して、うん、探し方にはコツがあるのよ。
悪だくみの規模が大きいほど失敗したら人里近くで身を隠し、取るに足らないことが失敗したら、逆に妖怪の山とかに引き籠もる。
正邪は自分のやらかしの大きさは気にしないからね。むしろできるだけ大事を作りたいと思ってるわけだし……まあ、大抵失敗するけどサ。
あれは、アイツがそういう星の下に産まれたのではないかなあ……って思うくらいに運命が味方しないねえ。頭は悪いけど知恵はあるのよ、アイツ。
ソコが小賢しいって、より一層皆から疎まれているのだろうねぇ。
だからね、アイツは人里に隠れるのを好む。
あそこが非緩衝地帯だからっていうのもあるし、自分がデカいことをやったっていうのがなんとなく人の噂に立つことを聞くのが好きなのよ。
根っからの悪党なんだよ、アレは。
悪党って書いて、目立ちたがり屋って読むのだけどね、うふふ。
……霊夢も笑ってるくらいだから、解るでしょう?
アイツって、本当の悪を知っているくせにヘンに誇り高いところがあって、手段を選ぶんだよねえ……手段さえ選ばなきゃ……っと、いけないいけない。わたしが余計な知恵を授けちゃいけないね。
で、まあとにかく人里に居たわけよ。
でも潜んでいる場所を見付けて笑っちゃった。
信じられる? アイツ、人里の甘味処で働いていたのよ!
霊夢も知ってる? あ、行ったこともあるんだ。
お女中さんを「うえいとれす」って言うんだってね。
正邪がだよ?
あの正邪がさぁ、そこそこおっきなお店でさあ、可愛いおようふく着させられてさあ、くるくる回るみたいに可愛らしく動いてさあ、入ってくる客に可愛く媚売った笑顔で「いらっしゃいませぇ」っとか言っちゃってるのよ!
あああ~、天狗のカメラがあの時ほど欲しいと願ったことはなかったわ!
最初、目と頭がどうかしたかと思ったもん。
「お正ちゃん、今日も可愛いねえ」
「やあだ、タガさん今日は朝からご来店? そんなに通ったら太るわよ?」
「うひひ、お正ちゃんの注いでくれるお紅茶でなら、ナンボでも太りたいねえ」
「あはは、お赤ちゃんに言い付けちゃうわよ? おんなじこと言ってるって」
「ひえっ、そりゃごかんべん」
……後から聞いた話だけど、その甘味処は可愛い店員を使ったら物凄く商売が繁盛したから三匹目の泥鰌を探していたんだって。一匹目は店の一人娘、二人目がお赤ちゃんって言われる……妖怪だった。
ん? 赤蛮奇かって? あ、知っているのね、さすが。
あたり、赤蛮奇っていう妖怪。
なんか草の根?ネットワーク?とかいう妖怪の相互補助組合みたいのがあって……あ、霊夢には内緒の方がいいのかなあ……弱い妖怪は皆で助け合っているんだってさ。
蛮奇ちゃんは多分その組合員で、正邪は違うけど、自分を弱小妖怪でございと嘯いて……いやまぁ本当だけど、たまにアイツってほんとに弱いの? って不思議に思うよ……。
まあともかく、見付けた正邪をどうしたものかと悩んだのよ。あ、眼福眼福ってじっくり見ながらね。
……あんな可愛い格好、態度、絶対にわたしの前には見せないよなあ……アイツ、潜伏中の自分に課した変装ならどんなことでもやりきるんじゃないかしら。
霊夢もあの店に行けば良かったのに!
え? 探して見付けられなかったからにはそういうこと?
どういうことよー?
え?
正邪が、本気で見られたくない?
……あー、そっかあ、まあ、そうだよねえ……うふふ。
まあいいや。
それで、正邪に直接交渉したら確実に逃げられる! って直感したから赤蛮奇……蛮奇ちゃんとお話ししたのよ。
仲良くなるのはすぐだったな。あの子、いい子だよね。
ん? 明言は避ける?
ああ、まぁ、そうよねえ、里に棲み着く妖怪だなんて、霊夢にとっては放逐しておく訳にはいかないって立場だものね。
んでんで、赤蛮奇と仲良くなって、その流れで正邪の事を聞いたらね、正邪のヤツ、最初は数日の内に消えるまでの間匿ってくれって言ってきたらしいのよ。蛮奇ちゃんは快く引き受けたんだけど、その時例のお店が物凄く忙しくって、猫でも狸でもいいから手を借りたいって状態だったのね。
だから、正邪に店を手伝ってくれるならって条件を出したんだって。
正邪はきっと、身を隠しているのになんじゃそりゃって断ろうとしたものの……そもそも人から身を隠すわけでなし、寧ろ人に紛れた方が妖怪から逃げるには効果が高いって……まぁほんと、悪知恵の働きは早いのよねえ。そう判断したんだろうね、引き受けたそうだよ。
あとで幽香さんから聞いたけど、正邪にはとっくに興味を無くしていたんだけどね。
「怖がらせるだけ怖がらせたからもう良いわ、弱いもの虐めは嫌いなの」だって。
あはは。
……でで、正邪はそんなこんなで働き出したわけだけど……蛮奇ちゃん曰く「物凄く器用なヤツ」って評価してたヨ。
そう、正邪は器用なのよねえ。どんなことでも概ねこなしちゃう。
頭は悪いけど、必要のない勉強をしないだけで必要な事はやたら博識だしなあ。小槌の件からしてそうだもの。
反則アイテムだって、あんなの使いこなせるの正邪くらいしかいないよ。
その内小槌まで使い兼ねんなって本気で思ってるんだあ……だから、わたしから離れないのかなって……あ、ごめん、わたしのことは、今は良いね。
そうそう、霊夢に似ているよねって思うんだ。なんでもこなすってあたり。
……あはは、そんな目一杯否定しなくても。
……なんか話長くなっちゃってるねえ。
こっからが本番というか、霊夢の質問の答えになるのにねえ。
ええ~?
それでいいのぉ?
……霊夢は本当、すごいなあ……。
わかった、霊夢が聞きたいのは、質問の内容だけじゃない、正邪の事もなんだね?
んじゃ、続けようか。
(お茶を啜る音)
そもそもの発端は、正邪のヤツがまたぞろ逃げ出したことから始まったのさ。
アイツは本当に良く逃げる。
それでいて、マァ逃げ足の鋭いこと賢しいこと!
――足が速いというのではないね、とにかく「逃げる」という行為を熟知しきっている。
時止めのメイドを撒いたことだってあるってンだからもうこれは大したものだよ。アイツがもっている、誰にも負けない才覚じゃないだろうかねぇ?
あ、でもそれを正邪には言ったことがないよ。
アイツに言ったら心底嫌がるだろうからネェ……だから、いつか喧嘩のときの切り札にするつもりなのさ。とにかく口の回るヤツだからさ、ぐうの音も出ないようにしてやるのはちょっとした快感なんだよ。
おっと、話が飛んじまった。
正邪の事だったね。
私も今はよくわからないよ。
きっと何処かでまたぞろ元気にしてるさ……ちょっとだけ、寂しいけどね。
ああいけないね、辛気臭くするつもりはないんだぁ。
なあに、すぐに見つかるよ、見付けるよ。
なんなら小槌だってあるしね。
……おっと、また話が逸れちまった。
そうそう、正邪はね、逃げたんだ。
あのときやらかしたのは……。
……小槌の魔力を溜めるのに、おひさまの陽気がいいって話をどっかから聞きかじってさ、ふたりで向日葵畑からお日様を向く……んじゃなくて、おひさまを呼びこむとかいう妖しの向日葵をひっこぬきにいったんだ。
そしたらさ、メチャクチャおっかない花の妖怪が現れて、どこまでも続く向日葵畑の中ずうっとおっかけ回されたんだよ。
ほんっと、怖かったァ……
それこそ数日くらい、無我夢中で逃げ続けたよ。
そしたらあるときに、
「姫、此処で二手に分かれよう」
「正邪、あんたまたそんなことを。いい加減、逃げ回るのを止めて謝ろう? 少しばかり痛い目に合うかもだけど、きっと許してくれるって」
「あァ? またそんな馬鹿言い出しやがって! やなこった! 私が頭を下げる事なんて、天地開闢から那由他の果てまでありえねェ!」
とまあ、いつものこととはいえ、切羽詰まった状況で喧嘩しちゃってね。
……いやァ、私もあの時はおっかなくて……
あの妖怪、ん? 風見幽香? っていうんだ? なんかもう天から地から、ありとあらゆる処の花が首を擡げてサ、こっち向いたかと思うとレーザー光線撃ってくるのよ。
本当、死ぬかと思ったよ……幻想郷って、凄いのがまだまだいっぱいいるんだねえ。
当分ひまわりは見たくない。
で、結局私は、正邪を怒らせちゃって、はぐれちゃった。
……正確にはアイツ、私を囮にして逃げやがったのさ。
アイツは本当、逃げ上手だよ。
……ん?
ああ、うん、言われなくても解ってるって。
わたしが足手まといだから、だけじゃない。
アイツ、わたしが限界だって解ったから、自分を囮にして私だけは許させようとしたのさ。
わかってる。
ちゃあんと、わかっている。
そうじゃなきゃ、誰があんなのと好き好んでつるむものか。
だけどね、そうされることが嬉しいより、悔しいのさ。
解ってくれるかなあ……くれないだろうなあ……ふふふ。
……それで動けなくなったわたしはしばらく幽香さんのおうちで看病されて。
うん、あのひと、凄く優しいよね。美人だし。
霊夢の事を知ってるって言ったら、グイグイ来られて、色々聞かれたよ。
――え?
そんな変なことは言ってないと思うけどなあ……まあ、あのひとも、霊夢のこと好きなんだなーってのはよく解ったよ。
“も”って? うん、わたし、霊夢のこと好きだしね。
ああっと、ごめんごめん、また話が逸れちゃった。
動けるようになったらいっぱいお土産貰って、それで正邪を探すことにしたんだ。
はぐれたとき、決まっている合流場所があるんだ。
アイツがいうには常套手段だって。
逆様異変のときより前から決めてあったことだよ。
……それはヒミツ。
正邪はわたしを何度でも裏切るけどさー、わたしはけして裏切らないって決めてるんだあ。
アイツが心底嫌がる「絆」ってヤツだよ。
ふふふ、アイツがどんなに嫌がっても、どんなに裏切っても、それでもアイツを慕う私という存在から逃げられない。これってアイツにはどれだけキツいんだろうねえ?
ざまあみろ、だ。
……ああ、いけないいけない、一緒に居るうち、わたしもすっかりアイツに似てきちゃって……。
でもね、それで正邪のヤツを見付けたのはそこじゃなかったんだ。
まあ、解ってたけどね。
アイツ、わたしがヘタれた事言うとヘソ曲げてしばらく姿を隠すからねえ。
ま、すぐ見付けてやるんだけどサ。
だから、そのヒミツだって大したことないよ。
だって、アイツは現れないんだから。
たぶんアイツは遠巻きにわたしの無事を確認したら、それきり身を眩ますのだろうなぁ。なあんとなく、あ、近くに居る、見られてる……ってのまでは解るんだよ。
ソコをいつか捕まえてやりたいなあ……っとと、どうにも正邪の事を語り出すと横道に逸れちゃうね。
ん? のんびり話せば良いって?
お茶でも飲んで、ねえ……いいの? 探しているんでしょう?
……あはは、霊夢らしいや。
(お茶を飲む音)
じゃあ続けようか……それからちょっとだけ探して、うん、探し方にはコツがあるのよ。
悪だくみの規模が大きいほど失敗したら人里近くで身を隠し、取るに足らないことが失敗したら、逆に妖怪の山とかに引き籠もる。
正邪は自分のやらかしの大きさは気にしないからね。むしろできるだけ大事を作りたいと思ってるわけだし……まあ、大抵失敗するけどサ。
あれは、アイツがそういう星の下に産まれたのではないかなあ……って思うくらいに運命が味方しないねえ。頭は悪いけど知恵はあるのよ、アイツ。
ソコが小賢しいって、より一層皆から疎まれているのだろうねぇ。
だからね、アイツは人里に隠れるのを好む。
あそこが非緩衝地帯だからっていうのもあるし、自分がデカいことをやったっていうのがなんとなく人の噂に立つことを聞くのが好きなのよ。
根っからの悪党なんだよ、アレは。
悪党って書いて、目立ちたがり屋って読むのだけどね、うふふ。
……霊夢も笑ってるくらいだから、解るでしょう?
アイツって、本当の悪を知っているくせにヘンに誇り高いところがあって、手段を選ぶんだよねえ……手段さえ選ばなきゃ……っと、いけないいけない。わたしが余計な知恵を授けちゃいけないね。
で、まあとにかく人里に居たわけよ。
でも潜んでいる場所を見付けて笑っちゃった。
信じられる? アイツ、人里の甘味処で働いていたのよ!
霊夢も知ってる? あ、行ったこともあるんだ。
お女中さんを「うえいとれす」って言うんだってね。
正邪がだよ?
あの正邪がさぁ、そこそこおっきなお店でさあ、可愛いおようふく着させられてさあ、くるくる回るみたいに可愛らしく動いてさあ、入ってくる客に可愛く媚売った笑顔で「いらっしゃいませぇ」っとか言っちゃってるのよ!
あああ~、天狗のカメラがあの時ほど欲しいと願ったことはなかったわ!
最初、目と頭がどうかしたかと思ったもん。
「お正ちゃん、今日も可愛いねえ」
「やあだ、タガさん今日は朝からご来店? そんなに通ったら太るわよ?」
「うひひ、お正ちゃんの注いでくれるお紅茶でなら、ナンボでも太りたいねえ」
「あはは、お赤ちゃんに言い付けちゃうわよ? おんなじこと言ってるって」
「ひえっ、そりゃごかんべん」
……後から聞いた話だけど、その甘味処は可愛い店員を使ったら物凄く商売が繁盛したから三匹目の泥鰌を探していたんだって。一匹目は店の一人娘、二人目がお赤ちゃんって言われる……妖怪だった。
ん? 赤蛮奇かって? あ、知っているのね、さすが。
あたり、赤蛮奇っていう妖怪。
なんか草の根?ネットワーク?とかいう妖怪の相互補助組合みたいのがあって……あ、霊夢には内緒の方がいいのかなあ……弱い妖怪は皆で助け合っているんだってさ。
蛮奇ちゃんは多分その組合員で、正邪は違うけど、自分を弱小妖怪でございと嘯いて……いやまぁ本当だけど、たまにアイツってほんとに弱いの? って不思議に思うよ……。
まあともかく、見付けた正邪をどうしたものかと悩んだのよ。あ、眼福眼福ってじっくり見ながらね。
……あんな可愛い格好、態度、絶対にわたしの前には見せないよなあ……アイツ、潜伏中の自分に課した変装ならどんなことでもやりきるんじゃないかしら。
霊夢もあの店に行けば良かったのに!
え? 探して見付けられなかったからにはそういうこと?
どういうことよー?
え?
正邪が、本気で見られたくない?
……あー、そっかあ、まあ、そうだよねえ……うふふ。
まあいいや。
それで、正邪に直接交渉したら確実に逃げられる! って直感したから赤蛮奇……蛮奇ちゃんとお話ししたのよ。
仲良くなるのはすぐだったな。あの子、いい子だよね。
ん? 明言は避ける?
ああ、まぁ、そうよねえ、里に棲み着く妖怪だなんて、霊夢にとっては放逐しておく訳にはいかないって立場だものね。
んでんで、赤蛮奇と仲良くなって、その流れで正邪の事を聞いたらね、正邪のヤツ、最初は数日の内に消えるまでの間匿ってくれって言ってきたらしいのよ。蛮奇ちゃんは快く引き受けたんだけど、その時例のお店が物凄く忙しくって、猫でも狸でもいいから手を借りたいって状態だったのね。
だから、正邪に店を手伝ってくれるならって条件を出したんだって。
正邪はきっと、身を隠しているのになんじゃそりゃって断ろうとしたものの……そもそも人から身を隠すわけでなし、寧ろ人に紛れた方が妖怪から逃げるには効果が高いって……まぁほんと、悪知恵の働きは早いのよねえ。そう判断したんだろうね、引き受けたそうだよ。
あとで幽香さんから聞いたけど、正邪にはとっくに興味を無くしていたんだけどね。
「怖がらせるだけ怖がらせたからもう良いわ、弱いもの虐めは嫌いなの」だって。
あはは。
……でで、正邪はそんなこんなで働き出したわけだけど……蛮奇ちゃん曰く「物凄く器用なヤツ」って評価してたヨ。
そう、正邪は器用なのよねえ。どんなことでも概ねこなしちゃう。
頭は悪いけど、必要のない勉強をしないだけで必要な事はやたら博識だしなあ。小槌の件からしてそうだもの。
反則アイテムだって、あんなの使いこなせるの正邪くらいしかいないよ。
その内小槌まで使い兼ねんなって本気で思ってるんだあ……だから、わたしから離れないのかなって……あ、ごめん、わたしのことは、今は良いね。
そうそう、霊夢に似ているよねって思うんだ。なんでもこなすってあたり。
……あはは、そんな目一杯否定しなくても。
……なんか話長くなっちゃってるねえ。
こっからが本番というか、霊夢の質問の答えになるのにねえ。
ええ~?
それでいいのぉ?
……霊夢は本当、すごいなあ……。
わかった、霊夢が聞きたいのは、質問の内容だけじゃない、正邪の事もなんだね?
んじゃ、続けようか。
(お茶を啜る音)