強いヤツほど笑顔は優しい だって強さは
……二週間後。
甜瓜邸の一人娘が亡くなった。
文字通りの箱入り娘で、その顔を見たものは殆どいない。
父母と、一部の使用人だけだったとされている。
葬儀も、あれだけの豪商が取り計らったものとは思えないしめやかなものだった。
甜瓜の人間のなかには仏門に従った葬式をとの声もあったが、父母の強い希望で神道式として行われた。主催は博麗霊夢。これもまた、此処最近では珍しいことだった。
随分と宗教戦争なるものが人里を賑わせているようになって、博麗の名が人里で目立つことは随分少なくなっていたのだ。
ひっそりとした葬儀ではあったが、父母は満足そうだった。
そして……亡骸を偶さか見ることの出来た極々一部のもの達も、あまりにも美しく、儚く、なにより満足げな微笑みを浮かべる貌に、
「この子はきっときっと幸せだったのだろう」
そう、誰しもに思わせたのだった。
***
葬儀の終わった夜、人里の離れでのんびりと背を向けて里から離れ行く妖怪がひとり。
月は十六夜おぼろ影。
少しばかり機嫌の良い足取りであった。
その足が、止まる。
里の外れで、自分を待ち構えているかのように立っている紅白巫女の姿を見付けたからだ。
「……なんか用かよ。まだなにも悪さはしてないんだが?」
「嘘仰い。あんた、私から盗んだものがあるだろう」
言われた妖怪は、チッと舌打ちを一つ。そして、懐から数枚の札を取り出した。
「使ってねえぞ」
「そのようね」
手渡し。
そのまま巫女を横切って行こうとすると――
「お待ち、まだだよ」
と、声が掛かる。
もう一度、妖怪は舌打ちすると、懐の奥の方から……何処でくすねたのか、牙の生えたおどろおどろしい陰陽玉を取り出した。
「気に入っていたのに」
「あんたにゃ過ぎた代物だよ」
「……ホントにそうか?」
手渡しする前、巫女と妖怪は睨み合う。
「返さないつもり? 此処で一戦やらかしてもいいんだよ」
「珍しく好戦的じゃねえか。私なんざ、弱いもの虐めにしかならんから相手にしないって言ってたくせによクソガキめ」
「……そのクソガキっての止めなさいよ」
「クソガキはクソガキだぁ。お前、小さい頃から何一つ変わってねえじゃねえか。上から目線で物事を決めやがって。わたしが知らないとでも思ってンのか?」
陰陽玉を指の上でくるくる独楽のように回し、妖怪は牙見せ笑う。
対し、巫女は……殺気すら放つほどの剣呑を見せていたかと思っていたら、ふっ……と表情を柔らかくした。
「そりゃ上からに決まってるじゃん。私の方が強いもん」
「まあったお前ェは……!」
「試してみる?」
「……チッ!」
独楽のように回していた牙持つ陰陽玉を巫女に向けて差し出し……巫女が受け取る寸前、手前に引っ込めた。
「――なんのつもりよ」
「何処まで覗いていたんだよ」
「え」
「何処まで覗いてたかって聞いてんだよ」
「し……知らないわよ、そんなの」
巫女が視線を逸らし、あからさまに顔を赤らめる。
対し、妖怪は、にんまり口を笑み象った。
「助平巫女め」
「なっ……あ、あんたこそ何よ! あんな小さな子によくもまあ……!」
「おいおい、わたしは嫁になった女を手込めにしただけだぜ? それこそ上から下から朝から晩まで――」
「だまらっしゃい!」
「ヒヒヒ、なんだよ、想人がいるって聞いたが? 随分と初心なこって」
「余計なお世話よ、はよ返せ!」
巫女が伸ばしてきた手を捕まえ妖怪は、巫女の華奢な身体を引き寄せ、そして、抱く。
「ちょ――」
「……少しは慰めろよ、良人を喪った未亡人だぞ、こちとらァ……」
「…………正邪…………」
巫女の手が、おずおずと妖怪の肩を一瞬抱いて――。
すぐ引き離してじろりと睨む。
――妖怪天邪鬼は、アカンベーして笑っていた。
「ほんとにアンタってヤツは……」
「姫に伝えとけ、ちょいと傷心の旅に出てくるってよ……ヒヒヒ! もう少しだけ、コイツは借りとくぜ!」
「あっ――」
そのままスタコラサッサと背を向け走り出す。
正邪、そう呼ばれた天邪鬼は、甘い毒のような耳触りのその言の葉の余韻をしばし愉しみつつ、追いかけてこない巫女にやや残念な気持ちを燻らせつつ呟いた。
「巫女の真似事ってのも、マァ悪くはなかったぜ。なぁ、お雪。すっかり騙されただろう?」
――あの子が好きだと言っていた全てのものを、もう一度採って回ろう。
冷やした西瓜に赤茄子つけて、素麺に鮎に岩魚に鰻、膨れた腹に追い討ちたっぷりの黒蜜かけた心太を流し込む……向日葵畑には近寄れないが。
精付け生き汚くあれ。
なあにお互い妖怪だ、そのうちまた見えることもあるだろう。
その時の自分が同じ天邪鬼であれば、それは嬉しいことだなと正邪は思うのだった。
おわり