Coolier - 新生・東方創想話

天の狗と人の子

2021/06/04 16:01:40
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三章 2度目の

 大天狗様と出会ってから、一つの季節が過ぎた。秋は終わり、極寒の冬を終えて春へと向かっている。
 里の空を春告げ精が飛んでいるのを私は買い物に出ている最中に見た。今年は雪が酷く、妖怪の山で雪崩が起こった、と慧音先生から聞いて、ふと思ったのが大天狗様の事だった。

 ……あの方はお元気になされているのかしら……

 そんなことを考えながら両親に任された買い物をしていく。冬の間に無くなったものを持って会計をしていく。
「チヨさん、蝋燭十本でいいんですか?」
「ええ、お願いしますね」
「三十銭になります」
 ちゃりん。私は渡す。
「まいどあり。チヨさん少し休みなよ。ボーッとしてるよ」
「ああ……ありがとうございます」
 本当に冬の雪崩の話を聞いてから大天狗様のことで頭がいっぱいで。しかし誰にも言えなくて。この気持ちとお礼をどうすればいいのかが分からなかった。
 ガララ、と店を出た時にヒュウと冷たい風が吹く。春の始めだからだろう、まだまだ冷え込む。
 私はなにがしたいのでしょうか。そんなことを他人事のように思った。

「ただいま」
 がらら、と私は家の戸を開けた。
「おかえりチヨ」
 母が返事をした。土間に買ったものを置いていく。米は母に渡すために別にしていく。
「これでいい?」
「いいわよ、ありがとう。それとそろそろ野菜の種を植えるから蔵から出しておいてくれないかしら。まだ手を離せなくて」
 母は春用の新しい羽織りを作っているみたいなので、私は頷いて蔵に向かった。

「はあ……どうしようかな……」
 ため息をつきながらギイイと重い蔵の扉を開く。言われた野菜の種たちを出していく。
 私はあの大天狗様に会いたい。会ってお礼を言いたい。人間ごときが妖怪に適わないはずなのに、そんな無謀なことを考える。
 何よりお礼がしたいという自己満足。それで自分が死んだとて良いと思うばかり。周りのことも何も考えていないのです。
 頭を悩ませながら私は仕事を続けた。

 ***

 今日は巫女様が里に来る日。妖怪の脅威が無いかを見てくださる日です。
 この時の里の人は巫女様に失礼のないように言います。守ってくださるのは巫女様だけなのだから、だと。
 私は個人的にお話をしたことはありません。それでもとても強い方なのだと思います。凛とした横顔。紅白の巫女服。……それでも私は大天狗様の方が──って、何を考えているのでしょうか。
 そんなことを里の入り口で待ちながらぼうっと考えていますと、巫女様がやって参りました。

「お待ちしておりました」
「出迎えなんぞいらないと言っているのに……」
 巫女様は苦笑しながら里に入ってきた。
「そういう訳には行きませんでしょう。どこを見て回るのです?」
 私は返事をしながらどうするのかと問いかける。
「いつもの所を見るよ。一人でいいからあなたは帰ってくれていい……が」
 呆れたような顔の巫女様。しかしなにかに詰まるような感じでありました。
「あなたは……チヨさんかな? 前に話を聞いた人柄と似ているから」
「……そうですが。どうなさいました?」
 私は巫女様に何かをしたのでしょうか?覚えがありません。
「そんなに怪訝そうな顔をしないでくれ。なに、山に入って生きて帰ってきたって前に里の人が大騒ぎをして私に報告に来てくれたからな……」
「そんなことが……」
 妖怪の山に入って生きて帰って来たことは大騒ぎとなったことは分かっていましたがそのあと、落ち着くまで家にずっと居ていたので聞いていません。本当は両親が聞いていたけれども何も言わなかったのでしょう。
「恐らくだろうけれども、天狗に助けてもらったのでしょう?」
「……」
 私は巫女様の顔を見続ける。
「ああ、答えは言わなくていい。けれどね、本当に助けてもらったのだとしたらもう関わらないこと。人のような見た目をしていても天狗は妖怪。いつ襲われるか分からないからね」
 巫女様にとっては人間は守るべきもの。里にわざわざ来る理由もそうなのでしょう。
「……巫女様、ありがとうございます。つかぬ事をお聞きしたいのですか良いですか?」
 お礼をして私は問う。
「私が答えられることならいいですよ」
 巫女様は笑顔で答えた。

「本当に妖怪は悪いものなのでしょうか?」

 巫女様の笑顔は消えた。
「……それを決めるのは人間です。けれど幻想郷(ここ)に住んでいる以上、妖怪を畏れないと生きていけなくなります。ここはそういうところ。それを忘れないことです」
 そう言って巫女様は里の中を歩いて行ってしまった。私は何も出来なかった。巫女様の雰囲気か恐ろしいものでしたから。
 ……巫女様、すみません。私はどうしても妖怪に対して疑問を持ってしまったのです。

 ***

 春も深くなって桜の見頃になった時。私は大天狗様にお礼を言いたく、一人で山を登ろうとしていました。巫女様の言ったことは忘れていません。しかし私は死んででもお礼を言いたいのです。本末転倒と言われればおしまいかもしれませんが。
 天狗様は豪酒と言われておりますので里のお酒を持っていきましょう。
 そうして私は両親に友達の家に少し泊まる、と嘘をついて妖怪の山に向かいました。
 まだ夕方ではないですが急ぎましょう。いつ妖怪に襲われるか分かりません。そもそも、妖怪の山に登ろうとしている時点で殺されることも前提なのですが。
 妖怪の山の麓について立ち止まる。

 一つ、深呼吸。

 私は覚悟を決めて山に入ろうとしました。
 一歩、歩いた時にいきなり草陰から何かが出てきました。

「待て。そこの人間、山に入ろうというのか」
 そこに立っているのは刀を構えた男性の白狼天狗様でした。
「個人的にお礼をしたい方がいらっしゃるのですが山には入れませんか」
「そんなことができるとでも?」
 そう言われることは確実でしょう。ですが諦めることは出来ません。
「お礼だけ終われば殺してもらっても構いません」
「お前……馬鹿にしているか?」
 白狼天狗様は刀を構え直している。ああ、殺されてしまうんでしょう。そんなことを思いながら白狼天狗様を見続ける。私に出来ることなどないのですから。

「おい、何をしている」

 空から声が聞こえたと思ったら白狼天狗様は風に飛ばされていました。
 声の持ち主を理解して私は硬直しました。今一番お会いしたい方の声だったので。

「ふむ……手加減を間違えたか。あやつに後から謝るか……して。人間……いいや、チヨだったか……」

 声をかけようとする間もなく私の視界は揺れた。

「口を閉じていろ。舌を噛んでも知らぬぞ」

 バサッと大きな音がしてから、気がつくと私は大天狗様に荷物のように担がれて空を駆けていました。驚きのあまりその後の記憶はありません。

 ***

 意識が浮き上がって私は飛び起きる。ここは……前に泊まった洞窟……
「起きたか。とりあえず私の前に座れ。逃げることは許さん」
 起きたそばから大天狗様からの怒気が。あわあわと私は前に正座する。
「あの、大天狗……様」

「黙れ。人間、お前にここにもう来るなと言ったであろう。何故ここに来た。理由は聞いてやる。殺すかどうかはそれを聞いてからにしてやる」

 私は大天狗様のお顔を見ることが出来ません。本当に怒っておられます。誰が見ようとそう思うはずです。私は大天狗様のご好意を無下にして自己満足でここにやって参りました。全て本当のことを話すしかありません。

「わ……私は…… 」

 声が震える。大天狗様の怒気によって身体はすくむ。

「なんだ。しっかりと言え」

「わ、私は! 大天狗様にお礼をしたかったのです! 助けてくださった貴女に! お礼を、したかったのでございます……」

 恐怖に震えながら、私は、言い切る。貴女様のためにしたかったのだと。
 暫しの静寂が訪れる。私は言ったあとは俯いて地面を見ていました。
 はぁ、と大天狗様のため息が聞こえました。
「お前は……」
 声に釣られて顔を上げる。本当に呆れたようなお顔をしておられました。
「怒る気も失せた……しまいに殺す気も失せた。しかしこれだけは聞きたい。なぜお前はそこまでしようと思うのだ」
 蒼の瞳で私に問いかけてくる大天狗様。
「貴女様に、恩を感じているからです。死に絶えるものを救ってくださったのですから……」
 深くお辞儀をする。こんな自己満足に塗れた人間を殺さないで置くのはとても不思議にございます。聞くことは叶いませんが……
「……そうか。もう頭を下げなくていい。お礼がしたいと言ったが里に送ろうか。もうここにお前はいてはならん」
「あの……お酒を持ってきたのですが、どうでしょうか」
 持ってきたお酒が入った袋を大天狗様に差し出す。
「まあ、気持ちは無下には出来んからな。頂くよ。それとお前さん。担いでやるから里に送るぞ」
 そう仰って大天狗様は洞窟の外の方にスタスタと向かっている。
「……あの。また来ても良いですか……?」
 おずおずと聞いてみる。
「お前さんは頑固みたいだからな。殺されない自信があるなら来ても良いよ。しかし殺されたからと言って保証は出来んぞ?自己責任だ」
 その言葉を聞いて私は嬉しくなる。
「時々参ります。ありがとうございます……!」

「本当、お前は変わっているな……意外と……」
 何かを呟いていらっしゃいますが、それ以上は聞こえませんでした。
「外に出るぞ。当分は来るなよ……」

 私は大天狗様に抱えられて里に戻って行った。

 ~*~*~

 あの人間を送った後に私は貰った酒を飲みながら考える。
 しかし、あの人間は変わっている。来るなと言ったはずの山を登ってきたのだから。しかも私にお礼をしたいがために殺される覚悟で来たのだから。あの人間と鉢合わせた白狼は殺す気でいた。私が日課の千里眼(白狼よりは劣る)で見なければ生きていなかっただろう。
 ……あの人間には何故か惹かれる所がある。こんなことを言ったら私はおかしいのだろうが。そんな気がする。
 さて、あの人間は死なずにここに来れるのだろうか、そんなことを気にしていた。
 酒の喉を通る熱さが私を正気にしていた。

 ***

 結果的に言うとその人間は何度も山に登ってきた。悪運ような良さで白狼たちから逃れて私の住む洞窟まで来るのだから。

 パンパンパン。
 この人間はここの入口に着くと決まって三回手拍子をする。
「……よく来たな。しかしお前さん、本当に運が良いな」
「私にも分かりません。死なないと言うことは貴女様に会っても良いと言われているように思うのです」
 帰りは基本私が送り届ける。ここに着いて帰った時に死なれたら夢見が悪いからと言う理由で。
「大天狗様。お酒をお持ちしました」
「おお、ありがとうな。それと、大天狗と呼ばれるのはむず痒いから私のことはすみれ、と呼んでくれ」
 顔を見ながらお礼を言ったついでに呼び方を変えてくれと言った。人間は呆気に取られたような顔をしている。
「それは……大天狗様のお名前、ですか?」
「ああ、そうだが。ずっと大天狗と呼ばれるのも味気ないと思ってな。出来ればでいいぞ。チヨや」
 くす、と笑いながら名前を言って困惑させることを楽しむ。案の定、固まってしまった。
「あっ、あの、わ、私のな、名前……」
 河童の壊れたような機械のようで面白いと思う。
「カカカ。落ち着け落ち着け。河童の機械のようになっているぞ」
「そんなことをおっしゃらないでください! いきなり呼ばれて困惑していますのに!」
 顔が真っ赤のチヨ。私はこの人間を好ましく思い始めたのだろう……
「普段は呼ばんでもいい。今だけ呼んでみてくれないか」

 あーやら、うーやら、言いながら頭を抱えていたチヨは私の顔を見た。

「す、すみれ様……これで、良いんですか……」

 何故か私の顔も赤くなった。
 そうして私たち二人は顔を赤くしながら暫しの静寂を味わっていた。

 ***

 そうして人間の女、チヨと出会ってから季節はいくつも廻った。

ある時は春の見所の桜餅を持ってきたり。
ある時は夏に私が担いで山の外に出かけたり。
ある時は秋で秋姉妹にお参りに行ったり。
またある時は冬を一人で過ごしたり。

 気がつけば私は天魔になりかけていた。片足を突っ込んでいると言った方が適切だろうか。いよいよ今の天魔様は危篤に入り、 天狗内の派閥によって代を早く変えろとの意見が出始めていた。
 私が天魔になることは本当に確定らしくどうにもむず痒い。自由な大天狗のままでいたかったのだが……

 パンパンパン。
「大天狗様、いらっしゃいますか」
 いつもの合図なので私は洞窟の入り口に行く。

「ああようこそチヨ……と、犬走? どうした?」
 チヨの隣に犬走がいたものだから驚く。

「こんにちは、次期天魔様」
「やめろやめろ。犬走まで言われたら張り倒したくなる。今は大天狗と呼んでくれ」
 この、次期天魔と呼ぶのを本当にやめて欲しい。私にはどうしようもないがな……
「それならば大天狗様。この人間が他の天狗に巻き込まれていたので送り届けただけです。人間遊びも程々にしてくださいよ」
 言いたいことだけを言うと犬走は飛び去ってしまった。

「あやつめ……」
「大天狗様は天魔様になられるのですか?」
 さっきのやり取りで分かったのだろう。と言ってもだれでも分かる事だが……何故か何も言えなくてコクンと頷いただけであったが。
「あら、おめでとうございます、でいいのかしら……」
「それは皮肉かな……まあいい、それでチヨは今回どうしたのだ」
 私の話などどうでも良い。それならばチヨの話を聞いた方が良い。

「そうですね……里の男性と結婚することになりましたので会えなくなると言うことを伝えに参りました……」

 ここに心在らず、のようだ。

「それはおめでとうで良いのか?」

「本来はそうなのかもしれませんが……気がつけば私のお相手を決められていて、子供を残せやら、やっと一人前になれるなど。私は一人で死にたいと思っていたのに……」
 その辺は人間のしがらみと言って良いのだろう。子を残すために、人間という生き物が死に絶えないように。

「死なない自信があるならまたここに来れば良い」

「大天狗様は天魔様になりますのに……無茶なお方……」
 それを言われればどうしようもないのだが。ふむ。それならば……
「チヨや、お前さんが持ちやすい小石を拾ってはくれまいか」
「小石ですか? ちょっとお待ちください」
 しゃがんで拾っているチヨ。この方法ならば少しだけ話すことは出来るであろう。
「この小石ならば……」
 女の手に収まる大きさの石を渡される。この石に私の妖力を注ぎ込み、そして適当に拾った小石に同じように妖力を注ぐ。注ぎ終わったのを確認してチヨに小石を渡す。
「ほら、この小石を持って帰れ。誰もいない時にそれに話しかけると良い。少しだけ私と繋がって話すことが出来るから」
「あ、ありがとうございます。大天狗様と話せることが分かりましたら少し気が楽になりました……」
 とても嬉しそうな顔で話す。こんなことで喜んでもらえたのなら私は嬉しい。
「ほら、里まで送ろうか」
 そう言って私はチヨを担ぐ。
「よろしくお願いします大天狗様」
「そら行くぞ」
 ビュンと私は空を駆けた。チヨが来ないと少しつまらないなと思いながら。

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 チヨは結婚し、私は天魔となり。
 長く会うことは無くなった。風の便りで人里が変わった、などを聞くくらいだった。
 気がつけば博麗の巫女は代替わりをしており、命名決闘法などと言う遊びが追加された。確実にこの世界は変わっている。

 ……もしかしたらチヨや。お前さんと一緒に歩めた世界もあったのかもしれんな。

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