Coolier - 新生・東方創想話

天の狗と人の子

2021/06/04 16:01:40
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二章 初めての出会い

 あのお方に初めてお会いしたのはいつだったでしょうか。
 確か妖怪の山でしたね。私が迷い込んだ所を殺さずに助けて頂いたのです。その当時は命名決闘法も無く、妖怪退治と言えばもっぱら博麗の巫女様が妖怪を退けたり、殺してしまったり。
 人間と妖怪の仲が悪い時に大天狗のあのお方に助けて頂いたのです……今思えば何故殺そうと思わなかったのかは私には計り知れません。
 こんな老婆の昔話にお付き合い下さいませ……

 ~~~~

 私はもう生きていきたくなかった。
 家に縛られ、それも妖怪に怯えて暮らすなんてもううんざりしていたのである。
「ああ、消えてしまいたい……」
 そんなことを言いながら私は里の外を彷徨う。まだ妖怪が出る時間ではないので安全……とも言い難いが、フラフラと歩き回る。
 気がつくと妖怪の山の前まで来ていた。
 妖怪に見つかって殺されようか。それとも滝つぼに身投げでもしようか。そんなことを考えつつ私は山に入っていく。上に上に、登っていく。何故か妖怪に見つからないで大きな滝まで着いてしまった。ああ、これで楽になれる……そんな思いで、私は滝つぼに身を投げた。そこからの記憶は当分ない。

 ~*~*~

 私は秋の山の空を駆けていた。白狼天狗が哨戒をしているとはいえども、大天狗として私は自主的に見回りをしなければならない。まあ、会議のサボりとも言えるのだが。面が落ちそうになって、慌てて戻す。あまり素顔は見られたくないのだ。
 ふと、飛んでいる先の滝の方を見ると三、四人の白狼天狗が集まっているではないか。何かあったのかを確認しに行こうと思う。

「おい、お前達何があった?」
 声をかけると白狼天狗達はこちらを向く。
「だ、大天狗様……」
 少し怯えたように見られるのも嬉しくないものだ。
「何を見て……って、人間じゃないか」
 白狼天狗達の足元を見るとそこには人間の女が倒れている。
「犬走様が千里眼で見ていたら発見したとのことで、確認しに来ていたんです。ですがまだ生きているとはいえ、放っておけば勝手に死ぬとは思うのですが……」
 息も絶え絶えな人間。確かに放っておけば死んでしまうな。
「犬走はいるのか?」
「は、ここに」
 奥の方で人間を見ていたんだろう天狗が私の前に来る。パチャンと膝をついて答える犬走。
「私の責任でこの人間の処理はする。お前達は哨戒に戻れ」
「しかし……人間をこのままにしておく訳には……」
「私が全て責任は取るから大丈夫だ。お前達は知らなかったと答えればいい。お前達は散れ」
 ザブザブと私は人間の女の元に行く。そうして肩に担いだ。
「何か聞かれたらこの大天狗、すみれが勝手にしたと言え。お前達に責任はない」
 それだけ言って私は担いで歩いていった。

 私の住んでいる洞窟に着く。女の身体を吹き、服を着替えさせて、私の布団に横たわらせる。左肩を折っていたようなので固定させて、治しておく。しかし起きる気配はない。暖かくなるように火を起こす。これなら大丈夫だろうか。
 しかし……何故川にいたのだろうか。分からない。しかも何故私はこの女を連れてきたのか……まあいい、女が起きるまで私はここに居るか。
 そう言えば食料が無かったな。いつも里の方で食べるから……さすがに人間は連れていけないし、何か取ってくるか。
 そう思って私は外に出た。

 ~*~*~

 ううん……私は……何を……っ、肩が、痛い……
「お、起きたか。身体の調子はどうだ?」
 あなた様は……
「おおい、身体起こせないならそのままでいいぞ」
 私の意識が徐々に戻ってきた。私は……私は……!?
「ちゃんと目が覚めたか?」
 パチパチと燃える炎の先にその人はいた。初めに目に付いたのは麗しい黒の翼。そうして目線が移るは頭に被っていらっしゃる朱の頭襟。人ならざるものということが分かる。
「あなた様は……天狗様にございますか……」
「ん? ああ、そうだが?」
 飄々と答える天狗様。この烏天狗様は面をしていらっしゃる……? 烏面を被っていらっしゃる……しかし……私は滝つぼに飛び降りたはず。なぜ生きているのか……
「天狗様……私は……なぜ生きているのですか……」
 面で表情は分かりにくいが、少し面食らったように思う。
「なぜと問われてもな……おまえさんは川に流れて来たのを白狼天狗が見つけた所を私が保護……と言っていいのか?分からんがそうしただけだ」
 ああ、なんということでしょう。私は自殺にすら失敗して、天狗様に捕らわれたということなのでしょう……
「天狗様……人間なぞお好きにしてください……殺すも生かすもあなた次第でございます……」
「おおい。聞いてなかったのか? 私はおまえさんを保護したんだ。ほかの天狗に任すと殺されそうだったからな。気が向いただけだ。そこの所は間違えるなよ。それでおまえさん、名前は?」
 ああ、天狗様がなぜ保護など……なぜ殺さないのです……
「黙っていても分からんぞ。名は?」
 少し怒気が篭もっていたような気がした。
「名はチヨにございます。天狗様のお名前は聞きませんので……」
 すかさず私は名乗る。あまりこの天狗様には怒っているものが似合わないと思ったからです。
「ふむ、チヨ、チヨ、か。良い名だな」
「光栄にございます」
 手を軽く顎に当てていらっしゃる。少し考えているのでしょうか。
「私のことは大天狗と呼んでくれ。それでいい」
「だい……天狗様……」
 大天狗とは……!? そんなに位の高い天狗様だったのですか。
「そうだそうだ。それでいい」
 にこりと笑っている大天狗様。その笑顔はとても無邪気なお顔だった。
 少し無言になる。パチパチと火が燃えている。これから私はどうしましょうか。動けませんし、かと言って里に帰れるわけでもありませんし。
「人間」
「なんでしょうか……大天狗様……」
 声をかけられた。少しぼうっとしていたので少し驚く。
「数日間ここにいておけ。肩も少しひっつくまで様子を見なければならんが、直ぐに里に帰すからな。それまで養生しておけ。私がいない間は洞窟の入口は岩で塞ぐから薄暗くなるが許してくれ」
 言うことだけ言ったら大天狗様は立ち上がった。
「それと食事は置いておくから好きな時間に食べておけ。お昼はいないが夜は帰ってくるからな」
 そうおっしゃって大天狗様は外に出ていった。お礼も言う暇もなく。そうして洞窟の入口付近で大きな音がする。閉めていらっしゃるのだろうか。

 ***

 こうして私と大天狗様の少しの共同生活が始まった。
 大天狗様は忙しいみたいで日が暮れてから帰ってくる。その時に持ってきてくださるのが天狗の里にて作られたお料理。朝も木の実やおにぎりなど置いていってくれるのですが、だいたいお酒を飲まれて帰って来るのです。
「これを食べておけ〜」
 フラフラとしているものですからこちらが心配になります。
「大天狗様、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ、すぐ寝る……明日はここにいるからな〜」
 そんなことを言われつつ私は持ってこられたお料理をいただく。肩はまだ痛いけれども大天狗様の固定にて動かさずに済んでいます。利き手が右ですので動くのは助かります。今日のは何なのでしょうか。
 笹に包まれた袋から出すと焼き豚でした。人間の里は農家はあまり肉を食べません。と言うより食べられません。そもそもの動物が少ないからです。さすがに焼き鳥は烏天狗の大天狗様はお食べにならないでしょうけれど。
「いただきます」
 右手だけで手を合わせ、いただく。とても美味しい。
 ふと、大天狗様の方を見るとグゥと寝ていらっしゃる。しかし大天狗様はお面を外されない。なぜなのでしょうか。そんなことを思いつつ、散らばるように置いてある布団をおかけして私は食べていた。

 朝、大天狗様が岩を動かした音で目が覚める。
「ふぁ……大天狗様……?」
 私の声は聞こえたのかどうか分からないけれど、大天狗様はそのまま出ていってしまった。
 何も出来ないのでこのままここにいるしか無いでしょうか。それでも気になったので肩を動かさないようにしつつ、人が一人通れる空間を通ると、大天狗様は川に桶を持って水を組んでいた。
 紅葉がはらはらと舞う。とても綺麗です。
「おはようございます、大天狗様」
「ん、ああ、おはよう。それとバレていると思うが洞窟に戻ろう」
 私の右の手を取ってそさくさと戻る。
 地面に座り、大天狗様が桶の水を置く。
「ほら、これを使え。それと明日頃に里の前に送る。だからもう二度と山に登ってくるんじゃないぞ」
 それもそうですね……私は死ぬためにここに来たのに死ねませんでした。天狗様からすれば人間は邪魔ですものね。
「お水、ありがとうございます」
 少し手を濡らして顔を拭く。大天狗様は少し眠たそうにしている。
「ふぁ……あ。明日は早く出る。その時に起こすからな。私は少し寝る」
 そのままゴロンと大天狗様は寝てしまった。私に出来ることは無いですが……明日からどうしましょうか。死ぬために山に登って、私は死ねなくて。また疎まれているところに戻らなくてはなりません。結局は逃げるなというお告げなのでしょうか。そう言われるのであれば、私は従うほかありません。
 大天狗様の寝顔を見ながら私は決意を新たにしました。

 ***

 私は大天狗様の後ろをついて歩きます。朝に起こされてからは何も話さずについて歩いているだけでした。
 半刻(一時間)ほど歩いたのでしょうか。私の後ろから何かが飛びかかって来るのを見ました。咄嗟に大天狗様は飛びかかって来たものを吹き飛ばしていました。飛んだものを見ると狼……でしょうか。
「なんだ。この時期はまだ繁殖期じゃないだろう。何故こんなにも気が立っているのだ」
 そんなことを大天狗様はぼそぼそと呟いていらっしゃる。
 後ろからガサガサと草木をかき分けて誰か来る。
「人間!? それと大天狗様!?」
 白狼天狗様でした。私を見て臨戦態勢になってしまわれましたが……
「ああ、犬走か。こやつは今から里に返すのだ。だから襲うなよ。それで何かを追ってきていたみたいだがあいつか?」
 狼を飛ばした方に指を指す大天狗様。指した方を見ている犬走様。
「ああ、そうです……って大天狗様、吹き飛ばしたんですか? 殺してはいませんよね?」
「殺してはおらんよ。だた人間に襲ってきたから飛ばしただけだ。なんであやつはあんなに気が立っている? 何かあったか?」
 犬走様に聞いていらっしゃる。
「それが、群れといざこざがあったらしく、腹いせに弱いものを襲っていたみたいです。どうにか群れと和解させるために捕らえようとしていたので。殺していないのは本当に良かったです」
「ふむ……まあ、連れて行ってやってくれ。私は人間を里に戻したらすぐ戻る、そら行くぞ」
 大天狗様に手を取られ、私たちは山を降りていった。

 里が見えるところで大天狗様は止まる。
「ほら、着いたぞ。私は人間の里には入れんからな。ここまでだ。お前さんに何があったかは知らんが、もう二度と山に入るんじゃないぞ」
 ゴウ、と大きな風が吹いたかと思ったら次に見た時には大天狗様はいなかった。お礼すら言うことも出来なかった。そんな心残りを抱えて私は里へと歩いていった。

 私が里に入ると大騒ぎになった。数日前にいなくなった人間がもどって来たのだからそうなる。
「チヨさんが、戻ってきた!?」
「なんだって……本当だ!」
「妖怪に食われたって話じゃなかったのか!?」
 ああ、うるさい。声をかけられるが私は「家に帰ります」と言って人目から隠れるようにして家に戻った。

「ただいま……です」
 家の戸を開くと両親が項垂れるように座っていた。
「……ち、チヨ……か……?」
「あんた……チヨが……チヨが!」
 大泣きをする両親を目の前に私は何も言うことは出来なかった。
 わんわんと泣く両親をぼーっと見ていることしか出来なくて、私は、玄関に立ち尽くすしか無かった。

 私の後ろの通りがうるさい。混乱をしているのだろうか。
 ああ、戻りたくはなかった……ですが、大天狗様は私を殺さずに面倒を見てくれました。その恩を伝えるために私は、もう少し生きてみようと思います。

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