Coolier - 新生・東方創想話

鴉狼

2020/12/27 22:00:38
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3.5.心道




「□□□、君は、君たち姉弟は……」

 彼らを見てきた。
 最初は監視。天狗の里に人間を匿うなどあってはならない。
 次第に庇護。怪物から守らなくては。
 今は親愛。見続け、会話をし、遊び、共に食卓を囲む。まるでそれは――
 そんな中、まだ文には言えぬことがある。
 少し前、あの道具屋を訪れた外来人である宇佐見菫子に聞いた話。
 姉弟の写真を見せた時の彼女は驚愕した後、謎の納得を見せていた。

 ――「あれ? この子確か隣のクラスの……土砂崩れに巻き込まれて亡くなった人だよね。こっちにいるんだ!」

 菫子が「なんでこの子の写真持ってるの?」と続けていたのを、椛は最早聞いていなかった。
 あまりの出来事。
 あまりの答え。
 あまりに、酷い。
 彼らは生きている。にも拘らず、死んだなどとのたまう。
 これは大天狗からの勅命である。先行し調べていた文と共に拐かしの真実を暴く。これはその一端で、重要な断片になり得るのではないか。
 だから聞くしか無かった。年端も行かぬこんな子供に突き付けるには、残酷が過ぎると葛藤しながら。
 所詮己は、下っ端なのだ。
 そんな言い訳が脳裏を掠め、二の句を紡ぐ前に□□□は椛に駆け寄ると、無邪気な面持ちをくるりと翻し、語りかけてくる。

「犬のお姉ちゃんはさ、僕らのことどこまで知ってる?」

 心臓が跳ねる。
 今までとはまるで違う、文とのくだらない喧嘩を仲裁した子供らしい彼とは別人のようだった。
 やはり駆け引きは苦手だなと嘆息し、椛は飲み込もうとしていた言葉を投げ掛けた。

「私は君達二人のことを調べていた。勿論、それは人里に帰すためだ。まるで情報は無くて、でも、ある陳腐な店先で話を聞くことが出来たんだ」

 □□□は話を黙って聞いている。
 椛は堪えきれず、瞼を閉じた。

「元より外来人の可能性は高いと踏んでいた。だから私は同じ外来人に尋ねた。『幻想郷』は時たま結界を越えて迷い混む者が現れる。その確認が取れれば、あとは博麗の巫女の仕事だったんだ……」

 山を警備するという仕事柄、野垂れ死んでいる人間が稀に発見される。処理もする。だが死体は死体。人であるが人ではない。辛うじて息のある者も発見されるが、助からない場合がほとんどである為に最期を看取ることが大半だ。
 知っている。人の死を。しかし、知らなければよかった。
 定命の者たちの生きざまなど。

「人間に肩入れすれば、ろくでもないことになることぐらい分かっていたのに……」

 文は以前から人間に対し思う部分があったらしい。最初にその片鱗が見えたのは山に突如として神が現れた時だったか。
 人間をわざと見逃したのだ。
 そんなことをする文に対し反発した。だが今は、少し分かるのだ。
 人間――人も我々と何ら変わりはしない。その短い生に凝縮されてはいるが、欲し、与え、そして前を見る。
 瞼の先、眼前にいるであろう少年もきっとそうだったに違いない。だから、頭に来る。
 何でもない、ただの無邪気な子供でいさせられたらと。
 短い生なのだ、我が儘ぐらい聞いてやれと。
 が、そんな想いは意味を成さない。

「君たちは、外の世界で死んでいるのか」

 薄く瞼を開き、□□□の表情を窺う。
 少しだけ自嘲めいた顔をしている。

「……そうだね。僕らはあの時、多分死んじゃったんだろうなぁ」

 嫌な話だ。聞きたくない。
 でも、聞く責任があると、椛は感じていた。

「これから話すことはお姉ちゃんは知らない話。でも、ほんとは知らなきゃいけない話。だから犬のお姉ちゃんはしっかり聞いて。大切なことだから」

 □□□は椛の手からボールを取ると両手で玩びながら、大切な話をまるで神の視点のように語った。
 その内容は俄に信じ難いものであり、作り話にしても真実にしても、ここまで救いが無いのならば聴衆は耳心地悪く立ち去るだろう。
 しかしそんな聞くに耐えない話によって推理が嵌まり、また覆されていった。

「大体の話をしたところで、多分一番不思議に思っていることを説明するね。僕らは怪物に刺されたのに、なんで生きてるのか……」

 いまいち彼の話が作り話の域を出ていないと思うのはそこが曖昧であったからだ。
 話によれば、姉弟は首を針で貫かれている。針と言ってもまち針のような物ではなく、貫くことで風穴が空くサイズの物だという。当然そうなれば絶命は確実だ。
 願いを叶える力を持つ樹――怪物の正体がそんなオーパーツのような物だとしても、生命そのものを好きに出来る者など如何な『幻想郷』と言えどそうはいない。
 存在をいじり、形を変え力を与えるまでは出来ても、自然に根付いた純粋な生命の方向性をねじ曲げるのは、噂に聞く月の科学力ぐらいしか実現し得ないだろう。
 だが事実として二人は一度命を奪われ、甦った。

「ちょっとややこしいことになってるから、順番に。この体になって分かったことなんだけど……あいつは本能のままに行動してるんだ」

「願いを叶える力自体が、本能による産物だと」

「うん。あいつは願いを叶えて、幸せな人間を食べるんだ。そうしないと食べられない。そういうものらしい」

 なんとも不可解な。
 椛は顎に手をあて、視線をはずしながら、少しばかり聞きづらい疑問を吐露した。

「なら、その……君達が生きているのは変じゃないのか?」

「……僕らの願いは――二人で一緒に生きていくことだったから。だから、あいつは一度僕らの命を食べてから生き返らせた。でも、願った本人達を生き返らせるなんてあいつにとっても想定外だったんだと思う。他人を生き返らせて欲しいという願いなら、幻を見せたりで済んだんだろうけど」

 息を呑む。
 語る年端も行かぬ少年の表情は、およそ年齢に相応しいものではなかった。
 まるで何かを悟り、全てを諦めた者のそれである。

「生き返らせることが出来なかったあいつは、自分の体の一部を使って僕らの形を作って、記憶を移し変えた。これで願いは叶ったことになる。
 でもまた、想定外のことが起きた。願いを叶える力の一部まで僕らには与えられていたんだ。あいつの力は"他人の願いを叶える"力。だから僕はお姉ちゃんの力を使って"出来るだけ遠くに逃げたい"って願った」

 結界に動きがあれば管理者である八雲紫が動かないはずがない。博麗霊夢もまた同じくだ。しかし今回この二人は大きな行動を起こしていない。それどころか、人里で文と情報交換をしたという。これは霊夢自身、取っ掛かりすら掴めていない状況だったに他ならない。
 八雲紫や博麗霊夢に気取られずに入り込むために、結界を抜けるという力業ではなく、『幻想郷』に直接転移したということ。
 滅茶苦茶な話であるが、辻褄は合う。

「今ここで起きてる事件、あいつは心の奥にある考えとかを感じて形を変えられる。僕らの時は誰かが考えた不思議な樹として、こっちでは――」

「〈願い石〉……」

「うん。誰かが考えたんだろうね。で、簡単な願いを叶えて、自分の力を知ってもらって、誘き寄せて、食べる。僕らを追い掛けるために力を溜めてるみたいなんだ」

「狙いは君達の力?」

「多分」

「だから、誰かに守って欲しいという△△△の願いを利用した?」

 □□□は答えない。ただ俯く。

「随分勝手な言い種だ。災いの種をばら蒔いたのはそっちだってのに、巻き込まれた私達が処理するんだから」

 椛の物言いに子供相応にしおらしくなる。
 ふふんと少しだけ笑みを浮かべ、続けた。

「――だが、それが保護者としての務めなんだ」

 □□□は驚いた表情で顔を上げる。

「話を聞く限り、君達二人は随分大人びてる。悪いことじゃないし、きっと周りはそんな振る舞いを誉めただろうね。でもそれは、あくまで外の了見だ」

 椛は懐から一枚の写真を取り出し□□□に見せた。そこには情けない表情をした、宴会での文が写っていた。

「こんな間抜けな顔をして、千年も生きている。頭はキレるがその実ただの幼稚な甘えん坊。君達から見ても情けのないやつに見えただろう。でもね――」

 慣れないことをしているな、という自覚はある。
 しかしやらなければ、言ってあげなくては、誰が彼らに教えてあげられるのだ。

「君達を助けようと動いてる。最初は私欲からだったろうし、次は願いを叶える力を使われた結果だったのかもしれない」

 △△△は言う、一人では生きられない。いつも支えられている。だから他への感謝は忘れない。
 裏を返せば、これ以上助けてもらうなんて出来ないという考え方である。
 二人は誰かにすがることなどしてこなかったのだ。
 そんな生き方をして、そんな世界で、誰にも教えて貰わなければ分かるはずもない。

「でも今は違う。全力で君達を助けるために動いてる。きっとそれは、全部片付いた時にこう言うためだと思う」

 椛は自分に出来る、最大の笑顔を湛えて言う。

「この世は楽しいぞって」

 この世界は楽しいことに満ちている。だが楽しいことも、抑圧されれば視界に入らない。

「そいつはね、甘えん坊ゆえに世界を楽しんでる。常に顔色を窺う姉と、わざとらしい子供らしさを演ずる弟に対して思うところが無いはずないんだ」

 椛は□□□の頭をくしゃと掻くように撫でた。
 示すには何とも説得力の薄い、しかし精一杯の語りかけ。
 それでも、心の行くべき道ぐらいは切り開けただろうか。
 □□□の目尻に光るものは、きっとその証拠であるのだと、そう信じたい。
 そして痛む心を、悟られていなければいいのだが。

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