Coolier - 新生・東方創想話

情緒不安定乙女と口下手店主

2020/07/18 17:34:57
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取ってもらった。そこまではいい。
ところがその後霖之助は、何の疑問も持たずにそれをぱくっと食べた!
「ななな何やってんだよ!」
「何って、米の一粒にも感謝を捧げただけだが? ところで顔が赤いぞ、本当に大丈夫か?」

ここまで分からず屋だとは……いや分かっていたけど!
恥ずかしいような脱力したような気分になって、流しで茶碗を洗う。
ところでこの茶碗、なんでこうもぴったりな大きさと色合いなんだろう?
「実は夫婦用なのかなぁ……なんちゃって」
「そうだぞ」

心臓が跳ね上がった。危うく茶碗を落とすところだった。
振り向けば霖之助。戸口から漏れる月明かりが、彼の顔をぼんやりと浮かび上がらせている。
「浮世離れしている僕でも分かるし、何よりこれはウチの商品だ。まさか、知らずに使ったのか?」
「……あぁ、そうだよ。大きさもちょうどいいって思って」

流し目になって、汁椀を洗い続ける。
彼はメガネを直した。
「そうか、なら僕の気のせいだな。すまないな、洗い物の最中に。ところで先に風呂へ入ってきてもいいか?」
「へ? 風呂の順番なんてどーでもいいだろ、あたしはその後にするよ」

なんで謝ってきたのか分からない。頭にハテナを浮かべたまま、魔理沙は食器を片付けた。
畳の上にごろんと転がって、天井を見る。人の家に来ておいてナンだが、今日はいつもより疲れた。
お湯がばちゃばちゃ跳ねる音がする。薪の爆ぜる音がする。虫の鳴く音がする。月が部屋を柔らかく照らしている。
普段なら何でもないような音も景色も、今はとっても落ち着く。
少しだけ、もう少しだけ──

***

「んぁ」

気付いたらうたたねをしていた。
何分くらいだ? もう風呂は空いているのか?
「おや、起きたか。丸まってるネコみたいで可愛かったぞ」

霖之助の顔が真上に見える。枕でも敷いたみたいに頭が上に向いている。
ってこれ、膝枕されてる?
「寝起きですぐ風呂に入らない方がいい。少しここで目を覚ましてから行きなさい」

手櫛で髪を梳かれる。差し込む月の光で、金色の髪がキラキラ輝いた。霖之助の銀髪も、その灯りを柔らかく受け止めている。
寝っ転がったまま霖之助を見つめる。
「あたし、何だかんだ言って動き回ってたから……その、汗、落としたいんだけど」
「そう言うな。魔理沙の匂いなんてこの家にいつも充満してるじゃないか」
「むぅー、それどういう意味なんだぜ?」

とうとう霖之助までからかい始めた。本当に、本当に、どこまで行っても分からず屋め!
「魔理沙がいないと寂しい、ってとこかな」
「えっ……?」

彼はニコッと笑った。その顔から心が読めない。
ずるい。本当にずるい。
「ふ、風呂入ってくる!」

バッと魔理沙は跳ね起きて、風呂場へと向かった。
あんまりにも紫が来すぎているから、からかい屋の性分が移ったんだ──そう思うことにした。
服を脱いでかけ湯をして、全身を洗って湯船に浸かる。ちょっと熱めだが、それもまた気持ちいい。
「こーりんが入った後のお湯……」

あ、まずい、のぼせそう。
さっきの質問は、つまりこういうことだったのか。
後の後悔先に立たず。魔理沙は湯船の中でぶくぶく言いながら、とりとめのないことがひたすら浮かんでは消えていくのを水面の奥に見ていた。
いつもいつも、視界の片隅には彼がいた。朝も、昼も、夜も。春も、夏も、秋も、冬も。
この気持ち、どうしていいか分からない。
魔理沙はしばらくそのまま微動だにせず、風呂から上がった頃にはすっかり茹だっていた。
「こぉーりぃーん、酒あるかぁ?」
「あるぞ。少しだけ晩酌しようか。アテは漬物くらいだが」

ぼけーっと歩いていたら、やっぱりいつの間にか霖之助のヒザに収まっていた。もうどうにでもなれと思いながら、たくあんをぽりぽりかじる。
猪口に注がれた酒を見て──ぐいっと一息に飲んだ。
「おいおい、あんまりペースを上げるもんじゃないぞ」
「うるへぇ、もーっとこの可愛い魔理沙ちゃんにお酌しろぉー」

一献、もう一献。
二合、いや三合も飲んだか。頭も身体もふわふわしていて気持ちいい。
「なんでぇ、この魔理沙ちゃんがこんなに好き好きってゆってるのにぃ、こーっりんってばどこまで鈍感なんだよぉ」
「飲み過ぎだぞ魔理沙。もう寝なさい」
「やだぁ、ずっとじゅーっとこーりんと一緒にいるのぉ」

口が回らない。そんなことは分かってる。
でも止められない。
「こーりん、大好きぃ」
「はいはい、僕も大好きだよ」
「えへへぇ、やったぁ!」

ごろごろしながら甘えまくる。
やがて身体から力が抜けてきて、頭にモヤがかかってきた。
「全く。まだまだ手が焼けるな」

そんな声が聞こえた。
ふわっと抱き起こされる。またお姫様抱っこだ。
むにゃむにゃの目を半分開くと、そこには霖之助の顔。
あぁ、今、独り占めできてる……
布団に寝かしつけられて、ぽんぽんと肩口を叩かれる。
「それじゃ、おやすみ魔理沙」
「……やだ」

霖之助の裾を掴む。いなくなっちゃやだ。
じわ、と目に涙が浮かんでくる。
「いっしょじゃなきゃ、やだ」
「本当に手の焼けるお嬢様だ。本当にちょっとだけだから、頼む魔理沙、手を離してくれ」
「はぁい」

ふっと手を離すと、彼は片付けたり灯りを消したりして、すぐ戻ってきてくれた。
そのまま同じ布団に入って、隣にいてくれる。
幸せ……
「おやすみ、魔理沙」
最後に霖之助は、おでこにちゅーしてくれた。
しゃーわせ!

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