Coolier - 新生・東方創想話

情緒不安定乙女と口下手店主

2020/07/18 17:34:57
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魔理沙は彼を見上げた。
銀色の髪。メガネの奥に見える、優しげな目。暖かくて大きな手が、どこまでも安心させてくれる。
後ろ髪を触ってみた。どうやらさっき布団に入った時にちょっとクセがついていたらしい。櫛がスッスッと入って、一回ごとにサラサラ流れていく。
「初めて魔理沙の髪を梳かした時、このくせっ毛の梳かし方を憶えるのに一苦労だった。十年以上前の話だ、もう覚えてないだろう?」
「覚えてるよ。それにこれはウェーブっていうんだ。外の世界じゃ割とフツーらしいぜ?」

覚えているのは、訳がある。
左手を軽く三つ編みに添えて、くるくると弄んだ。続けて一旦解き、サッサッと手際よく結んでみせる。
「これ、初めて結ってくれたの、こーりんだったんだぜ。あの後いーっぱい練習して、一人で結べるようになったんだ」
「……そうか、覚えていたか」

霖之助は優しい声になって、わしわしと頭を撫でてきた。うにゅっと声が漏れて、心地よい感覚が全身を包む。
「あったり前だろ? こーりんとの思い出で忘れたことなんて、たったの一つもねーよ」

霊夢とじゃない。紫とでもない。自分と話してくれてる。それが今は何よりも嬉しい。
ネコみたいにごろごろヒザの上で大人しく髪を梳かされる。ふにゃっとだらしない顔になっているのが自分でも分かる。
ただ……それでも構わない。誰もいなくなって、霖之助を独り占めできるのなら。
「さて、そろそろ店じまいだな。明日来る客人のために品出しをしたいんだが、少し手伝ってくれるか?」
「あぁ、いいぜ? こーりんのお願いじゃぁ断れないよな?」

いつまでも座っていたかったのに。今日も、明日も、明後日も。でも、そんなわがままはもう通じないってことも分かってる。
魔理沙は仕方なく立ち上がった。霖之助に案内されるがままに棚へ行き、そこからいくつかの箱を取り出して並べていく。上の方にある箱は脚立で登っては荷物を下ろして彼に渡した。
これ、誰に売るんだろう? そんなことを考えながら上の方にある箱を引き抜いた瞬間、手元がお留守になっていることに気付いた。
「わ、わ、わ!」
「危ないっ!」

身体をひねる! 身体が空に舞う!
霖之助が抱きとめてくれたが、そのままもつれ合うようにばたんと倒れ込んでいった。
「いたたた……ごめん、こーりん」
「僕のことはいい。大丈夫か、魔理……」

何故か名前を呼ぶのが途中で止まった。
なんだか胸の辺りがむにゅっとしている。
目を下に落とすと、霖之助の手が当たっていた。
頭が瞬間沸騰した。口がぱくぱく動いて、でも声は全然出てこない。
「す、すまん……」
「あ、いや、あたしが悪かったんだ。気にするな」

気にしなくていい。たった一言なのに、あわあわ唇が震えるだけで、霖之助の瞳を見つめることしかできなかった。
「できれば、身体を起こしてくれないか?」
「あ、あぁ」

手を床に突いて、ゆっくりと起き上がる。霖之助の手が離れていく。ホッとしたような、残念なような、複雑な色の感情が頭の中でぐるぐる回った。
荷物は無事だった。それを揃えると、魔理沙はスカートの裾を軽く払った。
「……やっぱこーりんもさ。おっきぃ方が好きなの?」

ぼそりと呟く。
自分の胸をぺたぺた触ってみる。そりゃ紫ほどには大きくない。霊夢には──勝つか負けるかいい勝負くらい、だろうか。
霖之助がこっちへ振り向いた。
「そうだな、店は大きい方がいいな。さっきみたいな危ない目に遭う可能性も減るだろう」

盛大にずっこけた。
思い返すまでもなく「こいつはこーゆーヤツ」だった!
ぶすっとほっぺたを膨らませて、表へ出て暖簾を下ろす。
「もう遅いから、今日は泊まってく!」
「ん? まだ夕方だろう? 少し頑張れば家に着けるくらいの時間帯じゃないか?」

胸の奥がズキズキする。さっきのは事故っちゃ事故だけど、なんでここまで気付かないんだこの朴念仁!
魔理沙はポケットに手を突っ込んで、キノコをどさどさ取り出した。マイタケ、シメジ、ヒラタケ、アンズタケ──
ちょっと多く取りすぎた気もするが、まぁ数日は持つし平気だろう。
「この可愛い魔理沙ちゃんが夕飯作ってあげようってんだ、ありがたく食べてくれよ!」
「いや、ここは僕の店であり家なんだが……」

べしっと彼の頭を叩き、台所へと向かう。さてどう料理したものかと思って辺りを見回すと、七輪があった。
これだ!
「こーりん、これ使っていいか?」
「いいぞ。ついでに炭の始末もやってくれると助かる」
「がってん!」

まずはご飯も炊いて、続けて七輪に火を起こす。炭に熱が移るまでしばらくかかり、やがて赤と黒の熱がゆっくりと立ち上ってきた。
「よし、頃合いだな」

網に菜種油を塗って、洗っておいたキノコを一つずつ載せていく。いい感じに焼けてきたら、醤油を一垂らし。
あっという間に、香ばしい匂いが鼻をくすぐり始める。お腹もぐぅぐぅ鳴り始めた。
霖之助も、このキノコくらい素直になってくれたっていいのに。
合間に味噌汁も作る。ネギがあったから適当に散らしておいた。霖之助は風呂を沸かしに行ったようだ。
「できたぜ」

ちょうどご飯も炊き上がって、焼けた分を皿に載せては運んでいく。さっき見つけた茶碗の内、大きい方は霖之助の分、小さい方は自分の分とご飯をよそっていく。
両手を合わせて、頂きます!
「ん、いくつも種類があるから、食べていて飽きないな」
「だろ?」

はぐはぐ食べながら、二人で食卓を囲む。皿に載った焼きキノコの山を見ていると、段々それが霊夢のリボンに見えてきた。
「通い妻」

霊夢の言葉が頭の中でリフレインする。通い妻、通い妻、通い妻……って、この状況、どう考えても夫婦じゃないか!
魔理沙は茶碗で顔を隠すようにして、ご飯を掻き込んだ。一瞬むせそうになって、今度は味噌汁を口に入れる。
「はーっ、はーっ、はーっ……」
「何もそんなに急ぐ必要はないだろう?」

人の気も知らないで……!
魔理沙はぷいと顔をそむけて、第二弾を焼きに行った。じりじりと焦げ目のついたそれを持ってきて、二人で黙々と食べる。キノコの焼き目と立ち上る湯気を見ている内に、少しずつ心が落ち着いてきた。
「おかわり、いるか?」
「あぁ、頼む」
「ネギがあって助かったぜ。全部真っ茶色になるところだったからな」
「確かに。気が利くな?」
「えへへ」

そうして二人は食べ終った。食器を片付けていると、上から霖之助が頭を撫でてくれた。
「食べなくてもしばらくは困らないからこそ、時々こうやって食事を楽しめるっていうのは悪いことじゃないな。ありがとう、魔理沙」
「どういたしまして、だぜ」

やっぱり撫でられるのは好きだ。心のトゲが抜けてふにゃっとなる。
自分でもちょっとだらしない顔かなと思っていたところで、霖之助の指がほっぺたに伸びてきた。
「魔理沙、ご飯粒ついてるぞ」
「え、どこ? 取ってくれよ」

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