お空が倒れてから一ヶ月経った。秋の紅葉は終わって雪がちらつく冬になっていた。あたいは仕事をしながら永遠亭に入院しているお空のお見舞いに行ったりしていた。まだお空の目は覚めていない。
この一ヶ月とても大変だった。何かの異変と見なされて霊夢さんが復旧作業中の地霊殿に突撃してきてあたいとさとり様はボコボコにされた。訳を説明しろと言われてもあたいは知らないので困惑していたら、さとり様が霊夢さんに対して守矢の神に聞けと言っていた。どうしてなのだろうか……
それはともかくあたいはこの一ヶ月、お空を殴り飛ばしたくて仕方がなかった。お空が何を思っていたのか知らない。それでも一人で勝手にして、また何も言ってくれなかった。それで目も見えなくなって、綺麗な羽を全部燃やして……バカ野郎。何であたいには言ってくれなかったんだ。バカお空。
さとり様は何か知っているのかも知れないけどいつもの通りに「お空が目覚めたら聞きなさい」と言って話す気は無いようだった。
ザク、ザク……雪がまた降って凍った上を音を立てて歩いていく。はあ、と吐く息は真っ白になっていて寒い。あの熱い灼熱地獄に戻りたい……竹林の入口に着くとさらに寒かった。
「なんで今日はこんなに寒いんだい……」
雪が降り始めていた。地底にも最近降り始めた雪。地上ほど寒くはないけれども、白いのを見てるだけもとても憂鬱だった。
「そりゃあ雪が降ってるからさ。あんたも燃やして暖かくしてやろうか?」
「おねーさん、そりゃ無いよ。あたいも炎を出せるんだから自分で温まるさ。それで聞きたいんだけど? なんでそんなにボロボロなの」
一人ボヤいていると、竹林の入口からボロボロになって出てきたのは白く長い髪を持つ人間、いいや蓬莱人の藤原妹紅だった。上のシャツは血塗れになっていて破れている。聞かなくても分かるけど……あの姫さまと喧嘩したのかな。
「いやー久しぶりに輝夜に奇襲したらぼっこぼこに殺されたよ。驚いた顔が面白かったからいいけどな!」
「おねーさんを私の車に乗せられないのが残念。持って行きたいのになあ。生き返るんなら乗せられないや」
蓬莱人たちの死に様はとてもそそる。だから車に乗せて地底に持って帰りたいのに生き返るんだから乗せられない。くそぉ、何か方法があればいいのに。
「おお、怖い怖い。死にゃしないけど乗せられるのは怖いな。そんで話が変わるがお燐はお見舞いか?」
「そうだよ。道案内してもらいたんだけど……」
そう言うと妹紅は歩き出した。あたいはそれについて行く。
「案内するからついてきなよ」
「一ヶ月してもらってたらそれぐらいわかるよ」
竹林の雪の中をザクザクと二人で歩く音が響いていた。
「こんにちは」
案内されてあたいは一人で戸を開ける。妹紅は玄関前で帰るって言って歩いていった。本当に何回来てもこの竹林は迷う。
「こんにちは……ってお燐さんですか。いつもの部屋に入ってくれてて大丈夫ですよ」
バタバタと洗濯物の籠を持ちながら月の兎、鈴仙がそう言って走って行った。鈴仙はよくバタバタしているなと思う。
「うわあああ!?」
あ、落ちてった。家の中に落とし穴なんかよく作るな。あたいは浮いてお空が寝ている部屋に行った。
「おーい、お空大丈夫かい?」
いつもの台詞で戸を開けた。お空の方を見たら、信じられないものを見た。
「……その声は、お燐……? ここどこ? 薄暗いよ……」
お空がベッドから起き上がっていた。あたいがいる方向に、顔を向けている。燃えた髪の毛は短く、真っ赤な火傷の跡、全身に包帯を巻かれた状態で……
「お……お、おくう……? お空!」
あたいは駆け寄った。起きているのが信じられなくて、半分泣いていた。
「お燐、なんで泣いてるの……」
「バカ、バカおくう! 心配かけやがって! なんで……なんで!」
「あわわ、泣かないでお燐……」
殴ってやりたかったのに頭の中で処理出来なくてあたいはわんわんと泣いた。永遠亭に響くような声だった。
「お空さん起きたんですか!? 師匠!師匠ーー!」
あたいの泣き声に気がついた鈴仙はバタバタとうるさい足音をたてて入ってきた。医者呼びに行ったのかまたうるさく出ていった。お空が起きたのが嬉しくて、信じられなくてあたいはさらに泣いてしまった。
あたいは診察室に連れていかれ、お空は医者に詳細な診察を受けていた。診察が終わったのか部屋の戸が空いた。
「落ち着いたかしら。診断した結果を言うわよ」
医者、八意永琳は書いた紙を見ながら告げる。
「結果から言うと少しづつ良くなってるわ。見えないと思っていた目は、薄暗くても周りの情報を受け取ってるみたいだし、身体の火傷も治り始めてる。後は様子を見ながらリハビリをすれば元に戻るでしょう。この回復力は神の力でしょうね……」
ふーん、そうなのか。わたしはとりあえずお空が起きてくれたことだけで良い。無事ならそれでいいのだから。
「……お空に会ってきても大丈夫ですか?」
「ええ、良いわよ。ただし手荒なことはしないでね。起きたばっかりだし、もう少し休養がいるから」
お礼をして部屋から出た。さっきは殴れなかったけれど今なら……
「お燐ーやっと来たぁ」
入る音で気がついたのだろう、こちらを見ていた。
「あたいじゃなかったらどうするんだよ……」
「お燐の足音だったもん。目が見にくいから耳が良く聞こえるの」
にこにこと笑っていて楽しそうなお空。タッとあたいはお空のベッドの傍に立つ。
「なあ……お空。聞きたいんだけど」
「なに? お燐」
無邪気のように笑うお空。私は今からそれを壊す。
「どうして、どうしてあんな無茶をしたんだい?」
問いかける。お空がどう思っていたのか知りたくて。あたいははさとり様みたいに全部分かるわけじゃないし、表情に騙されたりもする。だから聞きたいんだ。
「無茶ってなに? 私は何もしてないよ」
「馬鹿言え! 今こうやってお空は入院してるじゃないか! そんな怪我をして、一ヶ月も起きなくて! どの口が無茶をしてないって言うんだい!」
お空の言うことがあたいの怒りに触れる。怒鳴る、怒る、やるせなくなる……
「……私はさとり様やお燐が無事ならそれでいいの。だから無茶してない」
「ふざけるな! 心配したのに! お空と話せなくなるって考えたらとても嫌だったのに!」
この鴉は。自分のことを考えていない!
「私は! 地底のみんなが無事ならそれでいい! 私が燃え尽きたってそれでいい!」
はっきりと、お空はあたいに叫ぶ。両手を握りしめて、有無を言わさないような雰囲気で。そんなのに従わない。
「バカ野郎!!」
私は思い切り振り上げてお空をグーで殴り飛ばした。
ガンっとお空はベッドから落ちて床に転がる。
「いっつ……」
起きたばかりのお空には痛いだろう。それでも殴ってやった。その思いが身勝手すぎて、守られた方がどう思うかだなんて!
「バカ野郎……お空が消えたらどうするんだよ! あたいは消えて欲しくはないんだ! 死んだら怨霊にでもなってくれるならそれでもいい。だけど絶対にお空は霊になんかならないだろ……身勝手だ! 気持ちも知らないでそんなこと言うな!」
溢れ出る感情を叫んでいく。あたいは抑えられなかった。
「何してるんですか!?」
バタバタと音を聞き付けてバンと入ってきたのは鈴仙だった。気持ちが高ぶってあたいはもう一発入れようとしたところで鈴仙に組み伏せられた。
「離せ! 離せ鈴仙!」
「患者に対して暴力を振るうなら離しません! お空さん絶対安静なんですから!」
バタバタと暴れてもがっちりと捕まってしまっていて逃げられなかった。
「いてて……お燐のパンチ効いたよ……鈴仙さん、お燐を離してあげて……もう少し話したい」
ゆっくりと立ち上がったお空はギシッと音をたててベッドに座った。あたいは鈴仙から解放された。解けた包帯をお空は巻いている。その隣に座った。
「お燐、こっち向いて……」
言われるがままにあたいはそちらを向いたら、身体に柔らかい感覚が包む。
「お、お空……何……」
お空に抱きしめられていた。ごわごわとした包帯、その隙間から見える火傷……それでもお空は強く、強く抱きしめてきた。
「良かった……みんな、燃え尽きなくて……良かった……」
困惑しながら抱きしめ返す。お空はうわ言のように呟いている。
「えへへ、お燐、暖かいね……」
「まだ生きてるからさ」
当たり前のことを当たり前に言う。あたいは暖かい腕の中で思う。こうやって抱きしめたのはいつだったんだろう。それも覚えてない。
「ねえ、お燐……」
「なんだいお空」
キュッと強く、腕に力が入っている。
「好きだよ」
「……知ってる」
それは友愛なのか。あたいには分からない。だけど好きなのは知ってる……それだけでいい。
***
「じゃあね、さとり様に報告しとく。元気になってから帰ってくるんだよ。あたいはまた来るから」
「ええ〜もう少しいてよ。ひとりじゃやだよ」
ぶーぶーと口を尖らせて文句を言うお空。あたいも仕事があるから……それとさとり様に言わないといけないし。
「また来るからそれまで待ってて。さとり様も連れてこれたら行くから」
「あっ、いや。さとり様に会うのはまだ……」
ハッキリせずにモゴモゴと黙り込むお空。まだ会いたくないんだろうな。喝を入れるために大きく声を出す。
「ほらハッキリ言って!」
「治ってから会う! 綺麗になってからの方がいい!」
「分かったよ。そう言っとく」
あたいは永遠亭から出て、急いで地底に向かった。さとり様は顔には出してなかったけれども、ふとしたところでお空の場所や物を見ていたから心配していたのだと思う。早く伝えるために急いだ。
***
「さとり様! さとり様! お空が目覚めました!」
地底に着いたところであたいは我慢出来なくなって最速で空を飛んで、その勢いのままさとり様の部屋に飛び込んだ。
何かを飲んでいたさとり様は持っていたティーカップを落としていた。ガシャンと破片が散らばっていた。
「……そう、元気そうで良かったわ。そう……」
さとり様は立ち上がって部屋から出ていってしまった。何故かとても魂が抜けたかのように廊下を歩いていくのを見た。
「さとり様……」
あたいは不安になってしまった。ずっとさとり様はお空のことを心配していたから。どうして何も言わなかったんだろう。あたいは割れたティーカップを拾って集めて捨てた。