『魂魄妖夢』
「永琳……どうにかならないの?」
霊夢と魔理沙が神妙な面持ちで人里の診療所へと訪れた。私は無言で首を振った。原因は、昨日幻想郷中にばら撒かれた天狗の新聞にあった。
『白玉楼の庭師、重病か?』
これが新聞の見出しであった。そう、今現在、この診療所には白玉楼の庭師、兼剣術指南役である魂魄妖夢が入院している。それも、面会謝絶の状態である。
「これはとても難しい問題よ。悪いけど、あなた達に出来る事は何もないわ……」
私がそう言うと、霊夢も魔理沙も悲しい表情を浮かべて俯いた。
「せ、せめて妖夢に会わせてくれよ」
魔理沙が泣きそうな声で食い下がる。しかし、私は心を鬼にしてそれを断った。
「あの子に会う事は決して許さない。今は、とにかく危険な状態なの」
「そうか、もう……そんなに……」
事態を重く受け止め、二人は帰っていった。そう、とにかく、今の妖夢を誰かに会わせる訳にはいかない。彼女は治療に専念しなければならないのだから。
意外な事に、この事件を幻想郷中にばら撒いた天狗の記者である射命丸文は一度も診療所を訪れる事はなかった。人伝に聞いたのだが、彼女は、「妖夢さんが元気になったら、本人に直接インタビューをしたい」と言ったらしい。それも、何処か悲しそうな表情だったとか。
異変解決で縁のある幻想郷の住人達が毎日のように診療所へと訪れた。皆、妖夢の容態が気になっていた。それもそのはず、妖夢に関する症状等の詳しい情報は全て閉ざしているし、診療所の中でもこの件は厳重に管理している。今の妖夢の状態を、外部に漏らす訳にはいかない。私は必死に妖夢の情報を隠し続けた。そこで、新たな噂が人里で流れた。
魂魄妖夢が不治の病に侵されたという噂だ。話はたちまち尾ひれが付き、次第に、妖夢の余命はもう長くないと言われるようになった。診療所に訪れる者達が口を揃えて言う。それは、神への懇願のような泣訴であった。どうか、妖夢と助けてほしい、と。
「やれる事は全てやります。ですので皆さん、今はどうか彼女をそっとしておいてあげて下さい。彼女に必要なのは、気持ちを整理する時間なんです……」
私が重苦しくそう言うと、診療所に集まった人々が一斉に悲しげなため息を漏らした。中には涙を堪えている者もいる。すると、人々の先頭に霊夢が現れた。
「あの子に伝えて。勝手にいなくなったりしたら、許さないって……」
顔を俯かせながら、震える声で霊夢は呟いた。同じ異変解決に携わった仲間、彼女達にとって、妖夢はかけがえのない大切な存在であった。誰もが、妖夢の身を案じていた。彼女は一人じゃない。
私は、厳重にロックされている妖夢の病室へと訪れた。この日、妖夢は手術を受ける。生死を賭けた手術である。
「先生……私はまだ、この現実を受け入れられずにいます……はは、やっぱり私は、心が弱いですね……」
妖夢は力なく、自嘲気味に笑った。
「先生、どうして、こんな事に、どうして私なんだ……こんな、こんなの……」
「現実を見なさい妖夢。手術を受けなければ、貴女は助からない。全ては、貴女の勇気次第なのよ……?」
私はそう言って、妖夢に一枚の色紙を渡した。幻想郷に住む、妖夢に縁のある者達が書いた寄せ書きである。それを見て、妖夢は言葉にならない様子で息を呑んだ。彼女は、一人で戦っている訳ではない。妖夢はしばらく沈黙し、そして、ようやく、決心して頷いてみせた。
「……先生、分かりました。私は、自分の運命を受け入れます。ですが、ですが一つだけ約束してください……」
妖夢はその場に立ち尽くし、真っ直ぐ私の瞳を見つめながら言い放った。
「どうかみんなに、私の症状をバラさないで下さい……もし、この事がバレたら、私は、腹を切って自害します……」
……まぁ、うん。
とりあえず、ネタばらしをしよう。
魂魄妖夢の症状は、痔だった――ッ!
それも、ただの痔ではない! 私はかれこれもう何千年と生きているけど、ここまでヤバいのは初めてだ。もう何か、滅茶苦茶凄かった。何というか、言葉に出来ないくらいヤバい感じのヤツだ!
「うう……何かもう、マジで赤裸々過ぎて、情けなさ過ぎて死にたい……」
あまりの羞恥に、妖夢が力なく泣き崩れる。衝撃の爆弾を抱えたお尻を両手でガードしながら地面に座り込んだ。
説明しよう! 妖夢の痔の原因は、辛い物を食べ過ぎたからである。それも、既存の辛い料理とは桁が違う、地獄のような「何か」だ! そりゃ痔にもなるよねって感じのヤツだった――ッ!
「……じゃあ、行きましょうか」
私は情けなく泣き続ける妖夢の腕を引っ張って手術室へと向かう。私の頭の中で、ゆ〇の「栄光の架橋」が流れ出す。
白銀の侍は心に誓った。
辛い物はほどほどに、と――。
・補足
妖夢がこうなった詳しい経緯を知りたい方は、創想話に投稿された作者の作品『火ノ粉ヲ散ラス昇龍』をお読みください。
宣伝お疲れサマンサタバサ。