——コン コン コン
少し遠くから、ノック音がした。
私は目線をはがきから扉の方へと向けた。
「失礼します」
入ってきたのはメイドの咲夜だった。何か用事だろうか。
「あーら咲夜、どうしたの?」
レミィが椅子を鳴らして振り返った。満ち満ちとしていた笑顔は、咲夜が来て深みを増したように感じた。
その証拠に、口角がクッと上がっている。この笑顔は悪戯心が混じった時の笑顔だ。私には判る。
「いえ、今、お嬢様のものスゴイ声が聞こえたので……」
咲夜はいつも通りの様子でこちらに歩み寄ってきた。まだレミィの表情に気付いていないらしい。
咲夜のハイヒールが一定のリズムを刻んでいる。まったく耳障りでない、実に丁寧で綺麗な歩き方だ。まさにメイド、感心する。
「あ~気にしないで。別に何にもないからね」
反面レミィは手をひらひら。おどけた様子で答えた。
彼女の椅子がギシギシ鳴っている。傾けて座って、おまけに揺らすもんだから、子どもみたい。ていうか床が傷付くっての。
まあこれも気ままな当主というか……レミィらしい。
「ならいいんですけど。 ……紅茶、おかわり入れましょうか?」
そう思っているうちに、咲夜がきた。紅茶のおかわりがいるかどうかと。
欲しいと答えれば、すぐにおかわりが来るだろう。私達の要求や顔色によっては、手作りお菓子も付いて来る。時間停止による早業だ。
「私はいらないわ。レミィは?」
「私もいいかな。下げて」
でも、今はもう十分。レミィも同じ気持ちみたい。
「はい」
咲夜は短く返事して、お盆を取り出した。すぐに空っぽのカップやお皿が回収されていく。
テキパキかつ無駄な音は一切鳴らさず。気持ちの良い仕事ぶりだ。
しかしその時、レミィの笑みがひときわ強まったのを私は見た。
「ひゃっ!!」
あっと思った時には、レミィが咲夜の脇腹を突いていた。両手の指で、肉を握るように。
咲夜は素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねた。それとほぼ同時に、強烈な音が耳をつんざいた。
「ああっ」
床に落ちたカップが粉々に砕けてしまった。普段の咲夜からはありえない粗相だ。完全にレミィのせいだけど。
割れたカップは瞬きする一瞬で掃除されていた。あとは、咲夜がレミィに迫っている光景だけが残った。
「お嬢様~、何するんですかぁぁ」
「気にしない気にしない」
「気にしないって……なりますよ」
顔をしかめて抗議する咲夜だが、レミィにはまるで効いていない。もちろんだ。彼女はそれすら楽しんでるのだから。
私もちょっと試してみようかしら。
「ンガフゥゥンッ!?」
レミィの方を向いている咲夜の脇腹に……私は力がないから、加減がなかなか判らない。とりあえず指を思いっきりねじ込んだら、聞いたことのない声と共に咲夜はよじれた。
「ちょっ、ぐ……パ、パチュリー様……!?」
「気にしないで」
レミィは大笑いしている。今のはお試しだったけど、なるほど面白かったかも。
「たまには咲夜をいじめるのも面白いわね」
「ええ」
さて、はがきはここまで。そしてはがきとは別、またレミィの暇潰しが始まりそうね。私も、もう少し付き合おうかしら。