【六枚目のはがき】
『戦闘前に相手を回復してくれるほど豪胆なレミリアさんに質問です。なぜ吸血鬼は他の種族に比べてああも弱点が多いのですか、教えてください』
「この質問者はちょっと勘違いしてるわね」
「そうみたいね」
「一般的に吸血鬼が弱点とされているもんはほとんど嘘っぱちだからね」
「日光も別に効かないんだもんね?」
「そそ。そりゃ急にレンズの反射とかでピカーやられたら ちょっやめやめ! って感じにはなるよ? でもそんなんは弱点とは言いません」
「ニンニクだってアレ初代……ほんとにほんとの最初のドラキュラがニンニク嫌いだっただけだから。二代目ふつーに夜勤明けでガーリックライスがっついてたからね? おかわりもしてたわ。晩年は黒にんにくカプセルも飲んでたし」
「あれ結構いいみたいよ? 黒にんにくカプセル。元気でるって。パチェも飲んでみたら?」
「いやそれはどうでもいいのよ」
「ああはいはい。どこまでいった? 日光とニンニク終わって次は~十字架?」
「十字架はダメなの?」
「いやあれの何がダメなの? むしろ私が教えてほしいわ。あれが嫌いな奴なんかいる? むしろかっこいいでしょ? 私のスペカも一個あれをモチーフにしたやつあるからね?」
「まあレミィが十字架大丈夫なのは知ってるわ」
「ねっ。次は流れ水かしら?」
「そうね。これは無理でしょ?」
「いやいや余裕だって」
「!?」
「私は濡れたり汚れたりしたら肌に悪いから極力濡れないようにしてるだけであって、平泳ぎとかめっちゃするからね? おフロで」
「でもフランが外に出そうになった時とか、その都度私の水属性魔法で止めてたじゃない!?」
「あれはほら、あぁもうこれはあんまり言いたくなかったんだけど……パチェの面子に気を遣ってくれてたのよ。あの子地味なところでそういう配慮するから」
「そ、そんな……! 嘘でしょぅ……」
「結局そういうことになるし、最近はフランも大人しくなってきたでしょ?」
「ショックだわ……」
「あとはなに?」
「心臓に杭……じゃない?」
「そんなんやられたら誰でも死ぬっちゅうの。なによこれ、これだけ殺意高すぎるでしょ。心臓に杭て。吸血鬼でも一歩間違えりゃ活動停止だわ」
「まあこれはねぇ……」
「ていうか心臓に杭を打ち込めるほど吸血鬼に迫れるなら、それはそいつがヤバすぎるでしょ」
「それもそうね。人間じゃとても無理な芸当よ」
「あー……いや、今はいいわ。 ……オホン。とにかく吸血鬼にはこういった弱点についてのよく判らん情報が蔓延ってるわ。でも無意味なわけでもないのよ」
「ふうん……?」
「聞いたことあるかしら? 多くも感じるこれらの弱点は、吸血鬼の"本当の弱点"をカモフラージュするためのものだっていう説を」
「…………あるわ。本当なの?」
「事実よ。くっくっく、教えてあげましょうか?」
「貴方が良いのならばね。これは返信はがきに書かないでおくわ……」
「まあそれはどっちでもいいわ。ちょうどいいから教えてあげる。吸血鬼の本当の弱点を」
「…………」
「灯台下暗しということわざを知っているわね? 近いところが見えない。案外答えはすぐ身近にあったりするのよ。吸血鬼の一般的な弱点は、その灯台下を隠すためのもの」
「つまり?」
「私達の弱点、それは"血"よ」
「え?」
「血」
「吸血鬼の弱点が?」
「血よ」
「なにいってんのよレミィ……」
「まあちゃんと続きがある。聞くの? 聞かないの?」
「聞くわ……」
「血液は吸血鬼最大の弱点なのよ。と言ってもただの血液じゃない」
「それは……?」
「Rh(-)の血液。まあ珍しいタイプの血液型と思ってくれたらいいわ。これ飲むとごっつ下痢になる」
「…………まじで?」
「マジよ。半端じゃないからね。しかも味や匂いは普通だから、現場では気付けないのよ」
「その口振り、レミィ飲んだことあるの?」
「あるある。二回ある。忘れもしないわ」
「私が幻想郷に来る前の話よ。それも人間との抗争が激しかった頃。ごっっっつ強いヴァンパイアハンターがいてね、私がガチのマジで杭を打たれそうになった唯一の相手」
「ええ? まさか……。そいつは人間なの……?」
「人間なのよ? しかも生娘。びっくりよね。ほんと人間にしては規格外に強かったわ。私の眷属程度ならバッサバッサと薙ぎ倒して、私の首や心臓狙って、週4から5のペースで狙って来るからね、多い時は。しかもランチタイムに」
「まあ、ヴァンパイアハンターだから、昼間に狙って来るのは定石よねぇ……」
「まあね。でも逆に昼間だからこそとっておきの罠や護衛で固めて、ハンターを返り討ちにする同族もいたわ。でも私は真正面から受けて立つタイプだからね。それにそいつとは何度も対決を繰り返してたし、私はそれが楽しかった」
「お父様に"そろそろ遊ぶのはよしたらどうだ"と何度も言われたわね。それほどの女なら早くこちら側へ。眷属にしてしまえと。……もちろんいずれはそうするつもり。でもね、一番の楽しみはとっておくタイプなのよ、私は。くくく」
「…………」
「さあ今日もそいつが襲ってきたわ。多分今週最後の襲撃。私にはもう来るのが判ってたようなもんだったからね、特に用意もなく一人で待ってたわ。そして決闘」
「え、一対一……!? 人間が、レミィと? スペルカードルールもなしに?」
「ええ、ほんとうよ? いや、正直に言うとマジのフルパワーでぶつかりゃそりゃ私が勝つわ、圧勝ではないにせよ。……けどね、私がこれくらいで十分でしょうと思った力加減を、あの子は何度でも超えてきた。その度に私の喉元へ牙を立ててきた。あの頃ほど冷や汗とスリルを味わえたことは、未だかつてないわ」
「強者の余裕。あの子はそれを見逃さず、的確に攻めてくる。あっぱれなもんだったわ」
「作戦も大したもんでね? うちの部屋に外から穴開けて入ってくるんだけど、鏡をね、日の光が室内に差し込むようにあらかじめ設置しておいて、私に照りつけるようにしたのよ」
「へえ……でも日光は」
「ええ、別にそんなでもないわ。でも私はその子のアイディアと実行力に敬意を評して、あとうわまぶしってなったこともあって、その時は一旦退いたわ」
「確かにすごい娘ね。私も会ってみたかったかも」
「フフフ、そして私の影からの奇襲すらあの子は即座に反応、即座に対応した。お互いに傷をつけたわ」
「その子は剣を振って私の血を払った。ならばと私はカッコつけて爪についた血を舐めた」
「…………」
「そしたらね!?!? ものごっっっっつ腹痛くなってきたのよ!!! 最初禁呪法かなんかの類と思ったからね!!?? 」
「そう、その子、Rh(-)の血液だったのよ! あとで判ったことだったんだけど、びっっくりしたわ! まさしくヴァンパイアハンターとして産まれてきた子よ!」
「うわ……」
「それから大変だったわねー……。ずっっっと○○○我慢しながら戦ってたんだもの。今んところ人生で肉体的に最も辛かったのはぶっちぎりでこの時よ」
「ただの人間が……すごいわね」
「それでしばらくやりあってて、一番ヤバい波が来た瞬間……あの子やっぱ大したもんでね。隙を突かれて一瞬で叩き伏せられて、杭よ。両方の意味でヤバかったわ」
「大丈夫だったの……?」
「それは私が今こうしていることが答えでなくって?」
「それもだけど、その……」
「ああ、大丈夫大丈夫。それもなんとか間に合ったから」
「そう……」
「命を狙ってくる敵だったけどね、まあいい奴だったわ」
「レミィのそういうところの感性は理解できないわ」
「その日の二日後くらいにビデオ屋で出くわしたからね。"お。お〜"って感じよ」
「敵なのよね?」
「まあ言うてヴァンパイアハンターも仕事だし、働き手は基本人間だからね? そんな常に戦ってるわけでも、戦えるわけでもないのよ。私もそこらへんは弁えてたわ。ビデオ借りたかったし」
「その子、私と同じ昼ドラ借りに来てたわ。まあそりゃそうよね、仕事上どうしても日が高い時に出かけなきゃならないから、観たいドラマも観れんわそりゃ」
「…………」
「あらなにしてんの? って聞いたら、まあ思った通り滅多にない非番らしくてね。しかも結構可愛い格好してんのよ、元々顔も整ってるから、どっかの看板娘って感じで……ギャップよねギャップ」
「ま、同じドラマを観る間柄だってことも判ったし、ちょっとカラオケ行ったりしてね、歌って、その後話もしたわ」
「……敵なのよね?」
「するとまあその子は喋る喋る! 多分、戦いに身を置いてるだけあって、こういう付き合いがまるでなかったっぽいのよね……。そりゃそうよ、ほとんどの時間を鍛錬に費やさなきゃ、アレほどの強さは得られないでしょうから。 そういった仕事の愚痴や、身の上話や恋バナも、栓が抜けたようにどんどん出てくる。延長料金めっっちゃ取られたわ。私の奢りだったからね」
「色々な質問や相談にも答えてあげたわね。思えば最初の質問コーナーは、あの子に対してのものだったのかもね」
「…………!」
「ま、楽しかったわ」
「それで最後よ。次の決闘の時に本気で殺したわ」
「あら」
「ふふ、人間として、よ」
「そういうこと」
「私は嬉しくてたまらなかったわ。そりゃそうよ。この子が私達の仲間になれば、もっと楽しくなる。そう思って血を与えたわ」
「でもね、その時初めて私は心から動揺した。それこそ先日○○○漏らしそうになった時よりも……」
「…………」
「……できなかったのよ、眷属に」
「Rh(-)の血を持つ人間は、吸血鬼が支配することができない唯一の存在だったの。ほんとびっくりよ」
「私はこの子の運命を呪ってやりたくなったわね。その血で生まれてさえこなければ、永遠ともいえる時を私と共に歩めたのに。それこそがあの子の幸福だったのに。惜しかったわ……。ほんと根っからのヴァンパイアハンターだったわよ」
「気が動転した私は直接ガァいこうとしてまた下痢ピーになっちゃったけどね」
「(笑ってもいいのかしら、これ…………)」
「それが一回目ね」
「ええと、二回目もあるのね……?」
「まあこれよりはマシ……かは判らないけど、せっかくだから聞いてきなさいな」
「二回目は、私が紅魔館を継ぐ……いわゆる継承式の日ね。お父様が村から極上の娘を"連れて"きて、祝いの贄としたのよ」
「その式は紅魔館のパーティーホールでやったんだけどね? 当時の部下や傘下の妖怪が勢揃いで、多分五、六百人は集まってたんじゃないかしらね」
「その一人ひとりに血が分けられるのよ。もう何百人分だから、食前酒よりもちょっぴりだけどね」
「これからもこのレミリア・スカーレットひいては我らスカーレット家のために力を振るうこと、その誓いとして、皆でその血を飲み干すわけよ」
「その頃幽閉されてるフランを除いて、主役の私とお父様お母様、方々から集まったスカーレット一族……数十人くらいは皆ステージの上でね、そこで飲んだわけ」
「その瞬間"いぃてててててててっ!?!?!?"ってステージ上全員お腹押さえてしゃがみ込むもんだから、みんな"えええええ~っ!!?? なになになに!?"って感じよ」
「あ〜ぁ…………」
「その贄の娘が例の血だったの。私の主位継承は物凄い下痢ピーの嵐だったわ……」
「美鈴ごっつキレてたわねぇ。"謀反かァア!? 誰の仕業じゃあァ!? えええええ!? おおおおおい!!!"ってウゥルァア~叫んでたね。もうパーティーテーブル フリスビーみたいに吹っ飛ばしながら、傘下一人ひとりシバき回ってたわ」
「そ、その頃の美鈴、ひょっとして怖かったのかしら……」
「まあ酷いもんだったわ。あの継承式は」
「お父様その後9時間くらいトイレに篭ってたからね。私は以前あの子の血で慣れてたからそんなではなかったんだけど」
「ああ、不幸中の幸いね」
「同じようなもんよ。継承式後の集合写真も、私と傘下の妖怪と美鈴だけで写すことになったの。それで私の血族は一人ずつ欠席者みたいな感じでまる~い窓の中に写ってんのよ」
「ていうか人数多すぎて写真の右上から左上までびっしりソレで埋まってたからね。若干二行目まで達してたからね」
「あんまり急だったからお父様の写真ごっつ私生活感丸出しのやつだったわ。お母様もすっぴん時の写真だったし」
「そいで主役の私はげっそりしてるし、傘下全員顔ボッコボコだし、まともに写ってたの美鈴だけだったからね。しかもちょっとスッキリしてんの。かつてない集合写真だったわ。今度見せてあげる」
「それからだいぶ経って…………お父様それだけが悔いだって、あとフランをお願いって言い残して死んでいったわ。ほんと、毒味くらいしとけって話よねえ」
「…………」
「はい。これが二回目。これで話はお終いよ」