Coolier - 新生・東方創想話

【海路の旅人】

2018/01/07 00:05:06
最終更新
サイズ
16.56KB
ページ数
7
閲覧数
4859
評価数
11/22
POINT
1530
Rate
13.52

分類タグ



 海の上空を飛びはじめると、海岸とは比べ物にならない風が吹き付けてきた。
 その流れに、時に逆らい、時に従う。そうすると、グングンと遠くに運んでくれるのだ。
 時間が限られるので、それなりの速度で飛んでいるが、雲や波はそれ以上に速く流れていく。
「そういえば、前に神綺様が話してたんだけど」
 空を飛びながら、以前外について興味を持った話を切り出した。
「外の世界では月や火星といった星の外にまで進出してるけど、海に関してはその一部しか解き明かせてないんだって」
「そうなの? てっきり自分達の住処が手狭になったから月とかに出向いてると思ったんだけど」
 アリスもその話を聞くまでは、ある程度の知識や概念を手に入れ尽くしたからこそ、外の人間は星の彼方へ方舟を乗り出したものとばかり思っていた。
が、実際には手近な筈の神秘はほとんど手付かずのままとなっている。
 どうやら人間というのは身近すぎる神秘より、遥か遠くの浪漫とやらに惹かれるらしい。
「そう考えると酔狂な生き物ね。人間って」
「そうかもしれないわね」
 それから、少し笑いあった。……霊夢がそれを言う件については置いておく事にした。

 残り二時間というドレミーの言葉通り、飛び始めてずいぶん経つと徐々に海の様子が変わり始めた。
 最初は所々緑青のように柔らかだった水面が、緩やかに濃い紺へと染まりつつあった。
 外の世界が朝焼けの色を迎えようとするように、夢の世界が夜になろうとしている。
 見上げると、清んだ水色だった筈の空に、夜の帳がゆっくり下りようとしている。
「ここまでのようかしら」
「残念だけど、そうみたいね」
 飛翔をするのをやめ、その場で静止した。
「あと数分、ってとこかしらね」
「それ、巫女の勘かしら」
 こくりと頷いた。なら、そうなのだろう。
 もうじきこの夢の旅も覚める事となる。
 なら、最後の見納めと、アリスは海を見下ろした。
「――――!」
 思わず息を呑んだ。どうしたのと声を掛けてきた霊夢も目を瞠った。
 水鏡一枚隔てた先には、数多くの魚群が海中いっぱいに泳いでいた。小柄な魚の群れが黒雲の様にまとまっているのもあれば、何匹かの大きな魚影が勢いよく水中を巡っているのも見える。
 そして、霊夢やアリスを軽々と呑み込んでしまいそうな大きな鯨が、悠然とその中を遊泳している。
 そこには数えきれないほどの命の営みが繰り広げられていた。
 眼下の世界は二人の知る海とは全く異なっている。
 峻厳な魔界の海とも、命がないという月の海とも。
――いや、それもまた海の側面なのだろう。
 目の前で繰り広げられているように穏やかで、見る者を魅了する蒼い海。荒々しく生と死の在り様を突きつける極寒の海。
そして、月まで届いた人間さえも拒む、命寄せ付けない冷然とした海。
 その一つ一つが海の持つ在り方そのものなのだろう。
 その一つ一つがなんと広漠で、際涯ないのだろう。
フッと凪ぎが訪れ辺りが静まった。そして、アリスの心内も凪があったかのように静まり返っていた。
 霊夢も同じ心境なのだろう。その横顔は静謐と言っていいぐらいに、物静かなものだった。
 空と海が夕闇に染まりつつある。
 アリスはそっと旧友に手を伸ばした。旧友もアリスの手を握ってくれた。自然と目は閉じていた。
――やがて海も夢も夜もゆっくりゆっくり光の中へと包まれていった。

コメントは最後のページに表示されます。