電車が数分ほど走り続けると、徐々に民家が減り、代わりに森や山の景色が目につくようになりはじめた。
下に開かれた車窓からは、薄っすらとした陽射しと風が入り込み、車両の中を廻っていた。
アリスはその風に髪を揺らしながら先程と同じように景色を眺めていた。ついさっきまでむくれていた霊夢も今は静かに席の縁に頭をもたせている。
静寂が二人を中心に流れている。
ただそれは気まずさを感じる物ではなく、むしろ適度に穏やかな空気を醸し出していた。
「……ねえ、アリス」
「……何かしら、霊夢」
「なんというか、不思議な感じよね」
「それって海に行くのが? それともこの電車が?」
「両方あるけど、それだけじゃないのよ」
「聞かせて」
先程駅で手渡された冷凍蜜柑を霊夢に手渡しながら、アリスは耳を傾ける。
「今、本当なら夜の時間帯の筈なのよね? なのに私達は今、昼の世界にいる」
コツコツと手の甲で窓硝子を叩きながら、霊夢は続けて言う。
「それに、こうして物に触れれば感覚はあるし、頭もしっかりしている。なのに、現実じゃないんでしょ?」
「そういう世界だからね。少なくとも今の魂はここを現実と認識してるわ」
「便利な物ねえ」
そう霊夢が間延び口調で言うのとほぼ同時に、周囲が真っ暗闇に覆われる。
長い長いトンネルに差し掛かった所だった。
トンネル内に取り付けられた灯りは夜空に浮かぶ星のように輝きを放っていた。
~ ~ ~
目を開けると、見慣れない人込みの中に一人佇んでいた。
辺りを見渡すと、洋館を思わせる秀麗な建物の中にいて、その中を絶えず人が歩いている。
その人の多さにも驚いたがそれ以上にその建物の大きさ、特に優に建物の五階分はある天井の高さには目を見張った。
(これ下手したら紅魔館並みに広いんじゃないの?)
その天井は硝子張りで、そこからはちらほらと光が射し込んでいる。
近くにあった煉瓦造りの柱に寄掛かり、ぼんやりとそれを見上げていた。
建物の中心には時計台があり、ちょうど時刻を指したのか、軽快な音楽と共にカラクリが踊り始める。
その雑踏の中でふいに人影を見つけた。
自分とは対照的な金の髪に、青の服装。
それに人形のように整った顔立ちも、どこかくすんだ色に見える輻輳の中でも際立っていた。
彼女もまた待ち人に気付いたのだろう。小さく手を振ると足早に駆け寄ってきた。
「お待たせ、霊夢。どうやら無事逸れずに済んだようね」
どこか声を弾ませながら、アリスはそう霊夢に微笑みを浮かべた。
アリスの手を引かれ、霊夢は雑踏の中を歩いている。
鎧袖一触……とは違うが、少し歩くだけでも、袖がぶつかりそうになるぐらいには人が犇めいている。
「ねえ、こんな人の中で道に迷わない?」
少し不安になって前のアリスに尋ねたが、当の彼女はどこ吹く風といった表情だ。
「平気よ。ちゃんと迷わないようになってるから」
「なってるって……」
「少なくとも、異変時の貴方の勘ぐらいには正確よ」
そこまで言われれば、まあ信用できるだろうと思い、出てきかけた言葉を呑み込む。
「まあそれに、万一迷ったとしても、“彼女”が気付くでしょうしね」
そんな風にアリスは呟くと、繋いだ手をグイと弾いて少しだけ足を速めた。
人込みの中を歩く事しばらくすると、徐々に人数が減り、やがて閑静な場所に抜けた。
石造りの階段を上ると、広いホールに出て吹き抜けの風がそっと顔を撫でていった。
ホールのすぐ脇には、木と鉄で組まれた桟が敷かれており、地平線の向こうにまで続いてるように見えた。
と、反対側からガタンゴトンという音を立てて、何かが桟の上を走りながら近付いてきた。
最初は豆粒ほどの大きさだったが、徐々に大きさを拡げていき、やがて見上げるぐらいの高さになって二人の前に止まった。
それは列車――何度かスペルカードで紫が使っている物だった。ただ、何度か見かけたものよりもずっと手入れがされ綺麗に塗装されている。
列車は四車両程で、その先の辺りで停まると、ガラリと車窓が下げられ、運転手がひょっこりと顔を見せた。
「見知った気配がすると思ったけど、やっぱり貴方達か。あの異変ぶりかい?」
「そういう貴方こそ、久しぶりね――ドレミー」
アリスがそう言うと、運転手――ドレミー・スイートは以前と変わらぬ独特の笑みを浮かべた。
「貴方達のコンビとは久しぶりかな。――今回も異変解決かい?」
「今回はただの観光よ」
「それは平和で何より」
一度、霊夢とアリスは、ある異変を解決するために夢の世界に足を踏み入れた事があった。
かなり規模が大きく、多くの助けがあってようやく解決する事が出来た異変であったが、夢の番人であるドレミーもまたその一人だった。
ただそれはまた、別のお話。
「それで? どちらまでの希望だい?」
「海へ。景色の良い場所に連れてってもらえるかしら」
「なら貴方達は運が良い。今日は他に客はなし。実質貸切だよ」
プシューという音がしたと思うと、少し後ろの車両の扉が開く。
「このまま行けば、数時間で目的地に着ける筈だよ」
「ありがとう」
アリスがそう言って、列車に乗り込もうとすると、ドレミーが、ああちょっと、と呼び止めた。
「幾つか注意事項だけど。当列車では他のお客様の迷惑にならないよう車両内では放火、飲酒、歌唱に、説教、それらに派生した弾幕ごっこ等はお控えください。ましてや世界滅亡なんてお断り」
「多くない?」
「誰の仕業か分かりそうなのもアレね」
「それとあまり問題行動ばかりをしてると、ステーキに調理される夢を見せるのでご理解を」
「随分、具体的ね」
「私個人が一番見たくない夢だからね」
ドレミーはそう肩を少し窄めると、小さな袋を放り投げた。
空中で受け取り中を見ると、凍った蜜柑が二つ入っていた。
「旅のお供に。美味しいけれど、だからと言って窓から放り投げたりしないように」
「奉公に行くわけじゃないからやらないわよ」
「よろしい。それでは、よい旅を」
~ ~ ~