Coolier - 新生・東方創想話

【海路の旅人】

2018/01/07 00:05:06
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 トンネルは想像以上長いようで、優に十分程は走り続けている。
 車内は電燈が灯り、暗くはなかったものの外の景色が見れない分、どこか手持無沙汰だった。
 窓枠にはさっき霊夢が食べた蜜柑の皮が所在無さ気に揺れていて、霊夢はする事もなくそれを見つめている。
 アリスは自分の分の蜜柑を手に取ると皮を剥き始めた。
 霊夢が皮を剥いた時にはまだ凍っていたのだけれど、今はちょうどいいぐらいになっている。
「……」
 ふと視線を感じた。見ると物欲しそうな顔で霊夢が見つめている。
「……食べる?」
「食べる」
 剥き終わった蜜柑を半分に割ると、それを子供のように目を輝かせている霊夢に手渡す。
「ありがと、もうちょっと食べたいって思ったのよ」
「だからって、人からせしめないの」
 呆れ交じりにそう言いつつ、一房口に放り込む。
 蜜柑特有の甘さと、ショリショリとした冷たい食感が一緒になってとても美味しかった。
 霊夢も実に美味しそうに、パクパクとあっという間に食べてしまった。
「ねえコレって冬に炬燵の中で食べてもいけるんじゃない?」
「うーん。どうかしらね。指先は冷たいし、それだったら普通の蜜柑か、水羊羹がいいわ」
「……蜜柑はともかく、冬に水羊羹ってなんなのよ」
「あれ? 前に森に来た外来人が、炬燵には水羊羹だって話してたけど」
「……アンタ、それたぶんその外来人だけの話よ?」
「随分、自信満々に話してたんだけどなあ」
 首を傾げていると、突如、車両の中央から時計台とよく似たメロディーが流れた。その直後に、ドレミーの声が響く。
「え~お待たせいたしました~。次は~“海の前”、“海の前”でございます。到着まであと三分程ですので、お降りのお客様はご用意ください」
 そんなアナウンスがしたと同時に、窓の外がみるみる明るさを増していく。
 そして、パッと白い光が辺り一杯に包まれた。

 そこには、まるで青空の色をそのまま映し出したかのような濃い水の世界が辺り一面に広がっていた。
 アリスは思わず席から腰を浮かしていた。霊夢もまた席を立っていた。
 遠くからでも分かる程、波は穏やかに往来を重ね、開け放った窓からは潮と生命の香りが流れ込んでくる。
 淡い海水は翡翠が水に溶けた様に、淡い緑の色を放ち、それが徐々に紺の色を深めていく。
 紛れもなくルイズから届けられた外の写真とよく似た世界がそこにはあった。

 アナウンス通り、電車は駅の前で緩やかにその速度を落とすとやがて停車した。
 出口から降り、ホームに足を下ろすと先程よりも濃い潮風が顔目掛け吹き付けてきた。
 海では風が生まれやすい。
 昔母から聞いた、そんな話が思い出される。
「外の夜明けまであと二時間。この世界でも大よそ似た時間かな」
 背後の声からドレミーの声がした。
「まあそれだけあれば十分でしょうけど」
「夢から覚めるには?」
「貴方達の好きにすればいい。よっぽど変な事でもしなければ自然に現身に帰るから」
「ここまで案内してくれて、ありがとう」
「よくってよ。あの異変の事を考えたらこの程度安いものさ」
――それじゃあ、そろそろ行くよ。
 後ろからそう言われ、プシュッとあの電車の音がして振り返ったが、その時には既にドレミーの姿も、電車の姿もどこにもなかった。

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