Coolier - 新生・東方創想話

Zigzag Correspondence

2016/07/30 23:14:54
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           科学世紀

 どちらかの家に向かおうとはせず、たどり着いたのは学校のカフェテラスだった。時計を確かめはしなかったが、ちょうど午後の一つ目の授業が終わったころだろう。昼時を避けたとおぼしき学生で、カフェテラスはそこそこに混雑している。
 私が「お水取ってくる?」と聞くと、
「だめ、ここにいて」と蓮子は答えた。仕方なく、浮かせかけた腰を下ろす。
 蓮子は額の汗をぬぐった。その間も両の目はせわしなく、あたりを見回している。ここまで来るのに、蓮子はわざわざ人通りの多い道だけを選んでいた。そのことで、私もそろそろ、状況の異質さが理解できていた。
「説明してくれるのよね?」と私は聞いた。
「もちろん、そのために来たんだから」と蓮子は答えるその目が大事に抱えていた鞄に注がれるのを見て、私も鞄に注目する。そこで初めて、私は蓮子の鞄から大学ノートがはみ出しているのに気付いた。これは、どちらかといえば見かけを気にするタイプである蓮子としては珍しいことだったから、それが今回の話に関係しているのだろう、ということは見当がつく。
「そのノート、見てもいい」と聞くと、蓮子はあっ、というような顔をした。
「そうね、これを見てもらうのが最も説明が早い」と言って、蓮子はノートを取り出す。ずいぶんと古びたノートだった。今では電子ノートを使う人が多いから、現物にお目にかかることは少なくなったけど、それでもその表紙が、新品のものとはかけ 離れて色褪せていることはわかる。表紙に書いてある文言をそのまま読み上げた。
「『秘封倶楽部活動日誌』? 私たち、こんなもの作ってない」
「おばあちゃんの書庫から見つけたの」と蓮子は言う。蓮子の家族には、一年ほど前にあいさつに行ったことがあるが、そのときにはおばあさまにはお会いしなかった。失踪して、今でも見つかっていないのだ、と聞いた。
「その、おばあさまの書庫にあったそれが、どうしてここにあるの」
「私も今朝まで忘れていたのよ。ここを読んで」と蓮子が指さすページを見る。そこの文面を読んで、私はあっと声をあげそうになった。ある項には、秘封倶楽部、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、誘拐、そして、ある別の項には、秘封倶楽部、宇佐見蓮子、マエリベリー・ハーン、そして、変死事件。どちらにも今日の日付が書き込まれている。
「これって」
「恐怖新聞」と蓮子は言う。
「いったん整理させて」と私は音を上げた。

初めて『秘封倶楽部』という言葉を使った、蓮子の祖母が遺したノートに、私たち秘封倶楽部に起こる出来事が記載されていた、という、それだけでも頭痛がするような話だというのに、蓮子の話には続きがあった。この畳みかけが現実だというのだから恐れ入る。
「この日誌によれば」と私はノートの表紙を叩く。かわいらしい丸文字のタイトルの下には、ユーモアのつもりだろうか、『1―B 宇佐見董子』と小さく書かれている。「この日誌によれば、貴女のおばあさまは、未来に何が起こるかということを知っていた、と思われる」
「同意見よ」
「しかも、その情報元は週刊誌。それも、私たちの時代の。ねえ、これっておかしい」
 時間は不可逆。それが、宇宙創成以来の決まり事だ。人間がレジャー感覚で月へ行くようになっても、四つの力が一つの理論で説明できるようになっても変えられない、これは、事実だ。タイムトラベルは宇宙SFの中でしか登場しない、おとぎ話だ。それくらいのこと、蓮子は私以上にわかっている、はずだ。その蓮子は真剣な表情を浮かべている。
真剣? これは、思い詰めている、と言うんじゃないだろうか。
「でも、実際に、自動車が止まった。ノートに書いてある通りに、白のライトバンだったわ。それに、見てよ」と、蓮子はノートを開く。『女子大生、下宿で変死』の文字が目に飛び込んでくる。
「あまり見たくないんだけど」
「私が初めてこれを読んだ時には、この項目はなかった」と蓮子は言った。私は耳を疑う。「読んで、とっさに、メリーを連れて私の部屋に逃げなくちゃって思ったの。そうしたら、その瞬間にこの項目が出現した」
「どういうこと」
「私たちが喫茶店から逃げることを決めた瞬間に、喫茶店で私たちが拉致されるという未来は消滅した。だから、おばあちゃんが読んだ記事の内容も、その未来とは異なるものになった。私は自分の部屋へ逃げ込むつもりだった。だから、記事の内容は」と蓮子はノートの文面をとんとんと叩く。「『女子大生、部屋で変死』に変わったんだと思う」
「頭が痛くなりそうだわ」と私は心の底から言った。そこで、私ははたと疑問に思い当たる。「じゃあ、続きが現れないのはどうして?」
「思うに、このままいけば、私たちには、週刊誌の記事になるような事件が起こらない、ということではないかしら」
「ああ、そうか。いっそ、アフリカにでも逃げてみようか、って言うところだった」
 そういうと、ノートに突然項目が増えた。『マエリベリー・ハーン、アフリカ大陸の麻雀女王に。何これ?』げんなりする。
「メリーって麻雀上手かったっけ」とノートを覗き込んだ蓮子に聞かれた。
「まあ、下手ではないかな」
「今度、一緒に学内のサークル対抗戦に出ない?」蓮子は、もう悩みは晴れた、という顔をしている。
 では、これから、私たちの生活は安穏なのだろうか。ちり、と脳裏にかすかな電流が流れる。蓮子の祖母の失踪、私たちを襲う人間たち、そして時を超える週刊誌。私は口元に笑みが浮かぶのを押さえられなかった。
「ねえ、蓮子、そんなことより、おばあさまに会いたくない?」


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